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エピローグ 緋色の習作

 気泡を上げながら、水底の奥へと沈んでいく少女。

 朝になれば太陽から放出される星気の力で、その生物の枠を外れた肉体は水に帰ることだろう。

 星気を食らって超再生を繰り返す細胞は、その能力ゆえに自らを滅ぼすのだ。


 ――本当に、これで良かったんだろうか?

 ひとしきり快哉を叫んだ私は、ふと我に返ると、揺れる川面を眺めた。

 事件の背後に潜んでいた、複雑かつ哀しい姉妹の事情。

 非道を尽くしたロゼッタを許すつもりは毛頭ないが、もう少し穏やかな解決は出来なかったのかと思わずにはいられない。

 復活を願った自らの姉に食われ、その姉もいま水の底へと姿を消していく。

 何ともあっけなく、物悲しい最期だ。

 これで事件は解決と言ってしまうには、歯と歯の間にものが挟まってしまったように、すっきりとしない。

 哲学的で、センチメンタルな気分になる。

 端的に言ってしまえば、憂鬱だ。


「……哀しいわね」


 気が付けば、目から涙があふれていた。

 危機から解放された安堵からか、それとも姉妹を悼む気持ちからか。

 目頭が熱くなり、胸の奥から苦しい感情がこみあげてきてしまう。


「シェリー、どうしたのよ?」


 ふと気が付けば、横にシャルロッテが立っていた。

 彼女は私の顔を見て、一瞬、寂しげな表情をしたがすぐにはにかむ。

 口の端に白い歯を輝かせたその表情は、真夏の向日葵のように眩しかった。


「こういう時こそ、笑うのよ。事件は解決したんだから、胸を張ればいいわ」

「そうは言っても……」

「ぐずぐず言ってたら、先に進めなくなるわよ? 過去より今、今より未来! 先を大切にして生きなきゃ!」


 水面を見ながら、爽やかに言い切ったシャルロッテ。

 その声はわずかに震えていて、眼元には光る滴があった。

 彼女もまた、私と同じように複雑な感情を心の内に秘めているのだろう。

 シャルロッテも我慢しているというのに、自分ばかり嘆いているわけにはいかない。

 私は涙を拭くと、曲がっていた背筋をシャンと伸ばす。


「そうね、後ろばっかり見てたんじゃ走れないわ」

「その通りよ! ちゃんと前を見なきゃ」

「さてと、このことを報告しないとね。大ニュースよ、明日から私たちは町のヒーローだわ」

「ああ、待って! そのことなんだけど……」


 シャルロッテは顔を下に向けると、口をもごもごとさせた。

 不審に思って覗き込むと、彼女はさりげなく視線をそらしてしまう。

 何か、私に対して言いづらいことがあるようだ。


「なに? 困ったことでもあるの?」

「シェリーには悪いんだけどさ、今回の事件……真相は伏せておこうと思うの。博士の遺したキメラが暴走したとか、そんな感じで」

「……どうしてよ。シャルロッテ、あなたはそれでいいの!? これだけの大活躍をしたのよ、あなたには世間から称賛される権利も義務もあるわ! あるはずよッ!!」


 私が勢いよく詰め寄ると、シェリーは困ったように顔の前で手を振った。

 彼女は申し訳なさそうな顔をしながら、乾いた笑いをこぼす。


「私だって正直、みんなにちやほやされたいってのはあるけどさ……。これからのためなのよ。もし事件の真相を公開すれば、確かに私たちは有名になる。けど、そうしたら身動きが取れなくなるわ。今回の事件は、背後にあるものがあまりにもショッキングで大きすぎるもの。事件は『これからも起きる』んだし」

「それって……あなたが見た未来に関すること?」

「ええ。いくつかは分からないけど、『最悪の未来』を避けるために防がなきゃいけない事件はまだあるわ。私の探偵としての仕事は、これで終わりじゃないのよ。だから、シェリーには悪いけど……ここで称賛を受けるわけにはいかない。私って調子に乗りやすいから、褒められたらダメなのよ」


 そう言っておどけてみせると、シャルロッテはどこか不安げな顔で私の目を見つめた。

 澄み切った青の瞳が、スウッと距離を詰めてくる。

 その奥深い輝きに、私はたまらず息をのんだ。

 彼女の真剣な感情が、痛いほどに伝わってくる。


「シェリー、もし私と一緒に行動するなら……これからも、こんな事件に巻き込まれるわ。それでも、ついてきてくれる?」

「もう、さっき言ったばっかりじゃない! これからも一緒に仕事したいって」

「ほんと? 状況が状況だったからさ、もう一度確認しておきたかったの」

「何度聞かれても、意志は変わらないわ。むしろシャルロッテの方こそ、私でいいの? 私、あなたほど強い女じゃないし」

「あったりまえでしょ! そういうところも含めて、シェリーは私にぴったりのパートナーよ!」


 差し出された手。

 白く細い指を、彼女の体温を感じながら固く握りしめる。

 柔らかくて、細くて、それでいて力強くて。

 指先から伝わる彼女の手の感覚は、何とも心地よかった。

 幼いころに握った、母の手を思い出さずにはいられない。

 どうしてだろう、ただ手を握っているだけだというのに、全身を守られているような安心感がある。


「あッ!」


 胸のポケットから、一冊の手帳が落ちた。

 最近買った、真新しい赤色の手帳だ。

 地面に転がったそれを見た途端、私の頭にあるアイデアが浮かぶ。


「そうだ! 今回の事件を物語としてまとめましょう! それでいつか、すべてが解決した時に本として出すの!」

「ええ!? いいけどシェリー、あなた文才あったの?」

「こう見えても、リンデン大学を出てるんだからね? まあ、任せておけばいいわ」


 ノートを拾い上げると、まず今日の日付を書き込む。

 1896年×月×日――冒頭はこれで良し。

 あとは、物語のタイトルか。

 私は綺麗な紅をした表紙を見ると、ポンと手を叩く。


「緋色! 『緋色』の習作にしましょうッ!」


 こうしてこの日、一つの事件の解決とともに、私たちの冒険の記録が始まった。

 この先に待ちうける、想像を絶するような戦いと冒険を、知る由もなく――。



シャルロッテホームズ、これにて完結です!

一カ月と短い間でしたが、ありがとうございました!

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