第10話:恋を知る ― 朝靄の中で ―
朝靄が森の小屋を包み、光がゆっくりと差し込み始めていた。
リアは湯を沸かしながら、ぼんやりと夜の出来事を思い出していた。
――あの時、レイに言われた「嫌いじゃない」という言葉。
たったそれだけなのに、胸の奥が何度も疼く。
「……私、どうしちゃったんだろう」
呟いた声に、自分で驚く。
レイの顔を思い出すたび、頬が熱くなって、視線を逸らしたくなる。
扉が軋む音がして、外からガイが入ってきた。
「おはようございます。朝は冷えますね」
いつもの穏やかな声に、リアは少しだけ安堵する。
「ガイさん、おはようございます。湯、もう少しで沸きます」
「ありがとう。手、冷えてますよ」
ガイはリアの手を包み込むように取った。
その指先が温かくて、リアの胸がまた少し跳ねた。
「……優しいですね」
「あなたが冷えた手で作業してたら、兄さんに怒られますから」
「……ふふ、それは確かに」
柔らかな空気が流れる。
けれどリアの心の奥では、ガイの優しさよりも、昨夜のレイの強い視線がまだ焼きついて離れない。
「(どうして…私、レイさんのことばかり)」
その時、外からドアが勢いよく開いた。
「おい、朝から何してんだ」
レイが入ってきた。額には汗が光っている。
「森の見回りだ。狼の足跡があった」
真剣な声に、リアもすぐ立ち上がる。
「わ、私も行きます!」
「お前が行っても足手まといだ」
「……でも」
レイが少しだけ言葉を詰まらせ、リアの手元を見つめた。
その視線の先には、ガイに触れられたリアの手。
わずかに眉をひそめると、低い声で言う。
「……ガイ、あまり軽々しく触るな」
「兄さんが心配するほどのことでは」
「するんだよ」
短く、強く、言い放つ。
その場の空気が一瞬で張りつめた。
リアは慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめんなさい!」
「……別にお前が悪いわけじゃねぇ」
レイはそう言って視線を外し、外の光に目を細める。
「俺が守る。お前はここにいろ」
そう言い残して出て行った背中に、リアの胸がまた締めつけられる。
ガイは静かに息をつき、リアの横顔を見た。
「リア…兄さんの言葉を真に受けすぎないでください」
「え?」
「兄は、不器用なんです。優しさも、言葉にできないだけで」
「……うん、わかってます」
そう答えながらも、リアの胸の鼓動は止まらない。
窓の外では朝靄が晴れ、光が森の奥へと差し込んでいく。
リアの心にもまた、小さな光が灯り始めていた。
それが“恋”というものだと、まだ気づかないまま――。




