第13話 彼女のその後
私の手には、手錠が付いていた。
コンクリート造りの箱の中で、スーツを着た男が目の前に座り込む。
「さて、初めましてですね。若枡 杏子さん」
私の名前が呼ばれる。どうでもいい。もう、どうでもいいんだ。
私は、失敗した。
男の後ろで壁に向かって座る警官は、ノートに書記をしているようで、私を見張っている。この前暴れた時に、直ぐに取り抑えられた。きっとあの扉の奥にも、この前と同じ様に何人かの警察官が待機している。
本当に、人生が終わってしまったことを実感する。
「……。」
「では、確認させてください。他の方にも何度か聞かれたことかもしれませんが、お許しを。貴方は、先日のガゲン仮面ヒーローショーにて、木並 光太くんをいじめていた池地 三智長くんを殺害しようとした。そうですね」
「……。」
「その仮定で大然高校の男子生徒1人を銃で撃って、ナイフで刺した。これに間違いはないですか」
「……。はい。その通りです」
この質問には、昨日も答えた。
バインダーに挟まれた資料を見ながら、男は質問を続ける。
もういい。もう、どうでもいい。光太の死を、自殺だなんてことで処理した警察に。私が頼ることはない。こいつらも、敵だ。
「これらのことに、間違いはないですか」
「はい。間違いありません」
「それでは、これらのことはあなたの単独行為ですか」
「はい。そうです」
「そうですか。共犯でもなく、誰にも誑かされたりもしていないのですね」
こうして刑事さんは、私の行為が誰かに命令されたもの、唆されたものではないかと疑ってくる。
光太のお父さん、もしくはお母さんとの関係を疑っているのだろう。一連の事件に私を絡めて、彼ら夫妻の残虐性を謳いたいのだろう。いい情報操作だ。笑える。
「何度も言っていますが、全て私の単独行為です。誰とも、何の相談もしていません。全て、私が計画したものです」
「そうですか」
「もういいですか。私は真実しか口にしませんよ。死刑にするなり、なんなりしてください」
「いや、どうやらそうもいかないみたいでね」
「どうしてですか」
「あなたの罪状が、はっきりしないからです」
「どうしてですか。私は銃を使いました、人を殺そうとしました。罪に問うには充分な筈です」
「その発言が、本当のことでしたらね」
「……。」
何を言っているのだろうか、この警察官は。私が銃を撃ったのは何人かの人間に見られていることだし、証拠である拳銃が
「貴方が使ったという拳銃がですね、見つかっていないんですよ」
「そんな筈ありません。私の拳銃はあの山に落ちている筈です。ちゃんと探してください」
「警察は、かなりの人数を動員したようですよ。それでも、見つからなかったみたいです」
「警察は?」
「ええ。そうですよ。ああ、申し遅れましたかね。私は、犯罪心理学者で――」
「貴方のことなんてどうでもいいです。それより、拳銃のことですよね」
「ああ、そうだね」
「私が銃を使ったところを見ている人間がいます。その人達に聞いても分かることだと思いますよ。そうだ。あの少年に聞けばいい。私が撃った、あの少年に」
「それで、どうやら彼にはまだ話しを聞けていないようでして。あの事件の後、どうしてか行方をくらましたみたいで。報告にある通りの重傷なら、どこにも行ける筈がないのですが」
彼は、まだ見つかっていないらしい。それも、昨日も聞いたことだ。
行く場所に心辺りがないかを聞かれたが、在るわけがなかった。
「でも、彼に刺さっていたと思われるナイフには貴方の指紋がべったり付いていたみたいですね。そうだ、貴方が刺した少年とはこの尾緒神という人間で間違いないでしょうか」
そう言って差し出された写真を見る。間違いない。この怪物だ。
「そうです」
「取り敢えずその件は、彼が見つかってから話しを聞くことにしましょう」
「まだ、捜索は続いているんですか」
「勿論。それより貴方は、仮面を被ったスーツの男についてはご存知ないですか」
スーツの男、またその話か。
「知りません」
「そうですか。現場では、仮面を被ったスーツの男を見たという目撃証言が幾つもあるんですよ。そしてその人物は、貴方と同じ仮面を被っていたとか」
「昨日も答えましたけど、私はその人のことは知りません。関係もありません」
「……。そうですか。嘘ではなさそうですね」
「昨日からそう言っています」
スーツの男なんて、私は知らない。じゃあなんだ、あの場所には私以外にも銃を持った人間が居たとでも言うのか。
「木並 庄子さんはその人に殺されました」
「木並、庄子?」
「ええ。光太くんの祖母のようですね」
「……。そうなんですか」
「彼の母親も、亡くなりました。恐らくは、同じ人物の手によって」
「そうですか」
ざまぁみろ。罰が当たったのだろう。
「同日、彼の父親も殺されました。こちらは、今のところ今回の件とは関係ないようですが」
男はじっと私の様子を観察していた。
取り乱すことでも期待したのだろうか。
「悲しそうですね」
「そうですか?」
まあ、誰に殺されたのかは知らないが、私の手で報いてやれなかったことには多少の後悔はある。
「驚かれないのですね。昨日は彼の両親の話はしていないと聞いておりましたが」
「あんな人達、誰に恨まれていてもおかしくないですよ」
「そうなんですか」
「ええ」
男は一度、目を逸らした。
「すみません。話しを戻しましょう。あの事件の日、庄子さんが殺された時、現場にいた多くの方がこう証言しているのです。銃声がした方を見たら、仮面を被ったスーツの男が立っていたって」
「はぁ。あ、そうだ。それはきっと、尾緒神っていう男で」
「彼はその時、現場にいた刑事と一緒にいたことが分かっています」
なんだ。つまらない。
ああ。でも
あの日、あの場所で。何が起こっていたんだろう。
私にはもう関係のないことだが、あの日の謎には少しもやりとした。
「更にですね。その男は、あの山で警官を2人殉職させている」
男は、静かに言葉を続ける。
「警察としても、早めに犯人を捕まえたいようです。だからどうか、貴方が知っていることがあれば」
「―――りません」
「はい?」
「私は本当に、何も知りません」




