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第9話 流されるままに状況は進んでいる

「ちょっとさっきの不審者(お姉さん)の話をしたくてね。それと、お前のお友達についても」

 引っかかりがあった。先程の女のことは分かる。しかし、お友達とは何か。赤堂さんは、一体何に足を突っ込もうとしているのだろうか。

「そうですか。では、どちらからお聞きになられますか」

 俺は何の顔色も変えることもなくそう聞く。それが不味かったようだ。

「お前、何か変だな」

 目の前の男は眉を寄せ、疑いの表情を向けてくる。そして何を考えたのか、口を開いてこう聞いて来た。

「お前、名前は」

「……。尾緒神――」

 俺が自分の名前を口にすると、男は少しだけ目を開かせた。

「そうか、お前が」

 男は呟くと、口元に手を当てて何かを考え出す。

 俺は男が次の言葉を発するまで、じっとその思考時間を待つことにした。その時、背筋が氷付きそうな悪寒がした。顔には出さない。けれど、全身の鳥肌は立ち上がっていた。視界の端で、俺に話し掛けて来て消えた女が、木の裏側から半分だけ顔を見せて此方をみていたのだ。その目は、まあるい。


 何だ。何を考えている。


 男が次に発した言葉は、「ああ、すまん」だった。俺はそれまでに、自らの気持ちを整えた。彼女のことは気にしない。気にすれば、目の前の刑事に気づかせれば。今すぐにでも襲い掛からんとする意気を感じていた。

 そんなことも知らず、刑事は話す。

「お前のことは圭子さん、お前がさっき話をしていたあのお姉さんと話している時から見ていた。俺が出て来れば、何処かに行ってしまっあの人だ」

 俺はやっと、男の言葉が頭に入り出した。

「彼女は俺に動揺していたが、お前は違う。何故俺が、警察が出て来たことに驚きがない。俺に話しかけられて、それだけ平常心でいられる」

「別に、後ろめたいこととかがなからですよ」

「嘘だな。それに、大抵の場合は後ろめたさがなくても、何か悪い事をしたかも。していたのかもと不安になるものだ。だがお前にはそれがない。お前、慣れているな」

 じっと男が俺を見てそう言った。警察対応に慣れ過ぎていると、それが引っかかったと。

「それを変に思ったが、名前を聞いて納得した。そういう事情があったのなら、納得出来なくもない。俺はお前さんの事件に直接関与してはなかったが、署で話くらいは耳にしていたよ」

 俺は無言で俯いた。こういう人間は嫌いだ。無神経に人の過去を掘り返す。

 気にしないように、別のことを考える。刑事は俺のその件を思い出した時、その時に思慮したことは何だったのか。彼が口元に手を当てて思考する様子は、とてもただその件を思い出しているだけのようには見えなかった。

