第三章 狡猾な邪神
雷雨が止み、小雨の降り始めたミョルン高地を後にしたエイルは肩に止まる鴉と会話していた。
「見事な頭脳戦だったぞ、エイルよ」
「あいつの決意には驚かされましたよ。揺るがない思想には深い思いが眠っていたんだと…」
その時、スレイプニルが弾き飛んだ。
彼は空中に身を放り出され、グングニルが五メートルほど先に落ちてしまった。
その時…
「!? 槍が地面に沈んだだと!」
流動化したように槍は地中に吸い込まれ、何事もなかったかのように地面は元通りになった。
「これで槍を使用できない…不自由だなぁ、オーディン!」
声が聞こえ、エイルは初めて自分がいる場所に気づいた。
ここはある小さな街だったのだ。
ただ、建物は荒廃し崩壊しており、草木が生い茂る自然と化していた。
廃墟の街だったのだ。
「さっきまでは草原だったはずなのだが…」
その時、彼は咄嗟に後ろを向いた。
そこにはフードやマントで身を隠し、鋭い眼差しだけが輝く細身の男…ロキ継承者が立っていたのだ。
「貴様!聖槍グングニルをどこへやった!」
「隠したんだ。この俺は地形を自由に操れる!詳しくは混乱させるだけなのだが…この奇術師であるカイ・ローデに惑わされない敵は居ない!」
その時、突然ロキは消え、目の前に怪我をして苦しむ子供が現れた。
「だ、大丈夫か!ロキにやられたんだな?」
すると背後から悲鳴が聞こえた。
振り向くと、ごろつきに暴行を加えられている古き親友がいた。
だが次の瞬間、目の前の子供に向かって大型の馬車が猛スピードで突っ込んできて、さらにごろつきは刃物を取り出して振りかざした。
「さぁオーディン!車に轢かれる子供と刺し殺される親友どちらを助けるんだ!?どちらもは無理だぜェ!」
彼はやむを得ず、目の前の子供を抱え上げ、走って馬車を交わした。
だが…
「エイルゥゥゥァァアアア!」
親友は怒りに満ちた顔をエイルに向け、刃物は彼の胸を貫いた。
ごろつきはフェーズアウトするように消え、恐怖と怒りに満ちた表情のまま死に絶えた親友だけが残された。
その光景はあまりにも生々しく、現実味のない出来事でもエイルの心を大きく揺さぶった。
彼の正義感を見透かしてのこの攻撃は、あまりにも残忍で容赦のないものだった。
「俺は…なんてことをしてしまったんだ…救えたかもしれないのに…不可能だと決めつけてしまった…」
彼の心にヒビが入った。
精神が崩壊しかけているのかもしれない。
彼の正義感ゆえに…
彼の前に、またもや一人の人が現れた。
彼自身だった。
「ぁぁあああああ!目がッ、見えなくなっているんだ!なぜだぁぁ!」
そのエイルは片目を抑え、流れ出る血で服を真っ赤に染めていた。
そして彼の精神を壊す決め手となったのは、あのトラウマ再起だった。
さっきまで街があった場所に大きな穴が空いていて、人々が狂い悶えながら奈落の底へと落ちていっている。
「もう…やめてくれよぉぉぉぉぉおおおお!」
エイルは頭を抱え、発狂した。
その途端、彼は無意識に近くの地面の石畳を殴り砕いた。
そこにはなんとグングニルが埋まっていたのだった。
そのグングニルを持った彼の顔は、怒りに染まっていた。
「まずい…オーラが変わったぞ!やりすぎてしまったのか?」
建物の影に身を潜めるロキは僅かに焦りを見せた。
一瞬だった。
音速を超えた槍がロキの眉間を貫いた。
何処から来たのかは知らない。
誰にも見えていないはずなのに…
自分の存在による未来の変化を防ぐために参戦せず上空から観戦しているオーディン鴉は唖然とした。
「わかるぞ…今あいつは全ての時間軸を生きている。木の葉の落葉、差し込む木漏れ日、鳥の囀りさえ聞いている!今エイルは覚醒したのだ、ワシには分かる。全ての時間軸を生き、過去の失敗・現在の真実・未来に起こる変化を学ぶ能力…名付けて、
『カタストロフィ・ODR』」
