幕間3 お見舞いに行った赤堂さん
激しく電話を掛け続けた結果、ようやく警察の方同伴で尾緒神のお見舞いに行けることになった。
「やぁ。初めまして。君が赤堂さん?」
病院の入り口で待ち合わせた刑事さんは、ふっくらとした体型のおじさんであった。黒いシャツに、赤いネクタイをしていて、声がねっとりとしている。こんなことを思うのはあれかもしれないが、なんか腹黒そうな印象を受ける人だ。
「私、河原山署の泉川といいます。本日はよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします」
おじさんはにったりと笑った。
正面玄関から院内に入り、面会受け付けを行う。事前にアポイントは取っていたようで、簡単に通してくれた。
病室に向かう途中のエレベーターで、泉川さんはこんなことを言った。
「いやぁ。上には黙っておけって言われているんですがね。実はまだ、彼は私達と話しをしてくれませんでして。事情徴収が上手くいってないんですよ」
「はぁ、言っちゃっていいんですか?それ」
「ええ。そうした方が効果的だと判断致しましたので」
「効果的?」
「ええ。貴方の正義感に、私は期待していますよ」
泉川さんがそう言うと、エレベーターの扉が開いた。
尾緒神のやつ、変な意地でも張っているのだろうか。
病棟に入り、泉川さんがナースステーションに声を掛ける。応対してくださった看護師さんは、どうしてか私の顔を見てギョッと目を見開いた。
少し待つと、奥から先生が出て来て病室を案内してくれるようだった。今回の面会は、先生も同席したうえでのものらしい。
どうしてか聞いて見ると、尾緒神はもう意識は戻っているが、精神が壊れていて不安定な状況であると伝えられた。目覚めてからは、ずっとスマホに喋り掛け続けていて、先生の声も、警察の声も受け入れていないらしい。
私達と別れた後に聞いた銃声を思い出して、何かあったのだと察した。
そうして自分の拳を握りしめる。警察の人に言われたからとはいえ、どうしてあの時に尾緒神を1人にしてしまったのかと悔いた。
先生に連れられて病室の前にまで来ると、中からぼそぼそと誰かが喋っている声が聞こえた。家族の方が面会にでも来ているのだろうか。
病院の先生が病室のドアを開ける。
先生、刑事さん、私の順番で病室に入っていく。
一歩。
聞こえていた声が少し鮮明になる。
2人で離している声が聞こえた。
一歩。
男の声に、違和感があった。
この声は、私の知っている尾緒神の声ではない。
けどどうしてか、知っている声に聞こえた。
一歩。
女の人の声にも聞き覚えがあった。
けれど、私は尾緒神の家族に会ったことはない。
一歩。
その女性の声に、酷く馴染みがあった。
いつも聞いている声のような気がした。
一歩、一歩。歩を進めるほどに、違和感が増していく。
そうして進んだ先で、ベッドの上に寝ている人物の顔を見て、私は持って来たお見舞いの花束を床に落した。
先生が素の様子で振り返り、刑事さんは私を見て目を細めた。
そこに居たのは、尾緒神じゃなかった。
「國火、下。なんで」
それは、絶縁した元親友の、幼馴染みだった。
目に光のない彼は、スマホの中の誰かと喋っていた。
でも、その声もよく聞いたら
刑事さんが口を開いた。
「ほぉ、國火下、ですか。では、彼は尾緒神という少年ではないんですね」
ベッドの上の國火下が、私を見て目を見開いていた。
そのままじっと、気持ち悪いくらいに真っ直ぐ私を直視する。
それは一瞬のことだった筈なのに、私には酷く長い時間見つめられていたように感じた。
「からだぁ!!」
途端、國火下がでかい声を上げる。先生と刑事さんが驚く。
「からだぁ!からだぁ!偽物!偽物ぉぉぉ!」
手を伸ばし、國火下がベッドからべたりと落ちた。
地面で蠢きながら、からだ、偽物と言いながら彼がゆらゆらと立ち上がっていく。
私の体は膠着していた。暫く見なかった、幼馴染みの醜い姿に。
私に固執する歪な執念に、震えと冷や汗が止まらなかった。
私の瞳は、震えながら床に落ちた彼のスマホの中を見てしまう。
そこには、私がいた。画面の中の私が、私を激しく罵倒している。
「帰せ!帰せぇぇ!!」
鬼のような顔をした彼が、私に飛び掛かってくる。
しかしその思いは届くことはなく、間に入った刑事さんによって止められた。
*** *** ***
お借りした病院のトイレで、私は文字通り頭を冷やした。
水が流れていく音が、酷く遠いところでのことのように思えてならなかった。




