第二十三話 理を外れた生き物
「姉さん? どうして……?」
「UGAaaa!!」
ロゼッタの問いかけを無視して、少女――いや、怪物は彼女の肉を食らう。
血を飛び散らせながら、顔を肩に埋めて肉を目一杯にむさぼる。
――何故なのか。
ロゼッタはただただ、疑問を顔に浮かべていた。
憎しみもなく、悲しみもなく、喜びもなく。
無色透明の感情を、硬直した顔と体で露わにしている。
己の体を食われようと、少女を抱きしめ続ける手が痛々しい。
目の前の怪物が自身の知っている姉ではないことを、未だに認められずにいるようだった。
「痛い、痛いよ……。姉さん、何でいじめるの?」
「GAa! OGUa!!」
「離れなさい! 殺されるわよッ!!」
見ていられなくなったシャルロッテが、ロゼッタの方へと手を伸ばした。
その瞬間、シャルロッテを振り払おうとした少女の手が、ロゼッタの首をあらぬ方向へと捻じ曲げる。
崩壊。
ロゼッタの体は、少女の手をすり抜けて崩れ落ちた。
ドサリと重い音がして、華奢な体が石の床の上に横たわる。
こちらを向いたその顔は、見ていて胸が張り裂けそうになるほどに、驚きに満ちていた。
――裏切られた。
恨みのこもった声が、脳の底に響くようだ。
最後の最後でロゼッタが見せた強烈な怨念に、死神が背中を撫でたような気持ちの悪い感覚にとらわれる。
この少女の人生は、いったい何だったのか。
過ちを犯していたとはいえ、その意義を考えずにはいられない。
「ロゼッタ……!」
「シェリー、今は感慨にふけってる場合じゃないわ! この化け物を何とかしないとッ!!」
私より一足早く精神の再建を果たしたシャルロッテは、すかさずアストロラーベを構えた。
それを床に叩き付けると、たちまち炎の弾丸が放たれる。
螺旋を描きながら、まっすぐに飛ぶ紅の線条。
拳より一回り大きいほどの炎が三発、少女の体に命中した。
貫通。
少女の体に、親指を通したほどの穴が三つ出来る。
一つは頭、一つは胸、一つは腹。
並の人間ならば、確実に死亡したはずだ。
「どうよッ!」
「GAAa!!」
「効いてないわッ!」
荒ぶる奇声と共に腕を振り上げ、とびかかってくる少女。
私はとっさにシャルロッテを押し倒して、その攻撃からかばった。
少女の腕は私たちの頭の上を通り抜け、壁へと突き刺さる。
轟音、大気のどよめき。
頑丈なはずの石壁に、少女の拳を中心としてちょっとしたクレーターが出来た。
衝撃で部屋が揺れ、石組の隙間から埃が落ちてくる。
「な、なによこいつッ!!」
「逃げるわよ!」
「……待って! 今がチャンス!」
「RUUu……!」
少女は、壁に刺さった右腕が上手く引き抜けないようだった。
左腕や足を使ってどうにかしようともがいているが、砕けた石の一部が返しになっているらしく、なかなか身動きが取れない。
「私が頼んだ炭の粉末、ちゃーんと持ってる?」
「ええ、けど……」
シャルロッテのやりたいことは分かる。
炭の粉末を利用して、炭塵爆発を起こそうというのだろう。
炭鉱事故などの原因となる、炭の粉末が引き起こす爆発現象だ。
しかし、あれは密室空間でなければ威力を発揮できない。
今のこの部屋は天井が無くなって、どちらかと言えば開放的な場所になってしまっていた。
夜風が嫌にすがすがしい。
「平気よ、これぐらい! 私を誰だと思ってるの!」
「……了解ッ」
そういうのならば、もう信頼するほかはない。
私は白衣に忍ばせていた瓶を、ためらうことなく投げた。
シャルロッテはそれを受け取ると、勢いよく床に向かってたたきつける。
「さ、走って!」
炭の粉がその場に充満したことを確認すると、一気に駆け出す。
背後から、鈍い地鳴りのような音が聞こえた。
少女が、その有り余る力に任せて無理やりに腕を引き抜いたようだ。
もはや一刻の猶予もない。
すでに限界に近い足を、さらに酷使する。
「伏せてッ!!」
シャルロッテが、アストロラーベを壁に叩きつけた。
直後、私たちは文字通り階段から外へと飛び出すと、芝生の上へ転がった。
背後から聞こえる爆音、足元を吹き抜ける熱風。