 俺の事情と、何かが結び付き、真実に近づいていっているような、そんな様子だった。

 何だ。俺の知らないところで、俺と何が結び付いてしまっている。

「ん?あ、悪いな。そうだよな。あんまり、思い出したいことじゃなかったか」

 俺が俯いたことに、彼はそういう解釈を得る。実際、思い出したくはないことだ。あの日、不気味な笑顔を浮かべていた、友人の顔が思い浮かぶ


 きっと、キミも気に入ると思うよ


 ズキリと頭が痛んだ。考えるな。思い出すな。あれは、もう終わったことなんだ。

 俺は改めて目の前の警察を見て、思考を現在のところへと固定させる。

 固定観念は捨て、考え直す。

 ……。そうか。結び付いたのは、俺と。


 であれば、想定される俺の友達は、赤堂さんではない。


「いえ。ところで、俺に話って何ですか」と、話を促すことにした。

「ああ、そうだったな。さっきのお姉さんだが、お前はあいつに何て言われた」

 考える素振りをしてから答える。

「子どもを探しているって言われました。()()()()と一緒にいるからって」

「そうか。気を付けておけ。それは嘘だ」

「どうして、そんなことが言えるのですか」

 純情ぶってとぼけてみる。そうだ。警察だからといって、簡単には信じてはいけない。

「何故かって。そうだな。まあ、話しても大丈夫か。どうせ俺は……。いや、なんでもない」

 悲しそうな顔をする。窓際刑事の悲しい事情でもあるのだろう。

「そうだな、あんまりぼかして下手に関わられても困る。実際、以前のお前はそうだったのだろう?」

 機密やらプライバシーやらを気にしてか、刑事はそう言って自分を納得させているようだった。

 俺は目を背けながら、刑事さんに投げかけられた質問に答える。

「さあ、どうだったでしょうね」

 悲しい出来事ならあった。俺はそこから、まだ羽ばたけずにいる。

 男は値踏みするように俺を見た。まあいい。なんて言って。

「いいか?あの人の子どもは、5年前に亡くなっている」

「5年前」

「ああ。木並(きなみ) 光太(こうた)。当時まだ11歳だった男の子だ」

 11歳。小学5年生か、6年生くらいの年齢か。


「他殺ですか」

「いいや、自殺だ」

 自殺。その言葉は重くのしかかる。一部世界にて、それが流行った時期がある。

 唇を噛みしめた。思い出さないと決めていても、勝手に光景が頭の中を過ぎ去った。

「俺は、その事件を担当していた」

 目の前の刑事は続ける。

「原因は、いじめだ」

 いじめ。それは、大きな問題である。人が人である限り、なくならないものだと、俺は思っている。

「先程は自殺といったな。だがそれは、間違いだったかもしれない」

 男は煙草を取り出し、口に挟んでは火を付ける。

 他殺なら、まだ救いもある。なんて思ってしまうのは、きっとよくないことだろう。

 それでも、思い詰めた末に心が壊れ、自ら命を投げた人間を知っていれば、一層そうなる前に誰かに殺された方がましだったのかもしれないと思ってしまうことがある。

 それは、そうなる前に自分に出来た事を、後になって思う浮かべた後に、責任から逃れるために浮かんでしまったことでもあった。


「あれは、他殺だった。自殺にしては、惨い死に方をしていた。だが、証拠が集まらなかった以上、自殺として処理するしかなかった。上に、そうしろと言われたんだ」

 男は、悔いるようにそんな言葉を吐き出した。それから、俺を見る。

「だから、お前に声を掛けた」

 本題に入ろう。そう言われているような気がした。この場で起きているかもしれないことに対する本題ではない。この男にとっての本題である。

「俺は、ある少女をマークしている。その少女の名前は、たちばな 詩織(しおり)。お前、今日そいつと話しをしていたな。彼女とは、どういう関係なんだ」

 やはりそうか。こいつが言っていた友達は赤堂さんではなく、橘の方のことであった。

 思えば、俺はこの警察官を、橘さんと一緒に居る時に見ている。あの時、この男が偶にこちらに視線を寄せていたことには気が付いていた。俺が感じた違和感の正体がこれだったのだ。


『あの人は、唯一私の言葉を信じてくれる警察官。でも使えない人。何の役にも立てないかわいそうな人なの。だから、窓際刑事になっちゃった』

 橘さんもそう言っていた。

 彼女とこの刑事には何か関係がありそうだ。

 『お前のお友達について』と言ったのはこの刑事だが、確信は持てていなかったようだ。俺に答えさせるような質問をする。ここで友達と言えたら話は早かったのかもしれない。

「ただの知り合いですよ。同じ学校の」

 刑事は少しだけ眉を寄せた。

「親友。とは言わないんだな」

「親友?何故ですか」

「いや、まだ違うならいいんだ」

「まだ?」

「気にしないでくれ。それより、あそこで何の話しをしていたんだ」

「変な話しですよ。人間の体からの解放とか、そういった類いの」

 言葉の途中で、刑事が俺の両肩を掴んで来た。

「悪いことは言わない。彼女とは直ぐに縁を切れ。その少女には、関わらない方がいい」

「それは、どうしてですか」

 刑事は真剣な顔で答える。

「分かっているんだろう。彼女に関係した人間は、皆不自然な死を遂げている。お前が言ったそれは、彼らが初期に言い始める言葉と同じだ。俺は、お前に死なれたくないんだ」

「不自然な、死?」

「ああ。街中で急に自分の首を刺したり、トラックに轢かれて事切れるまで笑っていたり、自由になりに行くって出掛けたまま帰って来なくなったり」

 刑事は尚も事例を挙げていく。俺はその途中で割って入るように、疑問を口にした。

「だったら、逮捕すればいいじゃないですか。原因は橘で、あなたは刑事なんですよね」

「……。そうだな。そうなんだが、それが出来ないんだよ」

 変なことを言う。

「どうしてですか」

「証拠がないんだ。死因は、あくまで自殺。それまでに彼女がどういう経緯で彼らに関わったのか。その仮定は全く分からない。いや、そもそも全員に関わりがあったかどうかすら、明確には分かっていないんだ」

