第二章 気高き雷神
広大な荒野を駆け抜ける一頭と一人は、北へと進んでいた。
そこには『ミョルン高地』、常に雷鳴が轟く山脈が広がっていた。
「あそこに着けば…ミョルン高地の支配者の最悪の未来を剪定できる!」
そう、あの山には最悪の未来を持った『何か』がいる。
それが何かは、既に彼が知っていた。
「あの山にはトール継承者がいる。きっと、自分の運命もわかっているだろう」
その時、どこからともなく一羽の鴉が飛んできた。
「いいや、それは違う」
「喋った!」
突然肩に止まった鴉が喋り出し、エイルは仰天した。
「ワシはオーディンだ。慌てるんじゃあない。北欧神話の能力を継承した者には、共通して一つの事がわかる」
「それは?」
「そう、自分がいずれ滅ぶ運命だと言うことが」
エイルは戦慄した。そんな話は初耳だ。
「じゃあ、俺も滅びるのか?」
「当たり前だ。どうせ滅びるなら、その滅び方を選びたいだろう?だから未来を剪定しろ。マシな終焉を迎えるんだな」
彼は黙って口を噤み、馬を走らせた。
暴風雨の山奥、聳え立つ崖に一人の男がやってきた。
「強者こそ正義…力が絶対…華やかな終焉を迎えるのは、このトール継承者!ロアルド・ストームと確定しているのだ!」
高々と振りかざした雷槌…ミョルニルには、大木のような稲妻が直撃し大地を震わせた。
「貴様、そこで何をしている?」
トール継承者であるロアルドは、瞬時に振り向いた。
「誰だ貴様!我が聖域に足を踏み入れるとは…墓を選ぶセンスは良いようだな」
「敗北して自分の家で野垂れ死ぬのは誰かな、トール」
筋骨隆々の赤髪の男の前には、八本足の馬に乗った義眼の男が聳えていた。
「貴様、オーディンだな?何をしにきた」
「お前の見た、最悪の未来を当てよう。力を持った者が大量に発生し、その度に戦いが起きて停滞した世の中になる、だな?」
ロアルドは驚愕した。ぴたりと一致していたのだ。
「な、なぜわかったのだ!俺は孤独でこの山脈を支配してきた。ある日地割れと共にこの幻覚が頭をよぎった…その時、雷神トールと名乗る不思議な声が俺にミョルニルを与えたんだ。強い者が生き残る。華やかな終焉を迎えられるのは強者のみ。その強者こそが俺なんだぁぁぁぁあ!」
ロアルドはミョルニルを天に振りかざし、降り注ぐ雷をエイルに向けて跳ね返した。
「危ねぇ…て、馬が逃げちまったじゃねーか」
雷を間一髪でかわすも、馬が驚いて逃げ出してしまったようだ。
「神聖な馬も所詮は臆病なポニーと同じみたいじゃ意味ないよなぁ、オーディンさんよ」
煽りまくるロアルドに、エイルの正義感は嫌悪を示した。
「貴様のような奴は生かしておけんなぁ、このオーディンの未来によると貴様は敗北するらしいぜ?」
嘘か誠かはわからない。ただ、ロアルドは勝つことにしか頭を働かせていなかった。
「その減らない口を雷で溶接してやろうか!」
ロアルドはハンマーを自慢の腕力で投げた。
そのハンマーはオーディンの顔に直撃し、高圧の電流を流し込んだ。
「ははっ、恐れをなして震えてやがるぜ!」
ハンマーは弧を描いてロアルドの手元へ戻った。
顔中を血だらけにしたオーディンは、怒りに満ちた表情でゆっくりとロアルドの方をみた。
「瞬きする間も無く消し去ってやる……」
その瞬間、エイルの背後から飛び出た槍が空を切ってロアルドに突き刺さった。
「なっ、なに!一体何をした!」
彼は血反吐を吐き、その場に膝をついた。
エイルはゆっくりと歩み寄った。
「全能の神に不可能などない。この最強の槍、グングニルは貴様のような破壊者を攻撃対象と見做したみたいだな。全く、槍のくせに見る目あるぜ」
