第10.5話
輝かしい、あの日々の中にいた。
あの奇跡の様な泣き声から、この景色は始まる。
黄色い産声。黄色い世界。
私と旦那がいて、私の胸中には小さな命があった。
私達は彼に、光太と名付けた。
光太はわたしたちの愛に応えるように、すくすくと育っていった。
ヒーローに憧れる、可愛らしい子だった。
それは、とても素晴らしい、私の人生だった。
ポツリと、私の頬に冷たい何かが落ちて来た。
視界を遮るノイズの先で、知らない少年が涙を流していた。
彼はなんとも言葉にしがたい顔をして、私に一言。
「ごめん」
と
呟いた
ざらざらと視界に砂塵が舞い散る。黄色い世界が、暗い濁流に押し流されていく。
もういつかも忘れ去った日。
暗い夜。暗い家で、私の子は壊れていた。
「お母さんだって、どうせ僕を馬鹿にしているんだろ!」
「そうじゃない。お母さんはただ、暴力はいけないって言いたいだけで」
「駄目なんかじゃない!僕にはもう、これしかないんだ!それに、お姉ちゃんだって、力で不良達を改心させてた。僕だって、僕の力で、あいつらを分からせてやるんだ」
「そんなことをしても、状況は悪くなる一方だわ。お願いだから、暴力は使わずに、ちゃんと話し合いをしましょう。お母さんだって力になってあげるから」
「話し合いなんて無理だよ。僕じゃ、多数決には勝てない。皆に嘘を付かれたら、本当のことなんて簡単に見えなくなる。現に今、僕は先生に信じられていないじゃないか」
「あの先生だって、貴方の力になりたいと思ってくれて」
「嘘だ!お母さんは知らないんだ。先生は、誰に対してもいい顔をしているだけなんだ。問題を浮き彫りにしたくないだけなんだ。どちらとも落ち着かせて、有耶無耶にしたいだけんだ」
「そんなこと」
「僕には分かるよ。あの先生は、誰も叱らないんだ」
私は親として、息子が道を踏み外さないことに必死だった。ちゃんと、正当な方法で、いじめを主張する息子が抱えている問題と向き合うつもりだった。
でも
穏便にしようと説得した私に与えられたのは、息子の無惨な死体だった。
息子は十字架になっていた。
三本の糸で吊されていた。
腰から下が失われていた。
体には無数の暴行の後が残されていた。
首が真っ直ぐ立つように紐に絡めてねじ曲げられていた。
手首は……。
吐き出しそうな気持ちになった。これ以上は思い出せない。
記憶の想起に歯止めが掛かる。
全てを洗い流すかのような、川の流れの音が聞こえている。
家から徐々に無くなっていった息子のヒーロー玩具が、その場所には沢山残されていた。
それが、最愛の息子の最後であった。
しかし、息子の死は警察によって自殺になった。
学校は、本校でいじめはないと断言したらしい。
寧ろ、おかしくなった光太に迷惑していたと、そう言ったらしい。
私と旦那は抗議した。
それでも、それは大した意味を成さなかった。
そうして、あのメールが届く。
そのメールは、3年後の日付から送られた、不思議なメールだった。
宛名は、Shiori
件名は、真実
メール本分
お兄ちゃんが、光太くんの死の真相を見つけました。
添付された動画には、私の息子がいじめっ子達に殺される様子が映し出されていた。
彼らと戦い、自分の正当性を伝えようとする様子から
動かなくなって、吊されて
正義の心が折られるまでの
その
仮定が
私を
こ わ し た
光太が涙を流し
諦めながら最後に呟いた
私達両親への謝罪
その顔が、私の目の前にあった。
手を伸ばす
夢から醒める
助けなきゃ
私が、光太を助けなきゃ
伸ばした手が、誰かに掴まれる。
違う。
彼は、わつぁしの子じゃない。
違う。違う。
殺さなきゃ。
光太が成し遂げたかったことを。
息子の夢を
親であるわたしが叶えなかや
あの動画に映った子の1人が、私の直ぐ近くにいる。
正さなきゃ
正さなきゃ
あの悪魔を、タダサナキャ
……。
目を、見開いた。
黒い蝶蝶の舞う中で、私の息子が立っていた。
光太は目を輝かせて、あの少年を見ていた。
自らの血を吹き出しながら仮面の女と戦う、あの少年を。
だめ
光太
あんなのに憧れちゃ、だめ
私の息子が駆け出して行く。
待って 待って
憧れないで
ヒーローに、憧れないで
それに憧れたせいで、あなたは
殺さなきゃ。あの子が憧れてしまわないように
ずっと
私達が
幸せで
居られるために