 俺の友達だったやつだってそうである。だから俺は今、初めてそのことを知った。

 もしあの件に橘が関わっていたのなら、俺は彼女への態度を変えるのだろうか。


 この刑事の言葉は信用出来ない。何を言っているのかと思った。関わりすら判明していないのに、どうして橘を疑うのか。変な話だ。前の言葉と、今の言葉が噛み合っていない。とはいえ、分からない話でもない。俺も今、この人と同じ状況にあるのだ。

 俺はそう思って自分を落ち着かせるように、言葉を選んだ。全部勘違いであって欲しい。俺はもう、あの件とは関りたくないのだという、思いも込めて。

「関わりがあるかすら分かっていない?それじゃあさっきの話はなんだったんですか」

「関わりというのは、そういうことだけじゃないんだ。いいか、これらの自殺が起きる前日に、彼女から警察に通報が入るんだよ。『明日、〇〇さんが死にます。場所は分かりません。死に方も分かりません。でも、お兄ちゃんがそう言っていました』とな」

 つまるところ、事件に名前は登場するが、それが本当に現場と関係しているかは分からないと。

「その橘の通報が、偶々当たっただけなんじゃないですか」

「100パーセントなんだ」

「え」

「彼女の通報は、今のところ100パーセント、全部本当に起きているんだ」

 俺は指で前髪を触る。それなら、何か繋がりを感じるのはおかしくないことなのかもしれない。彼女が関わっていると、俺も思うかもしれない。

 だが、この刑事だけがそう思う筈がない。こんなこと、誰でも怪しんでしまうことだろう。だったら、どうして警察は。

「お前の考えていることは分かる。最初は皆彼女を疑ったさ。だが、彼女を調べたところで何もなかった。彼女を張り込みしても、自殺者達と触れ合った痕跡はなかった。それでも、またあの通報は飛んで来て、翌日にはその人物が死んでいた」

 エスパーのようだ。警察は、証拠がないと逮捕は出来ない。

「通報された人物を、警察は守ろうとしなかったのですか」

「したさ。だが、誰1人として上手くいかない。保護しに行った奴が死んだ例すらある。いつしか、この件は署内でも毛嫌いされるようになった。これは、大きな事件でもなければ、1つ1つは自殺として既に処理されている。親族も自殺で納得してしまっている。ただ彼女が不気味なだけで、言ってしまえば、深追いする必要はないし、強引な捜査にも踏み込めない案件なんだ」

「だったら、どうしてあなたはこうしてまだ捜査を続けているんですか。橘が本当にそれらの自殺に関与しているのか。それすら、掴めてはいないのでしょう」

 俺の質問に対して、目の前の男は目を逸らすようにして答えた。何かを隠すような声で。

「もう、終わって欲しいからだよ。いつまでも続く不気味な通報に、俺はもう耐えられない。彼女の不気味さの正体を暴いて、安心したいんだ。私は関係していると言っているようなものなに、何も繋がらないんだぞ。それなのに、彼らが死ぬ前日に、彼女が淡々と自殺者の名前を当て続けている理由を、俺は知りたい。知って安心したいんだ」

