第12話
「時間切れだ」
攻撃を止めると、途端に視界が歪んだような気がした。いつの間にか俺は、立っているのもキツいような状態にあったらしい。
「――ろしてやる」
背後から、激しい殺意が向かってくるのを感じた。
振り返れば、乱れた髪を撒き散らしながら、鬼のような形相の圭子さんが走って来ていた。その後ろで、赤堂さんが追走している。
「殺してやる!ヒーローも、憧れも!何もかも!!」
圭子さんが、河原山高校の生徒会長へと突進する。
俺はそこに、割って入った。
まだ使える右手を使って、片腕でその顔面を掴み、持ち上げる。引きもせず、その勢いに押されることもなかった。顔だけ勢いを殺されて、圭子さんの体が顔を置いて飛び出して来た。伸びた手が、俺の目の前で宙を掴む。それが戻って行き、顔を掴んだ腕が引っ掻かれて血が出る。だからどうした。大人しく、ここで止めておけ。
俺の手の奥で、復讐鬼の目がギロリと睨んでいる。
仮面を被っていた女が、この隙を突いて走り出す。
俺はそれを、追い掛けなかった。
最後の瞬間に、あんな顔をしていた奴を、躍起になって追い掛ける気にはなれない。
それに、もう追い掛ける意味もない。
俺の横を2人の警官が走り抜けていく。警官は4人いて、2人は河原山高校の会長を追わずにここに留まった。圭子さんが俺を襲う様子を見ていた彼らは、俺から彼女を引き剥がして取り押さえた。圭子さんは警察の手の中でも暴れ続けていたが、俺は大人しく従う姿勢をみせた。
抵抗の意思がなければ、警察もそう野蛮なことはしなかった。
その直ぐ後に、赤堂さんが追いつく。俺は、自分の気持ちを落ち着かせた。
「尾緒神、大丈夫か」
「ああ。そっちも無事か?」
「私はお前に比べたら全然だよ」
交わしたのはその一言二言だけで、直ぐに警察が割って入ってくる。
圭子さんに手錠を掛けることで、1人は事情聴取に動けるようになったようだ。
「ちょっと君達、いいかな」
「あ、私が答えます。尾緒神、お前はその怪我だ、休んでろ。いいですよね」
警官は俺を一目見る。血が滑り落ちる、この体を。
「構わない。君は休んでいなさい」
傷ついた俺の代わりに、赤堂さんが警察への事情説明を請け負ってくれた。
俺が近場の木にもたれ掛かって休もうとすると、狩谷生徒会長が近づいて来た。
そういえば先程、らしくもなく静止の声を張り上げていたな。
「尾緒神。お前、その傷」
血だらけの体を見て、会長が反省するような表情を見せる。
その表情は本物なのだろうが、言葉には演技じみたものを感じた。まるで、元から用意していたかのような台詞。嘘の演技と、彼女の優しい本音が混じったその様子が、なんだか不似合いで可笑しかった。
痛む左肩の刺し傷に、手を置く。
「ずるいなぁ。会長は。また隠そうとしている」
「……」
立ち付くす会長を見ることなく、俺は河原山高校の生徒会長が去って行った方向を指差した。ほら、この状況が欲しかったのだろうと言わんばかりに。
「君は一体、どこまで理解して」
俺はその質問には答えずに、苦い笑みを浮かべた。
「……。そうだな。悪い、尾緒神。この埋め合わせは、必ずする」
会長が彼女の後を追い掛けていく。そんな会長の後を、君!そっちは駄目だ。追い掛けるな。と警官の1人が呼びかける。彼は追い掛けていきたいようだったが、圭子さんを取り押さえている都合上、難しそうであった。
俺は、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「いりませんよ。そんなの」
今回ここで起きたことは、きっと誰か1人の犯行ではない。
ずっと考えていた。狩谷会長が追っている犯人が、この場所にいるのではないかと。
狩谷会長が追っているそいつは、どんな奴なのだろうと。
もし、今回の件に全てに通じた黒幕がいるとするのなら、そいつは何を考えているのだろうかと。
これは、仮定の話である。
もし本当にそんな奴がいたとして、ただ見ていただけとは思わない。それならば、恐らくここまで複雑にはなっていない。副会長が、復讐を果たして終わるだけの事件に過ぎない筈だと思うからだ。
でも実際は、圭子さんのお母さんが殺されている。
彼女はなぜ殺されたのか。圭子さんの良心を殺し、欲望を解放させるためか。
それとも、彼女も光太くんへの送りものだったのか。
こんな犯人像が思い浮かんでいた。
彼が行く約束をしたヒーローショーのイベントを、彼が大切に思っている人が開くと知った。
そして、その約束の日に、光太くんに合わせてあげようと思ったのなら。
大切な人が、自分を殺した人間を殺してから会いに来てくれる。そんなシナリオを思い浮かべていとするのなら。
そいつが最後に殺すのは、きっと副会長である。
だが、復讐は果たされなかった。
その時、その黒幕が何を思うのか。そこまでは分からない。
狩谷会長が、河原山高校の会長を追い掛けていったということは、この仮説はある程度は当たっているのかもしれない。
まあ、犯人が捕まれば分かることか。警察が2人、追い掛けていったのだ。
そう悪いことにはならないだろう。
「尾緒神、会長と何を話していたんだ」
会長とのやり取りを見ていたのか、赤堂さんが不服そうな顔をして戻って来る。