エイルは、未来に生きる自分のみたロキの行動、そして過去のロキの行動から、現在のロキの居場所を割り出したのだ。
しかし、エイルの瞳には彼の正義感燃える厚い人情はなかった。
ただ、冷たい復讐心だけだった。
「な、なんだと…!こんなの最強じゃないか…
無敵だ」
足に力が入らず、ロキは倒れた。
槍を投擲したエイルの左手首のルーン刻印が発光していた。
「あれは幻覚だったのか。幻だと気づいていただろうに…自分の精神の弱さが視野を狭めたのか、情けないぜ」
エイルの左手の刻印は光を消した。
「これはどうやら俺が消滅するまでの時間を示しているらしい。これが光っている間は消滅するまでの速度が三倍になるのか…恐ろしいが最強の能力だ」
その時、目の前にロキが現れた。
「いやぁ、あれが幻で助かったぜ。本体はこの俺だからなぁ!」
エイルは槍で目の前のロキを真っ二つに切り裂いた。
ロキは倒れたが、それもまた幻だったようで消え去った。
「本体はこの俺だ!」
「いいや違うね、本当はこっちだ!」
「あれは幻だ。本体はここだ!」
次々と湧いて出てくるロキの群れに、エイルは無我夢中でグングニルを振り回し本体を探した。
すると、
「バカめが!本体はさっき槍が頭に突き刺さったこの俺だァ!」
疲労困憊したエイルの背後から、頭から血を流したロキが飛びかかってきた。
ロキは腰から双剣を取り出し、彼めがけて振るった。
間一髪で槍で剣をガードしたが、ロキは片方を槍の下から潜らせるようにエイルの腰を斬った。
「ぐッ、なかなか効くぜ…」
「俺の双剣は最強だ!疲れ切った貴様に負けるはずがない!」
突如、エイルは槍を投げ捨てた。
「な、何ぃ!?なぜ槍を捨てたんだ!」
「拳で勝負だ。トリックが通用しないから刃物を使う物理手段に出たんじゃないのか?」
挑発した。
ロキのプライドはそれを許さなかった。
「俺の奇術で騙せない敵は居ないと言ったはずだボケ老人がぁ!」
双剣を納め、ロキは地形をどんどん変え始めた。
結果、そこは炎に包まれたコロシアムへと変貌した。
観客席には幻の観客がいたが、全員ロキを応援していた。
「お前の最悪の未来、見たぜ。俺によって未来が固定されて、変更の効かない不自由な世界になることらしいな!」
「あぁ、そうだ!俺は世界を混乱させ続けて終焉をより先延ばしにしているんだ。だから地形を変えまくって未来を切り替えまくってるんだよ!些細な行動はすべ未来を変えるからな」
そういい、ロキは大量の岩を出現させ、それに隠れるように幻を駆使してエイルに接近した。
「相変わらずそのひ弱な肉体じゃ真っ向勝負で勝てないって分かってるのか…」
その時、エイルの左手のルーン刻印が光り始めた。
「『カタストロフィ・ODR』か…いいネーミングじゃねぇか!」
「やはり過去と未来を経験しているのか、エイル!」
オーディン鴉は驚いた。
「必殺技を考えたぞ!
『ラグナ・クラッシュ』だ!」
『ラグナ・クラッシュ』…それは、エイルが瞬間的に編み出した物理攻撃の必殺技である。
未来を知る彼だからこそできる、相手の攻撃を瞬時に理解し正確に拳を繰り出す百発百中の技だ。
こそこそと岩陰を隠れて進むロキの横っ面に、エイルの隕石のような拳が直撃した。
「お前をッ!剪定することでッ!終焉はッ!より良くなるんだぁぁ!」
彼は幾度ものパンチやキックを高速で繰り出し、ロキを滅多々々にした。
幻が解けて草原に戻ったその時、ロキはネズミに変身し走り出した。
エイルは黙ってグングニルを拾い上げ、ゆっくりと落ち着いた様子で逃げるロキに迫った。
「お前の負けだ、ロキ。終焉は必ずやってくる。抗えない未来だ」
ロキネズミはある事を言い残した。
「お前は人々の未来を守る正義じゃない。自分が気に食わない未来だけを消しているのみだ」
ネズミは槍で一突きだった。
串刺しになったロキの手足を縛り、エイルは腰の巾着に吊るした。
死んでいるのにも関わらず、
動けないように…