「本人に、直接聞けばいいじゃないですか」

「勿論聞いたさ。でも返ってくる答えはいつも同じ」


 お兄ちゃんが、そう言ったから


「でもな、不思議なことに、俺はその“お兄ちゃん”を見たことがないんだ。それだけじゃない。戸籍を調べてみても、彼女に“年上のお兄ちゃん”なんて存在しないんだ」

「……。」

 それはそうだろう。だって、彼女自身が言っていたことだ。

 お兄ちゃんには、実体がないと。

 いいや、それでも。戸籍にまでいないのは流石におかしい。俺の思考も既に、そちら側に毒されつつあるようだ。

「君は、彼女の“お兄ちゃん”について、何か知ってはいないか」

「いいえ、知りません」

 嘘偽りなく答える。俺が知っていることは、多分この人ももう知っている。

「……。そうか」

 男は少し取り乱していた。だからか、この山の様子を見て一呼吸置いた。

 尻ポケットから煙草を取り出しては、新しいそれを加えて一服し始めた。

 そうして形だけの落ち着きを取り戻した刑事は、こう言った。


「他のことでもいい。彼女について、何か知っていることはあるかい?」

「いいえ。橘とは本当に知り合ったばかりなんです」

「そうか」

「でも、困っていることがあります」

「困っていること?」

 そこで、俺は今日彼女に言われたことを刑事さんに話した。今日、この場所で誰かが殺されるという、彼女の話を。

 刑事さんはその話を聞いて、それも昨日署に電話が来ていたよ。誰も、捜査に取り掛かろうとはしなかったけどな。と話した。ただの妄言。これはそういうものだ、と頭で処理してしまっている人が多いらしい。悪く言えば、その狂言に慣れてしまっている。現実的に言えば、もう関わりたくないのだろう。


「それに、警察は今別の事件で忙しいんだ」

 俺の様な暇人を除くとな、と自傷気味に言われた。

「別の事件、ですか」

木並(きなみ) 光太(こうた)くんの話に戻ってしまうんだが、当時彼をいじめていた子ども達がここ数日何者かによって殺されている。他の警察は、そちらの捜査にかかりきりになっている」

 おじさんは、と言おうとして。それは失礼かと思って警察手帳に載っていた名前を思い出す。

科垣(しながき)さんは、そちらには参加しなくていいんですか」

「俺は、その捜査からは外された。今の君では、現場を掻き乱し兼ねないって上がお達しでね」

「掻き回し兼ねないってのは、どういう」

「それは。まあ、私情が挟まり過ぎているって奴だ。俺は、この件に長く浸かり過ぎた」

 ぼやかした表現だが、あえてだろう。その件については詳しく聞けそうにない。

「そうですか。因みに、そちらの事件のことについて、教えていただくことは出来ませんか」

「どうしてだ」

「関係があると思っているのでしょう?その件と、こちらの件が」

 確信はなかった。だが、これまでの会話を聞いていればそういう可能性もあり得ると思って口にした。

 2つの件は、ある地点から分岐している連続した事件のようにも思えた。共通していることは『5年前』『自殺した少年』。こちら側にあるのは『亡くなった少年の母』『ヒーローショー』『橘』が連続した事象として存在する。今警察が動いているここではない別の場所での事件については詳しく知らないが、少なくとも『いじめっ子達の死』が連続している事象として上げられる。

 彼の言い方的に、恐らく警察は2つの事象を繋がっていないこととして捉えている。もしくは、『亡くなった少年の母』の存在がここにあることを知らないかだ。この男がここに来た理由は、橘からの通報だ。決して、あの女をマークしていたからではない。であれば、他の警察が彼女の存在を知らないことはあり得てしまう。


 俺は、刑事さんを見た。彼は俺の目を見て思案し、白状した。

「現場には、3年前の光太(こうた)くんと同じ手法で死んだと思われる自殺死体があった。しかし、3年前とは違って、現場には他殺の証拠が残されていた。絞首だった。けれど、その体には光太(こうた)くんと全く同じいじめの跡が。暴力の痕跡が残されていた。傷は新しいものだ。恐らく、死ぬ直前に痛め付けられたのだろう。どの死体も傷の位置や形は殆ど似ていた。手の届かない背中もそうで、それは完全に光太くんの最後の再現だった」

 刑事さんは、恐らくご自身で見ただろう現場の様子を教えてくれた。

木並(きなみ) 太地(たいち)。お前に話し掛けた、木並(きなみ) 圭子(けいこ)の旦那だ。それと、他課縞(たかしま) 倫子(りんこ)。今は教師を辞めた、光太(こうた)くんの元担任教師だ。あちらの件で、俺はその2人が怪しいと踏んでいた」

圭子(けいこ)さんは、その候補には入ってないのですか」

「彼女には、医師から精神疾患の診断が出ている。光太くんが亡くなってから様子がおかしくなったんだ。彼女の中では、まだ光太くんは生きているんだよ」

 ぞくりとした。そうだ。彼女は俺に、自分の子どもの場所を聞いて来たのだ。もう死んでいるはずの、子供を。そうか、彼女の中で、光太くんは子ども達と一緒になって、赤堂さんと遊んでいたのか。