「なんだ、もう異常聴取は終わったのか」
「今必要なところはな、この後、落ち着いたところで更に詳しい話しをする」
見ると、警察は子ども達の保護に回っていた。
「赤堂さん、あいつは、無事なのか」
「池地くんのことか?ああ。無事だよ、そんなことよりお前、傷」
「そうか、無事か。それなら、良かった」
俺は安堵に呟いてから、赤堂さんの肩に力なく拳を当てた。
「ありがとう。助かったよ、相棒」
終わってみると、全身が限界を訴えていた。
「尾緒神?」
「赤堂さんが圭子さんを上手く押し止めてくれてなきゃ、俺は今頃どうなっていたか分からない」
「あ、あんなの、なんてことねぇよ。寧ろ!銃を持っている方を受け持ったお前の方がやばいって」
「そうか?」
「そうだ。正直、私じゃ無理だった」
今度は赤堂さんが俺の肩に軽く拳を当てた。勿論、怪我をしていない方の肩である。
「だから、ありがとう。尾緒神。お前のおかげで、私は池地を護衛するってミッションを完遂出来た」
俺達は、お互いの顔見て軽く笑いあった。そしてフラついた俺を、赤堂さんが「大丈夫か?」と支えてくれた。
そんな俺達のところへ、警察官の方が子ども達を連れてやって来る。
「今、救急隊を呼んだ。その傷だ、下手に動かない方がいい」
どうやら、救急隊を呼んでくれたらしい。俺は担架移動になりそうだ。
「ありがとうございます。助かります」
意識が朦朧とし、地面に落ちそうになる。
「尾緒神?大丈夫か」
俺は礼だけ言って、再び1人で立つ。それでも木には寄りかかっていなければいけなかった。
「尾緒神?」
「赤堂さんは、子ども達と先に戻っていてくれ」
「どうしてだよ。お前が心配だ。私も一緒にここに残る」
「はっ。そいつはありがたい話しだが、やっぱり先に行ってくれ」
「なんでだよ」
「んー。男の意地、かな」
「男の意地って」
いいながら、俺は赤堂さんの後ろにいる警官を見る。男なら、分かってくれることがある筈だ。案の定、その警官は何かを察したような顔をして、帽子を深く被り直す。そして、俺にだけ見える位置で素晴らしい敬礼をしてみせてくれた。
尚も一緒に残ろうとしていた赤堂さんの肩に、警官が手を置く。
「君、ここは、彼の意志を尊重しよう」
「な、どうして」
「君だって怪我をしている。一応は、医者に診て貰った方がいい」
「私よりも、尾緒神の方が」
「彼の傷は大き過ぎる。下手に動かずにここで待っていた方がいいんだ」
「でも」
「我々の言うことを聞きなさい」
「ぐ。は、はい」
そこまで言われてしまうと、流石の赤堂さんも警官には逆らえないようで、渋々ながらに承諾した。
俺は、赤堂さんの姿が見えなくなるまで、出来るだけ笑顔を保てるように頑張った。
誰もいなくなってから、ずるずると地面に落ちていく。
腰が地面に付くと、もう立てないと思う程に全身を怠さが襲った。
体は重く、服に染み付いた血がどろりと濁っているようで気持ちが悪い。
刺された箇所が痛い、撃たれた箇所の感覚がない。熱いと感じていたものもなくなり、自分の体が冷えていっているような気がした。
気が遠くなりそうだ。瞼も重い、ゆっくりと瞬きをすると、視界の奥で黒い靴が現われた。次に閉開すれば、その足は近づいていた。
狩谷生徒会長が河原山高校の生徒会長を追い掛けていった。であれば、現われる人物はきっとあいつだろう。
ここには赤堂さんも、警察もいない。
「ああ。相変わらず可愛かったなぁ。君の顔は」
ざくっと、雑草が潰れる音が耳心地良かった。
「いつ好きになったのか。なんて覚えていないんだ。もしかしたら、最初から好きだったのかもしれない。それって、ロマンチックだよね」
ぼそぼそと何かが聞こえた。1人じゃないのか?
「でも困るなぁ。警察といちゃ。警察と一緒だったら、君の体を取り戻せないじゃないか」
やっぱりそうか。2人で残っていたら。どちらも殺していたな。
警察にはビビるような理性があってまだ良かった。
情けないことではあるが、今の俺では、彼女に気を使いながら戦うほどの余力はない。
彼の手にあるスマホから、聞き馴染みのある声がした。しかしそれはどこか機械的で、人間味がないような気がした。
根拠はない。しかし、上手く喋るもんだと関心する。
「本当にそうだぜ。あの化け物、上手く社会に溶け込みやがって。なあ國火下。私は早く、私の体を取り戻したいよ」
陽気な赤堂さんの声がする。偽物の声がする。デジタルな音だ。細部がまだ甘い。
「ああ。勿論だ。そうしたらまた、一緒に遊ぼう。背中を合わせて、色んな困難に打ち勝っていこう。ヒーローごっこの、続きをしよう」
男が手にしたものを俺に向ける。スマホではない。それは、俺が蹴飛ばしたものである。
「約束通り、お前を殺しに来た。じゃあな、蛆虫」
死を感じる。あの銃口は、まだ俺に向かっている。
まったく今日は、ヒーローだった奴が多い。
おかしくなりそうだ。
気持ちが高鳴る。
こんなことは久し振りだ。
ああ。どうして今日は
こんなにも
た の し
再びの銃声が鳴り響く。
警察に連れられた赤堂さんは、道半ばでその音に振り返った。
何はともあれ、こうして赤堂さんと挑んだ事件は終わりを迎えた。
まだ少しだけ続きます




