最終話 いつものエピローグ
屋上で、仰向けになって寝っ転がっていた。
本当は、いつものように本を読むつもりだったが、左手が包帯のせいで読み難く、面倒になって止めた。
目を瞑り、一昨日の疲れを癒やすように眠っていると、そのうち屋上の扉が開く音がした。
「尾緒神?」
呟きと共に、何かが落ちる音がした。片目だけで見やると、赤堂さんが『漢のホビー魂』を落して、目を丸くして突っ立っていた。
「どうした?そんなに驚いたような顔をして」
その疑問に返事はなく、俯いた赤堂さんは、お前、お前と呟きながらずんずんと近づいて来る。そうして俺の前に立ち止まると、膝を下ろしてから、寝転んだ俺の上に乗っかって胸ぐらを掴み上げて来た。
「お前!今までどこにいたんだよ!」
「ど、どうした、急に」
「急じゃない!!」
俺を掴み上げた赤堂さんの顔は、瞳は。またあの闇に染まっているようだった。渦巻いたそれが、俺を覗いている。その顔も下に俯いたために直ぐに見えなくなる。
「裏切り者」
「は?」
「次は一緒にって思ってたのに。また、1人でやりやがって」
「何を言っている。一緒に」
「一緒じゃない!」
より強く、掴み上げられる。
「それだけはない。電話にも出ない。お前、お前!昨日は、どこで何してたんだよ!」
「……。なんか、悪かったな。昨日はちょっと、知り合いのところで治療を受けていて、携帯は使えなかったんだ」
「どうして、あの病院にいなかったんだよ」
あの病院?なんのことだ。よく分からなくて首を傾げる。
赤堂さんは一呼吸置いた。
「お前を置いて、警察の人と、子ども達と一緒に安全な場所に向かう途中に、銃声が聞こえた」
それは、一昨日の、あの山でのことだろう。
俺は、掴み上げられたまま静かに聞く。
「お前を置いていった方からだった!私は、私も、直ぐに駆けつけようとした。でも、警察の人に止められて、危ないからって駆けつけられなかった!でも、その後無事救急車で運ばれたって聞いて、安心した。でも!」
まくし立てるように赤堂さんは言葉を吐き出していく。
「教えられた病院に、お前はいなかった。そこに居たのは!おかしくなった、國火下だった。どうしてそうなった。どうして、あの場所に居た筈のお前じゃなくて、國火下が救助されていた。お前、あの後あそこで。あの場所で、あいつと何があったんだ」
……。そうか。会ってしまっていたのか。あいつに。
「銃で撃たれた」
「っ!」
顔を上げた赤堂さんと目が合う。黒く渦を巻いたその目は、何かあるのか目を震わせていた。再び、その顔ごと下を向いていく。
赤堂さんが、俺の胸ぐらを掴んだまま、持ち上げるのを止めて俺の首下に手を置いた。俺は肘を突いて背中が床に付かないようにする。
「どうして、そんなことになった」
「さあな。あそこで救助を待っていた俺を、あいつが殺しに来たんだ。俺は、自分が死なない為に迎え撃つしかなかった。逃げられるような状態でもなかったからな」
「どうして、國火下はそんなことをした」
「お前の隣にいる俺が、気に食わなかったんだとよ」
「……ッ」
心辺りのある顔をしていた。しかしその表情には明らかな嫌悪が見える。頭を抱え、自身の髪を掻きむしっている。
おそらく過去に、何かあったのだろう。
「お前も大変だな。あんな男に、執着されて」
そう言えば、赤堂さんの手が止まった。そして視線は見せないまま、こう呟いた。
「私のせいで、そうなったのか」
「……。ただの逆恨みだ。赤堂さんのせいじゃない」
「でも、私が尾緒神と関わらなければ、國火下に殺意を向けられることもなかった。もっと言えば、事件に巻き込まれることすらなかった」
「私が関われば、迷惑を掛けるってか?愚問だな」
「愚問なんかじゃ」
「愚問だよ。その件については、既に解決していることだろ」
「してない」
「してるさ。気にすんな。友達なんだから、迷惑くらいかけろよって、前にそう約束しただろ」
「やっぱり解決なんてしてない。気にすんな。なんて言って笑って許せる範疇を超えている」
「そうか?」
「そうだ」
「だったら、お前の友達が俺でよかったな」
「なんで――」
「あいつは、そんなに大した奴じゃない」
「は?」
「多分、赤堂さんが思っているほど、俺は國火下のことを重く捉えちゃいない。次に喧嘩を売られても、また追い払えるだけの自信がある」
「……。」
「お前も見ただろ?俺は、銃弾だって躱せるんだ」
赤堂さんは、何も言わない。
「もう一つの方は、まあ厳ついところもあったが、それでも楽しかった」
「は?」
「やらなきゃ死ぬ。でも、やらないと誰かが死ぬ。そんな状況の中で、お前と戦えたあの瞬間は、最高に楽しかった。そうだろ?」
「それは」
「だから、そんな顔はするな。俺は本当に気にしちゃいない。寧ろ、落ち込んだお前の方が面倒で、迷惑だって思っているくらいだ」
「なんだよ、それ」
顔を上げた赤堂さんの表情は、少し和らいでいた。その瞳はあの闇から抜け出し始めている。
おそらく。きっと、赤堂さんもあの日に楽しいと思うところがあったのだろう。
赤堂さんは、また顔を下に下げた。
「もう一個だけ、聞かせてくれ」
「なんだ?」
「私の為に、國火下と喧嘩したのか?」
俺はその質問を、鼻で笑ってみせた。
「まさか。ただ、やらないと俺が殺されていただけの話しだ。お前がいたら、お前に譲ってやってたさ」
あの男の執念は並大抵のものではなかった。最後まで俺への殺意を消すこともなく、殺しに来続けた。やらなければやられた。ただ、それだけのことである。
どうしてか、赤堂さんが少しだけ安堵したような妙な顔をした。今の返事に、そんなものを感じる余地があったのか。俺には分からない。
「よかった。お前が私の為、だなんて答えていたら、私はお前を殴っていた」
「なんでだよ」
それは意味分かんないだろ。
あ。もしかして、私の為に争わないでってやつか?