小石の欠片が、頬のすぐそばをかすめ飛んで行った。
振り向けば、森の中に赤い火柱が高々と上がっている。
熱で頬が焼けるようだった。
「……やったわね、さすがにこれで死んだかしら?」
「そりゃそうよ。やれやれだわ」
「一息つけそうね」
くたびれた体をほぐすようにしながら、ゆっくりと立ち上がる。
この分だと、さすがの少女も生きてはいないだろう。
噴火にも似た大火力に、私は目を細めながら彼女の死を直感する。
むしろ今は少女の生存よりも、森林火災が発生しないかどうかの方が心配だった。
「騎士庁に連絡しましょ。このままだと、火事になっちゃうわ」
「ジャックの件も報告しないとね。あと、エリカにも早く――」
「ちょっと! 足元ッ!!」
私の言葉をいきなり遮ると、シャルロッテは足元を指さした。
目を限界まで見開き、血相を変えたその様子に、私は恐る恐る下を見る。
するとそこには、芝生の上で蠢く肉片があった。
赤と白が混じり合ったような色をした異形の細胞が、蛆虫のようにのたうっている。
生理的な嫌悪感。
かかとを振り上げると、思いっきり踏みつけにした。
粉々に砕いて、息の根を止めようとする。
しかし足を持ち上げると、砕けた肉片はすぐに寄り集まって元に戻ってしまった。
驚異的な回復力、なんてレベルではない。
再生だ、こいつは再生を繰り返す不死身の細胞なのだ!
「これは……!」
「大変……! あいつ、あれぐらいじゃ死なない! 復活するわッ!!」
「ど、どういうことよッ!」
「この細胞は、星気を餌にして無限に再生するの! 普通の細胞は細胞分裂の回数に限界があるんだけど、おそらくこれはガン細胞とかといっしょで、その制限が――」
「ああ、もう! 長いわ、とにかく危ないのね!?」
「ええ、それはもう! ヤバいなんてレベルじゃない!!」
私がそう言い終わると同時に、背後で小規模な爆発が起きた。
小さな地割れが出来て、その直情に合った墓石が飲み込まれる。
石室の一部が崩れてしまったようだ。
間違いない、奥で少女が再生しつつある。
追いかけてくるのは、もう時間の問題だ。
「に、逃げましょう! とにかく早く、出来るだけ遠くへ!」
「ちィ……! 悔しいけど、そうした方がよさそうね!」
シャルロッテは悔しげに顔をしかめつつも、私の手を取って走り出した。
そのまま屋敷の建物を回り込んで正面に出ると、星錬術で邪魔な門を破壊する。
青い輝きと共に、鋼鉄製の門にぽっかりと穴が開いた。
通りに止められていたエリカのモービルの姿が、はっきりと目に飛び込んでくる。
突然の出来事に、エリカは座席からぴょんっと跳ね起きた。
「な、なんやッ!? ずいぶん、派手に帰ってきたなあ……。大丈夫なん?」
「大丈夫じゃない、状況的に分かるでしょッ!」
「うしろ、やっぱり追いかけて来てるわ!」
まだ完全に再生を遂げてはいないのだろう。
のそりのそりとした動きではあるが、少女がこちらに迫って来ていた。
肉の焼けた顔が、少女の異常性と存在のおぞましさを端的に表している。
生きる屍か、人間の欲望が生み出した悪魔か。
正体は分からないが、とにかくロゼッタはとんでもないものを作り出してくれたようだ。
足を引きずるその姿が大きくなるにつれて、エリカの顔が白くなっていく。
「ば、化け物ッ!? い、いったい何があったんや!?」
「説明はあとよ! 運転席を開けて、車を降りて!」
「運転は私がやるわ。さ、早くッ!」
「ちょ、ちょい待ち! どんな緊急事態かは知らへんけど、このモービルはあたしのやで! シャルロッテたちがこのモービルに乗ってどこかへ行きたいって言うなら、あたしが運転するッ!!」
そういうと、ハンドルを握りしめるエリカ。
腕に力を込めて、座席に深々と腰を埋めた彼女は、すでに不退転の決意を固めてしまっているようだった。
その瞳の輝きからは、強い決意を秘めているのが良くわかる。
しかし、危険だ。
私は迫る少女の姿を視界の端にとらえながら、声を張り上げる。
「ダメよ、逃げて! 危険すぎるッ!!」
