第六章 戦と終焉
空は割れていた。
剪定する度に、空が裂けるような気がした。
あっという間にニョルズ継承者を倒したエイルは、西へ向かっている最中だった。
そして今回も、赤く染った未来を裂け目の向う側に見た。
そこには、彼も行くのを躊躇ったあの場所が写っていた…
無数の剣が突き刺さり、多数の骸骨が崩れた荒野。そこには崩壊した建物や、乾いた地面に刻まれた焼け跡が残るこの地域はユグドラシルの南西部に位置する、『ヴァルハラ残響区』だった。
そして小高い丘の上に、血に濡れた旗を背後に、右腕の無い負傷した男が立っていた。
「…来たな、」
大地が踏み抜かれた。
轟音と共に地平が爆ぜ、衝撃波が建物を薙ぎ払った。
― 現れたのは、盾と剣を揃えた男だった。
「未来を見る能力か。さぞ便利だろうな、オーディン様よ」
皮肉を込めた笑みを浮かべ、彼は剣を鞘に収めた。そして続けた。
「だが戦場に於いては、力を持った者のみが評価される。弱い者から死んでゆくのだ」
エイルはスレイプニルから降り、グングニルを手に取った。
テュールはまた地を踏み込んだ。
― 一瞬だった。 ―
音が遅れて響いた。大地を切り裂くような音と共に、エイルの直ぐ目の前で深く切り裂かれる地面は止まった。
未来を見ていなければ、確実に彼の体は真っ二つになっていただろう。
「テュール…未来視は便利なものだよ」
「戦場では俺の神聖な名を呼ぶな」
再び彼は踏み込んだ。が、すかさずエイルは見切って、懐に片刃の長剣を振りかざして突っ込んできたテュール継承者の攻撃を瞬時に受け止めた。
次は横薙ぎ。
その次は正面切り。
その次は足払い。
エイルはグングニルを振り回し、テュールの俊敏で高速の畳み掛けるような攻撃を全て受け切り、反撃の様子を伺った。
「貴様…鍛え上げられたその戦闘技術、一体何人もの神格を剪定してきたのだ?」
彼は驚いた。そう、テュールは剪定のことを知っていたのだ。
「なぜ剪定するのだ?」
腕が軋む。骨が悲鳴をあげる。槍で受け止めた攻撃の反動が、電撃のように心身に響く。
「世界を救うためだ」
「世界を救うだと!?」
彼はエイルの発言に呆れたように方を肩をすくめた。
爆音が轟いた。
長剣が地面を滅多打ちにし、衝撃を響かせる地割れがエイルを襲った。当たれば確実に砕け散るほどの威力を連発して繰り出すテュール、一体何者なのだろう?
「俺は見たんだ。ある日、小さな紛争制圧の真っ只中でな。突然視界が切り替わり、誰にも死が訪れずに世界が崩壊する光景が広がったんだ。震えたね、あんな悪寒は初めてだよ」
そう話しながらも彼は攻撃を辞めない。目に見えるほど高速な攻撃は、エイルも永遠には防げないと悟っていた。
何度未来を見ても、攻撃。枝分かれし先にも、攻撃。全て未来は固定されているようだった。
「剪定する者は、それ相応の覚悟があってのもの!貴様は剪定の責任を全て負えるのか!?」
突然、彼は攻撃を辞めた。長剣を鞘に納めた。エイルは驚いたが、彼も攻撃を辞めた。
「誓うのか?未来に訪れるどんな終焉でも、貴様は剪定者として責任を負うのか?」
テュールは右腕を突き出した。だが、
「俺は何度だって断るぞ」
エイルは無防備のテュールの背後に、気づけば立っていた。
「貴様…、そんな力がまだ残っていたのか?」
その瞬間、テュールの右腕から血飛沫が立った。そして、瞬きする間もなく彼の右腕は完全に切り落とされていた。
血を流しながら彼は笑った。
「戦場では、意志が未来を塗り替える。削れるものなら削ってみろ、この戦に敗北する未来を」
テュールは盾を捨て、左腕で長剣のみを持った。防御を完全に捨てたのだ。
相当な自信がなければ、この行動には出られまい。
また踏み込んだ。そしてまた爆音。
何発もの攻撃を一瞬の内に繰り出す彼らの戦は、金属を切断する時の火花にしか見えなかった。それほどまでに早く、正確だった。
森が崩れ、空が裂けた。
その時、
「…何!?」
テュールはまたもや退き、攻撃し続けるエイルを片手ではね飛ばした。
「来てしまったのか…最悪のタイミングで」
テュールは長剣を肩に担ぎ、最後に笑った。
「やはり運命は変えられない―だがこれだけは分かる。お前の正義を決めるのはお前自身だが、正しくない。正しい終焉なんて、一つに決められるハズがないのだ…」
森がざわめき、大地が揺れた。エイルには何も理解できなかったが、テュールは空を見上げていた。
「俺は俺の正義を貫いた。だが死ぬべき運命はこの俺もそうだったようだな。―― 今から来るぞ、巨大魔獣『フェンリル』が」
遠吠えが響き渡った。
次の瞬間、空間が歪んだ。地鳴りが止まない。そして揺れは激しくなった。
音と時が止まった。
目の前には、頭部を無くして膝をつく亡骸。
そしてその背後に…
背丈が2m以上もある、鋭い目つきに鋭利な牙を剥かせた、あの『フェンリル』が生首を咥えて立っていた。
「―― 終焉はもう、始まっていたのか」