 いや待て。そもそも、彼女が言っていた()()も、橘さんである可能性はないだろうか。


 それに、何故彼女は、この刑事さんから逃げたのだろうか。


 刑事さんは話を続ける。

「だから、アリバイがあるんだ。彼女は今、夫とも離れて実家で療養している。だから彼女のお母さんがいつも、そばに」

 言いながら刑事さんが固まった。俺は首を傾げる。俺は自分の記憶を辿る。あの女に会った時。近くに彼女の母親らしき人物は見かけていない。

 目の前の刑事さんは嫌な汗を垂らしていた。だが、偶々席を外していた可能性だってある。まだ焦るには早いだろう。彼女の母親だって、四六時中側に居るわけでもあるまい。

 それは刑事さんにも考え浮かぶことだろう。彼は額に浮かんだ汗を手で拭いながら、落ち着くように呼吸する。顔を上げると、ゆったりとした声でこの道の先の景色、ショーが行われた小さな広場を眺め始めた。

 まるで気持ちを落ち着かせるように、刑事さんは唐突に話題を変えた。


「それにしても、ここは良い場所だ。そうだ、坊主。今日どうしてここでヒーローショーが開催されたのかは知っているか」

「……。ええ。河原山高校の生徒会長さんがした。幼馴染みさんとの約束ですよね」

 俺はその話しを、うちの生徒会長から聞いている。そしてその話に出て来た幼馴染みが恐らく。

「ああ。光太くんは、その日をとても楽しみにしていたらしい」

「……。」

「いじめの原因は、これもあったみたいだ。彼の周りではね、小学校の高学年になってもまだテレビのヒーローに憧れていることは、おかしなことだったんだ。ヒーローごっこは卒業するべきことで、だからこそ彼は浮いていた」

 赤堂さんの顔が浮かぶ。屋上で『漢のホビー魂』を持ち出して黙々と読みふける彼女の顔が。彼女に友達がいなかった件が、光太くんのもと同じ理由なのか。それは俺には分からないことだ。だが、気分がいいことでもない。


「ヒーローを目指していただけあって、光太くんは周りには凄く優しかったみたいでね。幼稚なところはあるものの、女の子からは多少モテていたそうだ。だから、その僻みも重なったみたいなんだ。最初はね」

 風が靡く。男は、少しだけ柔らかな笑顔を浮かべた。そして、よかったと呟いてから広間の中へと指を指す。そこにいるのは1人の老婆で。

「あれが、さっき言ってた圭子(けいこ)さんの母親だよ」

 俺が圭子さんの母親の方に目を向けた時、彼女は自分の娘を探しているようだった。

 そして


 銃声が鳴った。


 耳の中で、激しい音が反響する中で。目の前の刑事はその目を見開いた。俺は、目の前の出来事に脳を焼かれそうになる。俺の心臓を、昔の自分が掴み込む。圭子さんのお母さんは、まるでバッドか何かで頭を強く殴られた後かのように重心を傾けて浮き上がっていた。

 彼女の頭のこめかみからは、綺麗な一筋の赤い線が溢れていて。カノジョが地面に倒れるまでが酷く長く鮮明に目の中に焼き付いた。

 驚愕がこの場を席巻する。悲鳴は、その直ぐ後に訪れた。


 現場は騒然とした。子供の泣き声だって聞こえている。

 刑事のおじさんは、死体に駆け寄っていった。遺体の状況を確認し、銃弾が飛んできた方向へと向かう為に。


 俺は、立ち尽くしていた。頭に痛みが走る。

 銃を撃ったのは、圭子さんではない。彼女は俺の視界の中にずっといて、銃を構えやしなかった。銃声の場所も、彼女のいた位置ではない。

 見やると、そこにはもうカノジョの姿はなかった。自分の母親が死んだというのに、カノジョは姿を消した。あの人は既に、現実にいない。


 悲鳴などが鳴り止まぬ騒音の中で、どうしてか小さな笑い声が聞こえた。ふふふと静かに、けれど陽気に笑う、少女の声が。


『あなたは事件の目撃者になる。そして、引き返せなくなるの』


 人が死に、俺は目撃者となった。


 再び目の当たりにした人の死ぬ瞬間の光景に、心臓がキュッとした。


 橘さんの言ったことが、奇しくも現実に起き始めたのだ。


 鳥肌が立つ。俺は一度、刑事さんの方を見る。銃を撃った何者かが気になる。続いて、圭子さんのいた場所を見る。彼女は、赤堂さんのところに向かったのかもしれない。

 自分の子供を、守る為に。そうしてそれがいない事を聞かされる彼女は、どんな行動に出るだろうか。


 俺は、どちらを追うべきかの選択を迫られた。

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