「そんなのかまへん! あたしはな、ずーっと置いてきぼりやったんやで? これで最後なんやろ、少しは役立たせてほしいわぁ!」
「そんなこと言ったって……!」
「心配せんでも、あたしのドライビングテクニックは超一流やで! あんなのっろい化け物、振り切ったるッ!!」
自信に満ちた宣言と共に、エリカはエンジンを吹かした。
彼女ご自慢の六気筒エンジンが、獅子の唸りにも似た野太い爆音を響かせる。
「エリカ……」
「こうなったら、連れていくしかないわね。さ、急いで乗りましょッ!」
シャルロッテに手を引かれて、後部座席へと乗り込む。
たちまちブレーキが外され、モービルは全身をわずかに浮かせながら急発進した。
強烈な加速度が体全体にかかり、腰がクッションに埋もれる。
肺を押す圧迫感の強さに、うっと声が漏れた。
窓の外を見れば、とんでもないスピードで景色が後ろにすっ飛んで行く。
「はは、どうや! これなら追いつかれへんやろッ!!」
「あはは……そうね、これならしばらくは大丈夫そうだわ」
「で、どうするの? さすがに逃げっぱなしってわけにも行かないわ。シェリー、あいつを倒すいい方法ない?」
シャルロッテはすがるような顔をすると、こちらを覗き込んできた。
強気な彼女には珍しく、完全に参ったといった表情をしている。
こちらをちらちらと伺うその瞳は、完全に私――正確にいうなら、医学的知識――を当てにしていた。
「えーっと、そうねえ……。あいつの超回復は、星気を利用しているとみて間違いないわ。星気は大気中に無尽蔵にあるから、理論上はいくらでも再生できるわね」
「つまり、無敵ってこと?」
「生命を維持するうえでの限界は、間違いなくあると思うわ。ただ……あの爆発で生き延びたことを考えると、軍に集中砲火でもしてもらわないと力技で倒すのは無理でしょうね」
「……それって、打つ手なしってことじゃない!」
「そうね。ただ、一つ考えられる弱点としては――」
車窓から空を見上げる。
家々の屋根の上に、大きな満月が蒼い真円を描いていた。
少女の驚異的な回復力は、この月が放つ膨大な星気に由来する物だろう。
あらゆる天体の中でも月は『二番目』に力がある。
――もしこれが、太陽だったらどうだろうか?
あまりの力の強さゆえに、いかなる星錬術師でも万分の一ほどしかコントロールできない太陽だったのならば。
「太陽よ! 太陽が放つ膨大な星気に当てれば、細胞分裂をコントロールできなくなって内部から崩壊すると思うッ!!」
「太陽ですって!? ちょっと待って、まだ日が出るまでには五時間はあるわよ!?」
「アカン、燃料がそんなにないッ! このスピードならもってあと三十分ってとこや!」
「う、うそ!? やけに少なくないッ!?」
燃料メーターを示したエリカに、シャルロッテは絶叫した。
さすがに五時間持つとは思っていなかったが、予想外の少なさだ。
「しゃあないやろ、このモービルは燃費はあんまり良くないし、そんなに遠出する予定やなかったんやから!」
「ど、どうすんのよッ!」
「あと三十分のうちに、あいつを拘束するしかないわね」
「後ろからきたで! 体が再生して、ガンガンスピードがあがっとるッ!!」
バックミラーを見ていたエリカが、吠えた。
振り向いてみれば、少女が信じがたいスピードでグングンとモービルを追い上げてくる。
髪を振り乱しつつも、汗一つ掻かないその様子はやはり人間ではない。
顔に浮かぶ張り付いたような笑みが、何とも気味が悪い。
私たちを追い詰めることを、楽しんでいるかのようだ。
「しょうがないわね、星錬術はそろそろ撃ち止めだけど……ッ!!」
顔をしかめつつも、シャルロッテはアストロラーベに手を伸ばして竜頭を弾く。
蒼い輝きが石畳を走り抜け、たちまち下に埋め込まれていた鉄筋が、地を割いてその黒い姿を現す。
絡まり合い、大きな網のようになった鉄筋は、少女を追い越して行く手を遮った。
鋼の糸が少女の細い手足にまとわりつき、肉に食い込んで動きを抑え込もうとする。
皮膚が裂けて、血が飛んだ。
だがその直後、少女を拘束していた鉄筋のことごとくが千切れ、跳ね飛んでいく。