いや、違うか。赤堂さんにそんな一面があるとは思えない。
「まあ、なんでもいいさ。どの道、あいつが俺と赤堂さんにとっての共通の敵になっただけの話しだ」
「私は、敵だなんて思ってないぞ。絶縁はしたけど、仮にも幼馴染みだ。敵に思うことなんて、出来ない」
赤堂さんは、複雑な顔をしていた。自分の中の天使が、無理矢理悪魔を抑えてしまっているような、そんな顔。
「そうか。あんまり、無理はするなよ」
「……。どういうことだよ」
俺は目を瞑り、風を感じながら答えた。
「いつでも、頼っていいからな」
少しの沈黙があった。そして
「それは、お前もだぞ、尾緒神」
赤堂さんが俺のほっぺたに手を伸ばし、横に広げて来る。
びっくりして目を開けば、赤堂さんは何故か怒っていた。
ジト目で睨まれている。
「あうあよ、いうい?(なんだよ、急に)」
「一昨日、私を先に帰したこと、結構根に持っているんだぞ?」
「おおおい?(一昨日?)」
「お前、國火下がいたことに気づいていただろ。それで私に気を使って」
赤堂さんの声は段々小さくなって、消えたと思えば一層強く頬を引っ張られた。
「やっぱりムカつく」
「いはい!いはい!(痛い×2)」
俺が腕を叩いて降参の意志を示すと、ぱっと手を離してくれた。ほっぺたがひりひりする。
赤堂さんの質問は尚も続いた。
「それで、お前はあの事件の後、どこに居たんだよ」
「それは、さっきも答えただろ?知り合いのところで治療を受けてたんだって」
「それはどこの病院だ」
「あー。悪いが、それは言えない」
「言え」
手をわきわきとさせながら、迫力のある声で迫られる。俺は反射的に片方の手で自身の頬を抑えた。しかし、赤堂さんの目は闘志を失わない。こいつ、本気だ。
このままじゃ、俺のほっぺたが危ない。
「分かったから、その手は止めてくれ。実は、病院じゃないんだ」
「病院じゃない?」
わきわきとしていた手がぴたりと止まる。
「あんまり言うなよ?治療は、黒い魔術師に頼った」
「黒い魔術師?なんだそれ」
「詳しくは言えないが、まあ、病院より信頼しているところだよ」
「そんなところがあるのか?あ、闇医者的なアレか?腕のいい闇医者が居るのか?」
「ま、まあ、似たようなもんだ」
「まじか。それ、私も」
「それは勘弁してくれ。下手に広めるようなことをすれば、俺の命が危ない」
「そ、そうなのか?け、消されるのか?」
「ああ。消される」
赤堂さんはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ま、マジか。嘘じゃないよな」
「ああ。嘘じゃない」
赤堂さんは目を細めて真偽を見抜こうとした。嘘は言っていないので、真正面から審判を受け入れにいく。すると、赤堂さんは苦い顔をした。
「なんで嘘、付いて無さそうなんだよ」
「ついてないからな、嘘」
「ぐ。まあいい。無理に聞いて、本当に尾緒神の命が危なくなっても嫌だしな」
そう言って、赤堂さんは視線を外す。
かと思えば、今度はじっと俺の腹を見つめ始めた。
なんだと思っていると、何故か腹に飛び込んで抱き付いて来た。
「うわ。な、なんだよ」
赤堂さんは俺の腹の内で、もぞもぞと頭を擦りつけた。
俺はそれを引き剥がすように、彼女の首根っこを持って引っ張るが、赤堂さんの腕の力は俺のそれよりも強かった。
「安心した」
「あ?」
「いや。私には、拭く物を貸してくれる人がいるんだぞって。思って」
「は?あー」
何を言っているんだと思ったが、あれのことか。
「拭く物ってか、体操服だけどな」
「はは。そうだったな。変な奴」
変な奴とは何か。まあ、ぐぅの音も出ないけど。
ふと、どうして急にそんなことを言うのかと不思議になる。
「本当にどうしたんだ?お前。今は別に、濡れている訳でもないだろ」
「別に。ちょっと、タオルが欲しいなって思ったことがあっただけだ」
「俺はタオル係か何かかよ」
そう言いながら、赤堂さんの頭を撫でるように手を置いた。
「まあでも。タオル係でもなんでも、日常に帰って来たって思えることがあることは、大事だよな」
俺は赤堂さんを引き剥がすことを諦める。