「…」
黙り込むロアルドはその瞬間、一筋の稲光と共に宙に浮かび上がった。
その眼光は怪しい輝きを放ち、ミョルニルは天へと突き上げられた。
「どうやら貴様が見るその未来、自分自身で選んでいるな?」
衝撃が走った。
「それか、見ることができる未来は限られているのか…成程、勝算しかないな」
ロアルドは突き上げた右手に握ったミョルニルが作り出すエネルギーに感動した。
「素晴らしい…貴様も目に焼き付けておけ!お前にとって今宵にして最初で最後の絶景だ」
そういうと、あたりに段々と灰色の雲が増え、彼ら髪の毛が逆立ってきた。
「くるぞ…神の裁きの雷が!これで終焉を迎える強者は選別されるのだ!」
「それはどうかな」
その時、オーディンは槍を引き抜き、ミョルニルを持った手を攻撃し始めた。
「無駄な抵抗はよすんだな、貴様の死は確定している!自分の未来でも見てみるんだな」
ロアルドはミョルニルを勢いよく振りかざした。
「くたばれオーディン!雷神トールによる裁きを喰らって焼き焦げろ!」
振りかざされたミョルニルに雷が降り注いだ。
響き渡る轟音と眩い光が辺りを占めた。
立ち登る煙と光が徐々に消え、ようやく一面を見渡せるようになった。
「お前の負けだ」
そう言い放ったのは、何かを投げた後の姿勢のまま直立するオーディンだった。
「な、なぜ…避雷針!そうか、槍をミョルニルの真上に投げて雷を防ぎやがった!」
そう、オーディンはミョルニルが雷を跳ね返してエイルに直撃させる直前に槍を避雷針代わりにして身を守ったのだった。
「貴様は体力が底を尽きているはずだ、上を見ろ」
ロアルドは息を呑んだ。雷を受け止めた槍が、真っ逆さまに落ちてロアルドの脳天を貫こうと急降下していたのだ。
「まずい、避けなければ死んでしまう!」
最後の力を振り絞り、空中で身をよじろうとしたその時!
どこからか近づいてくる物音が聞こえた。
「なんだ、この音は…まさか!」
木陰から飛び出したのは、八本足の馬
『スレイプニル』だった。
彼は飛び上がり、槍をかわそうと身を捩ったロアルドを蹴り飛ばして槍の真下へと突き飛ばしたのだ!
槍はロアルドの脳天を突き破り、そのまま彼もろとも崖の下へと落ちていった。
「ナイスタイミングだったぜ、スレイプニル!さすがはオーディンの馬だ!」
その時、馬を撫でていたエイルの背後…崖から物音がした。
「貴様…や、やるじゃないか…最悪の未来は免れた、ってわけか?この俺を殺して未来を剪定した結果」
エイルは驚いた。
ロアルドは落下した直後、途中に生えてる木の枝に運よく掴まって一命を取り止め、這い上がってきたのだ。
「驚いたな。強運の持ち主じゃぁねえか…免れたって?それは違うぜ。貴様の最悪の未来を剪定したとしても、まだ可能性の一部を消し去っただけだ。未来は数多もの数ある。分岐しているんだ。まだ剪定すべき最悪の未来は他にあるぜ。そしてお前はもう負けているんだ、トール継承者よ」
エイルは槍を突きつけ、まだやるか?というかのように攻撃体制をとった。
「俺の負け…なのか。終焉を迎える強者は俺じゃなかったのか…俺の考えは間違っていたのか…」
「間違いじゃない。その強者が違っただけだ」
そうエイルが言った後、ロアルドは力を振り絞って両膝を跪いたままミョルニルを突き上げた。
顔は俯いたままだった。
「お前は未来を剪定できる。素晴らしい能力だよ。そのまま良い終焉を…世界に迎えさせてやってくれ」
そう言い残し、彼は一筋の落雷とともに消滅した。
トール継承者の未来、剪定済