猛獣すら上回るほどの、圧倒的なパワー。
後ろを見ていたシャルロッテと私は、揃って顔をしかめる。
「なんって馬鹿力よッ!」
「これじゃらちが明かないわね……! もっと太い鉄筋が必要だわ!」
「うーん、正直もうそれだけの星錬術は……ごめん、無理だわ」
シャルロッテは苦しげな表情をすると、アストロラーベを手から落とした。
もともと色白な顔から血の気が引き、蝋人形のようになってしまっている。
わずかだが、全身の筋肉の痙攣もあった。
星錬術の使い過ぎによる、一時的な魂の弱まり。
星錬術師にとって、真っ先に注意される症状である。
「シャルロッテ!」
「うう、無茶しすぎたわ……」
倒れそうになる身体を、急いで抱きかかえる。
相当苦しかっただろうに、今まで黙っているなんて。
私は心配を掛けまいとする彼女の心中を察しつつも、文句を言わずにはいられない。
「ダメじゃない、こんなになるまで!! 私にも一言相談してくれればいいのに!」
「あはは、ごめんね? ここまでなる前に何とかするつもりだったんだけど……」
「しかしこうなると、星錬術はダメね。私の雷だと、あいつを止めることはできないし。何とか、他の方法で行くしかないわ」
「軍でも呼ぶ?」
「そうしたいところだけど、間に合わないわよ。何とか、あいつの動きを朝まで止められれば……」
「いっそでーっかい底なし沼でもあれば、ええんやけどなあ。あいつ、見た目の割にえらい重そうだし。けどそんなもん、この町にはあれへんよなあ」
緊張をほぐそうとしたのか、少しおどけた様子で言うエリカ。
だがその言葉に、私はハッとする。
脳がスパークして、以前に見た新聞記事の内容が鮮明に思い出された。
あれだ、あれならいけるッ!
「エリカ、ここからテーズ川までは何分で行けるッ!?」
「え? 何分って、もうすぐそこやで? ほら!」
アパルトマンの群れが途切れて、視界が開けた。
テーズ川の穏やかな水面が、月影に揺れる。
世界一の大工業地帯を抜ける大河は、少し濁った灰色をしていた。
表面はそれなりに澄んでいるが、川底にはヘドロが堆積していることだろう。
「テーズ川汚染問題……切り抜きを読んでたのが、思わぬところで役に立ったわ」
「なるほど、川に落とそうってわけね!」
「ええ。テーズ川の川底はヘドロがたまって底なし沼みたいなものよ。あの重さなら、一度落ちたら二度と浮かび上がれないはず!」
「せやけど、どないして落とすん? 体当たりしてもええけど、車体に飛び移られたら厄介やで?」
「そうね……この状態であいつにこられたら、対抗策がないわ」
顔を下に向けると、必死で考え込み始める私。
唸りながら頭脳をフル回転させて、知恵を振り絞る。
一方、シャルロッテは打開策を探るようにきょろきょろと周囲を見渡した。
クッションの上に乗ると、窓から顔を出す。
そうしたところで、彼女は「ああッ!」と素っ頓狂な声を上げた。
「リンデン橋よ! あそこを利用すればいいんだわッ!」
「どうするつもり?」
「今ちょうど、橋が上がっていくところでしょ? そこをモービルでジャンプして、向こう側へ行くわ。あいつは橋の間から落下して、川底へまっさかさまってわけ!」
「……そんなにうまくいくの?」
「あいつはいま、鉄筋が全身に絡みついて重くなってるわ。あれだと、そんなにジャンプできないはずよ。でも知能はかなり低そうだし、私たちを追いかけて落ちる可能性は高いと思う」
振り返ってみれば、確かに少女の体は重そうだった。
足を踏み下ろすたびに、石畳の石が浮かび上がり、ボンッと音を立てている。
パワーにものを言わせてスピードを出してはいるが、これでは高くジャンプをすることはできないだろう。
跳ね橋の先端から飛び出せば、モービルの方がより遠くへ行けるに違いない。
「エリカ、出来る? 正直、この作戦はエリカの腕にかかってるわ」
「もちのろんやでッ! 腕がなるやないか、任せときッ!!」
エリカはニカッと白い歯を見せると、アクセルをさらに踏み込んだ。
タイヤが空転し、煙る。
出発の時に感じたものと、同じかそれ以上の加速度が、私の身体をシートに抑えつけた。