「そうじゃないと、戻る術を無くしてしまう。自分が日常に戻れたのかどうか、分かんないままなもの、辛いよな」
そう言うと、赤堂さんは無言のまま、抱き絞める腕の力を強くした。そしてそのまま、口をもごもごと動かされる。
「ムゴゴ。ムムガガガガ?(お前も、そうだったのか?)」
「あ?お前、引っ付き過ぎて何言ってるのか分っかんねぇよ」
クレームのようにそう言うと。
すぅー。と、赤堂さんは俺の服の匂いを大きく吸い込んでから離れた。
ようやく赤堂さんは、俺の上からどいてくれたのだ。
赤堂さんは横にごろりと寝転ぶと、先程の俺と同じ様に腕枕を組んで空を見上げた。
その様子を見てから、俺もその隣で背中を屋上に預けることにする。
何かあったのだろうけれど、それは聞かない方がいいことなのだろうと判断して。
2人並んで空を眺める。
「そうだよな。私達、戻って来たんだな。日常に」
「ああ。そうだな」
「ししし。尾緒神、無茶したな~。なんだよ、その包帯」
「だな。何してんだか」
「お前、銃弾避けれるとか、先に言っておけよな」
「全弾避けられる訳じゃないけどな。ある程度の条件とかは必要だ」
相手が銃を使い慣れていないとか、油断していたとか。
「条件あっても普通無理だろ」
「そうか?」
「そうだよ」
少しの沈黙があって、次の話題を出したのは、赤堂さんだった。
「なあ、尾緒神。お前あの後、3年前の、光太くんの事件のことは調べたか?」
「ま、一応はな」
あんなことに巻き込まれたのだ、元凶となった事件を知らないままでいるのは、流石に虫の居所が悪かった。
「自殺、だったみたいだな」
「そうだな」
「光太くんも、ヒーロー仮面のシリーズが好きで、それが原因でいじめに発展していた可能性があるんだそうだ」
「遺族の方の訴えていたことだな」
その遺族の発言が、信頼出来るものかどうかはかなり怪しいが。
「私も、同じ様なことで、悩んでいたことがある」
「……。」
「だからさ、あいつがどんな気持ちで、身を投げたのか。私には、分かるような気がするんだ」
俺はゆっくりと目を閉じた。
「そうか」
当時の記事やニュースを漁れば、光太くんの遺体が池の中で見つかったことは直ぐに分かった。池のほとりには並べられた靴が並んでおり、遺体は始め、水を吸って誰だか判別が付かない状態だったらしい。だから警察は、自殺だと判断を下した。
しかし、俺は一昨日。あの科垣とかいう刑事から、光太くんは吊されて殺されていた。絞首だったと聞いている。
この事件、どこかで何かが食い違っている。
しかし今の俺には、それを調べる気はなかった。これは、もう終わった事件である。降りかかる火の粉は払ったのだ。事件の真相を暴くのは、警察や探偵に任せればいい。後のことは、大人の仕事である。
下手に動いて、藪蛇を突くことはない。
「もう、こういうことは起きないといいな」
赤堂さんが、黄昏れながら呟いた。
「……。」
「尾緒神?」
「お前の友達、池地くんは無事か?」
「ああ。勿論無事だ。あそこでお前と分かれた後、おいそれと池地を殺させる訳ないだろ。まあ、こっちでは、何も起きなかったんだけどな」
「そうか。だったら、当初の目的は達成出来ていた訳だ」
赤堂さんは、彼を守る為にあのイベントに参加していた。そして俺は、それに巻き込まれた。最も、赤堂さんは本当にこんなことになるとは思わず、イベントに参加した一番大きな理由はヒーローショーだった訳だが。
「だな。私の方の依頼はばっちりだ」
「そうか。そいつはよかった。よくやったな、相棒」
「馬鹿、お前のおかげだよ。相棒」
俺達は、青空の下でコツンと拳を合わる。
そうして空を見上げたまま、赤堂さんが口にした。
「なあ、尾緒神。もしかしてまだ、終わっていないのか。あの事件は」
「かもな」
「じゃあ、今度こそ私達で見つけるか?あの事件の真犯人」
俺は、口を開く。
今回の話は、青春というにはあまりにも突飛な話しである。
俺達の青春は、何もそんな事件ではなくてもいいのではないかと、俺は思うのだ。
けれど
このままでは納得がいかないのも事実である。
俺の中のくろい何かが蠢いて。
尾緒神の顔は、気づかず狩人の目をして不適に微笑んでいた。




