第14話 エピローグ(仮)
草むしりなんて面倒くさい。そんなことをするくらいなら友達と遊んだ方がましだ。なんて、そんな親不孝的な考えをしていたことがいけなかったのか。
そんな小さなことでも、親と向き合うべきだったのか。
それを放棄した俺は、厄介過ぎる案件に巻き込まれることになった。
週明け。俺は、いつものように学校に登校して、そんなことを考えていた。
あんな事件があろうと、残酷にも月曜日はやって来た。
左腕にも、体にもはまだ包帯は付いているものの、気合いで自転車を漕いできた。一昨日までとは言わなくとも、まだ傷は痛む。
本日は野暮用もあって少々早めに学校に着いた。一昨日呼び出した薫陸先輩にもっと説明しろとせがまれたのだ。そのくせ、人の居ない時間がどうの、副会長にバレない時間がどうのこうのと、厄介な難癖を付けられて今に至る訳だ。
そのせいで、現時刻で言えば朝の6時である。先輩はある程度話を聞くや否や、部活動の朝練に行ってしまった。
何はともあれ、あとは教室に荷物を置いて屋上へと向かうだけである。
あの場所でいつものように本を読んで、赤堂さんの到来を待つ。
俺はあの事件のことなど忘れて、また日常へと帰るのだ。
本当に、大変な一日だった。
気が付けば、自分の教室の前までやって来ていた。きっと今週も、赤堂さんに振り回される1週間が始まるのだろう。そんなことを思いつつ、痛む肩を押さえながら扉を開けて、俺は言葉を失った。
こんな時間に学校に来る生徒は早々いない。居たとしても、部活動の朝練で活動場所に居る生徒くらいである。
いや、そんなことはどうでもいい。偶々早く学校に来てしまうこともあるだろうし、俺みたいに個人的な目的があって来ることもあるかもしれない。
問題は、そいつが俺の席に座っていることである。もっと言えば、そいつは同じクラスのクラスメイトですらない。友達と談笑している訳でもなく、ただじっと、そこに座っていた。
俺が来るまでそこで何をしていたのか、全く想像出来ない。いや、きっと、見たままに置物みたいにそこに在ったのだろう。
その少女は、何をするわけでもなく背筋を伸ばして座っており。ゆっくりとその顔を俺へと向けて微笑んだ。
彼女は、放課後の屋上少女である。
「おはよう。尾緒神くん」
「……。おはよう、橘さん」
彼女は真顔のままである。何なのだろうか。
「どうして、俺の席に座っているんだ。クラスも違うだろ?」
「どうしてだと、思う?」
「……。」
「あなたに、会うためよ?」
目が笑っていなかった。俺は、教室に入らないまま立ち話を続ける。
「俺に何か用なのか?」
「用がなかったら、来ちゃだめなの?」
漆黒の瞳が俺を捕え続けている。狂気の目に、引き摺り込まれそうだ。
体の傷が痛む。これ以上引き込まれると、きっと先に体が持たなくなる。
「用がなくても構わないが、俺の席を占拠するのは止めて欲しいところだ」
少女の瞳が揺らいだ。どうやら俺の返しは、想定していないものだったらしい。
「いいの?と聞きたそうな顔だな。俺は別に、俺に害のない限りは気にしない」
「害、ないと思ってるの?」
その返しに、俺は思わず軽く苦笑する。
「怖い返しだ。だったら、さっきの発言は撤回しようかな」
「嫌」
なんて我が儘な奴だ。
彼女は微かに微笑む。俺はそれを見て、喜んでいるのかと、疑問に思った。
「じゃあ、また座るね」
「……。椅子を占拠するのは、止めて欲しいって言ったはずだが」
「そう?」
言っただろうが。ぼけてんのか、こいつ。
「でも、本当にいいの?また、怪我しちゃうよ」
「お前に傷つけられた訳じゃないだろ」
「そう思う?」
「思うが?」
本当に何なんだ、こいつ。
女が、不思議そうな顔で俺を見ている。
「なんだよ」
「あなた、不思議ね」
「は?」
お前の方が不思議だろ。
「私のこと、怖くないの?」
「怖い?なんでだよ」
「……。そう」
橘が頷く。
こいつ、疑問に納得で返してきやがった。
彼女が立ち上がる。俺に向かって、歩いて来る。
「私、ヒーローに、興味はあったの」
「ああ。一昨日聞いた」
急に話しが変わったな。
「でもね、ヒーローなんて、いなかったの」
「そうか?ヒーローなら沢山いただろう?」
警察に、会長に、赤堂さんに、ガゲン仮面もそうだ。
「そう、かもね。でも、そのどれにも期待出来ない」
近づいてくる彼女を、睨むことはしなかった。俺は今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
「私ね、ヒーローより、ヒーローの仮面を被った獣の方が気になっちゃったの」
一歩。
「私の言ったこと、ちゃんと理解してくえたんだね」
一歩。
「でも、ちょっとそれが遅かったから、そんな怪我しちゃったのね」
一歩。
「でも、嬉しかったよ」
そうして、辿り着く。
「ねぇ、」
目の前に立ち止まった彼女は顔を上げた。
その顔が、真下から俺を見上げてくる。
「私のこと、怖くならないでね。とっても怖い、オオカミさん」