ガクンッと車体が揺れて、景色が飛び始める。
水上に聳える壮麗な石橋。
古城にも似た独特の威容が、一気に迫ってくる。
天を衝く石塔とそこから伸びる鋼の欄干が、視界の中心を複雑な曲線と直線でもって切り取った。
開いた橋の隙間は――約二十メートル。
近くで見ると、怖いぐらいの距離が開いていた。
しかし、エリカの腕を信じて飛ぶしかない。
怪物はすでに背後に迫っていた。
「ラストスパートッ!!」
空に向かって延びる道路。
エリカの叫びと共に、モービルは坂を駆け上る。
レーシングマシンにも劣らぬモンスターエンジンは、急勾配にも負けない力強い疾走を見せた。
次第に高度があがり、家々の屋根が見下ろせるようになる。
帝国の繁栄を象徴するかのようなリンデンの夜景が、神々しいまでのきらめきを見せた。
するとここで、街の灯りに頬を染めたシャルロッテが、不意に私の方を見る。
「シェリー、今だから言っておくわ! 私、あなたのこと大好きよッ!!」
「ええ、私も! だから、もっと一緒に仕事しましょッ!」
「二人とも……へーんな関係は勘弁してや? あたし、そういうの苦手やで?」
「友達としてに決まってるでしょッ!!」
二人の声が重なり、狭い車内に耳が痛くなるほどに響いた。
こんな時だというのに、エリカはいったい何を言っているのか。
呆れると同時に、おかしな笑いがこみあげてくる。
深刻な空気が、にわかに吹き飛んだ。
「そろそろや! 飛ぶでッ!!」
跳ね橋の先から、勢いよく車体が飛び出す。
窓から吹き込む風が、一段と勢いを増した。
一トン近いモービルの車体が、なだらかな放物線を描いて宙を飛ぶ。
周囲の景色が、地盤沈下でも起こしたようにガクンッと遠ざかった。
無重力独特の不安と爽快が入り混じったような感覚が、全身を襲う。
「いっけえェッ!!!!」
気が付けば、三人一緒になって叫んでいた。
声を枯らし、喉が痛くなってしまうほどの勢いで。
より高く、より遠くへ。
座席から身を乗り出し、必死で前のめりになる。
やがて放物線の頂点を過ぎ、地上の景色が近づいてきた。
跳ね橋の突端に据え付けられた鋼鉄の爪。
それが、さながら天に突き付けられた槍の穂先のように見える。
あれを通り過ぎなければ、私たちもテーズ川へとまっさかさまだ。
だがモービルの高度とそこから予想される軌道は、微かにその先端にひっかかりそうだった。
「ぶ、ぶつかるッ!!」
そう思った瞬間、車内を激しい縦揺れが襲った。
車体の底が、爪の部分を擦ったようだ。
火花が派手に飛び散り、鉄を引き裂いたような耳障りな音が響く。
衝撃、回転。
前のめりになっていた私たちは、ゴムまりのように車内で跳ねた。
「ぬわッ!!」
「いィッ!!」
口々に悲鳴を漏らしながらも、私たち三人は車外へ放り出されないようにシートにしがみつく。
着地の衝撃で激しくクラッシュしたモービルは、重力に従って橋を下り、やがて近くの街灯にぶつかって止まった。
回転によるめまい、吐き気。
軽い全身打撲による節々の痛み。
一瞬、闇の中に意識を手放しそうになりながらも、どうにか上半身を起こす。
「みんな……大丈夫?」
「どうにか」
「天国が見えたけど、まだ生きとるで」
弱弱しいながらも、しっかりと意味のある返事をする二人。
良かった、ひとまず致命的な怪我などはないようだ。
私は歪んだドアを力任せに押し開けると、よろよろと崩れるように車外に出る。
「落ちたかどうか、この目で確かめなきゃ……」
橋の袂へと回り込むと、岸辺から川面を確認する。
すると中央の部分から、湧水でもあるかのように大量の気泡が湧き上がっていた。
間違いない、少女は落ちた。
河の真ん中で、どうにか浮き上がろうともがいているようだ。
しかし、あの重量だ。
有り余る力に任せて川底を蹴り上がろうにも、そこはヘドロの堆積した底なし沼。
脱出は不可能だろう。
「……勝った。私たち、勝ったのよ……!」
次第に湧き上がってくる喜び。
迸る感情に任せて、私は天に向かって雄たけびを上げた――!




