第十九話 カタコンベ
「ブランドさんについて聞かせてほしい?」
「ええ。あの人っていろいろと変な噂あるけど、本当なの?」
翌日の仕事終わり。
私は早速、知り合いのメイドたちへの聞き込みを開始していた。
食堂でまかないを食べながら、世間話でもする風を装って、出来るだけさりげなく。
怪しまれるリスクは最小限に抑えなければならない。
「ブランドさんか……。私は、普通にいい人だと思うけどなぁ。失敗した時とかも、フォローしてくれたし」
「でもあの人……やっちゃったって噂があるわよ?」
「やったって、旦那様のこと?」
スープをすすりながら、訝しげに眼元をゆがませる先輩メイド。
彼女の言葉に、私はコクリと頷く。
「ええ、他の人が話してるのを聞いたわ」
「そんな噂をする人がいるんだ。けど、私はあり得ないと思うな。だってブランドさんって、旦那様のことをほんとに尊敬してたみたいだし」
「どういうこと?」
「あの人って、もともと旦那様の助手だったでしょ? 主人としてだけでなく、研究者として相当に尊敬してたみたい。そんなブランドさんが旦那様をやっちゃうなんて、まずありえないんじゃないかなぁ」
顎の下で手を組むと、先輩メイドは物思いにふけるように視線を宙に漂わせた。
彼女のイメージの中では、ブランドはかなりいい人と言うことになっているらしい。
「でも旦那様が居なくなれば、ブランドさんは実質的にこの屋敷を自由にできるわよ? お嬢様はほら、あの調子だし……」
「それはあるなー。でもこのお屋敷、見た目ほど財産は多くないのよね」
「そうなの? すっごくお金持ちそうだけど」
「旦那様は研究で結構使い込んでたらしくてさ。相続税を払うのも結構大変だったみたいよ。すぐに潰れるって程じゃないみたいだけど」
「へえ……」
これはまた、意外な話である。
だだっ広い屋敷を構えているので、てっきり大富豪だとばかり思っていたが、意外とそうでもないのか。
ブランドさんは立場上、お屋敷の資産状況をしっかり把握しているだろうし、ただの財産目当てというのは違うのかもしれない。
「旦那様とブランドさんって、特に確執とかはなかったの?」
「さっきも言ったけど、ブランドさんは旦那様のことを崇拝してたからなー。特になかったと思うよ。あー、でも……旦那様が死ぬ前にちょっとだけ言い争ってるのは見たことあるわ」
「ほんと!?」
有力な情報に、思わず身を乗り出してしまう。
人の少ない食堂に、ダンッと音が響いた。
テーブルに乗せてあるスープが、大きく波打つ。
衝撃の大きさに、周囲に座るメイドたちの視線が一斉にこちらへと集中した。
冷え冷えとした眼差しが、私の体を次々と射抜く。
しまった、つい……!
恥ずかしさで顔を赤くすると、今度は出来るだけ音をたてないように、椅子へと腰を下ろす。
目の前の先輩メイドは、なにがなんだかわからないと言った様子で、目を丸くしていた。
「……どうしたよ?」
「ごめんなさい、つい興奮しちゃって」
「シェリーってさ、すっごいまともそうに見えて時々変よね」
「……否定できないわ。最近、誰かさんの変人が移ってきちゃった気がする」
隣のテーブルに座っているシャルロッテの方を、ちらと一瞥する。
山盛りにされた料理の前で、コホンッと派手な咳と共に、華奢な肩が揺れた。
噂をすれば何とやら、意外なほど気配に敏感である。
その様子を見た先輩メイドは、渇いた笑みを浮かべる。
「はは、確かにあの子は……変わってるなあ」
「そうね。それより、旦那様とブランドさんが言い争っていたっていうのは?」
「ああ、そうだった。えっと、あれは……旦那様が死ぬちょっと前のことかな。普段はいかにも帝国紳士って感じのブランドさんが、顔を真っ赤にしてたんだよね」
「あのブランドさんが……」
私たちがこの屋敷に来てから、約一週間。
ブランドが怒りをあらわにしたところを、未だに見たことがない。
私が高価な大皿を割ってしまった時も『新人のうちはしょうがない』と、苦笑していた。
シャルロッテが高級食材を得体の知れない物体へと変化させたときも、同様に苦笑いするだけで、さほど怒った様子はなかった。
その彼を本気で怒らせるとは、いったい何があったのだろう。
私は眉をひそめると、テーブルに身を乗り出す。
「どんな内容で言い争ってたの?」
「かなり前のことだからなあ。うーんと……お嬢様に関することだったと思うんだけど、それ以上は。駄目、思い出せないや」
「そう、それは残念だわ」
しかしまあ、何か揉めていたというのは確実だろう。
これでますます、ブランドが犯人の可能性が高くなってきたわけだ。
状況的にはまず間違いない。
あと一手、何かがあれば彼を犯人だと糾弾できる……!
「他には何か、旦那様が死ぬ前後にお屋敷で変わったことはなかった?」
「ん? そうだなあ、特にはなかったかな。強いていうなら、ずーっと顔も見せずに寝込んでたお嬢様が元気になり始めたのもそのあたりだったような。けど、すぐに旦那様が亡くなったせいで今度は頭の方がって感じだけどね」
「お嬢様が元気になった……か」
本物のお嬢様が偽物のお嬢様になったのは、おそらくこの時期だろう。
きっと、お嬢様は寝込んでいたのではなく死んでいたのだ。
直後に博士が亡くなったため、偽お嬢様のおかしさはそのせいにされて、近しいメイドたちにもばれていない。
もし、ブランドがそこまで見越して博士を殺害したとするならば……まったくもって恐ろしい。
「そういえば、あの時からだったかなあ。メイド長がお嬢様にやけに優しくなったのって」
「え?」
予想だにしていなかった言葉に、私はきょとんと眼を丸くした。
この言い方ではまるで、ロゼッタさんはそれまでテレーゼさんに優しくなかったかのようではないか。
今ではあんなに、誠心誠意尽くしているというのに。
「ロゼッタさんって、昔からああなんじゃないの?」
「いえ。私もよく知らないんだけど、メイド長にも結構いろいろあったらしくってさ。お嬢様の悪口ばっかり言ってたのよね。それが、あの時ぐらいからどんどん優しくなっていって。あれにはびっくりしたなあ」
「へえ、それは。何があったのかしら」
「さあ、そこまでは分からないなあ。私も、メイド長にそこまで詳しいわけじゃないし。なんだかんだ言って、あの人って自身のプライベートのこととか話そうとしないんだよね。良い話のタネになりそうなんだけど」
よっぽどうわさ好きなのか、話のネタに出来ないことを心底残念そうに言う先輩メイド。
しかし、ロゼッタさんの過去か……。
言われてみれば、子どものころからお屋敷に勤めているなんて、よっぽどだろう。
親に奉公へと出されたか、それとも身寄りがないところを引き取られたのか。
いずれにしろ、かなり重苦しい過去がありそうである。
「さてと、私はそろそろ行こうかな。明日も頑張らなきゃいけないし」
「おやすみなさい。後片付け、しておくわね」
「ありがとう、またねー!」
そういうと、先輩メイドは手を振りながら食堂を出ていった。
彼女に続いて食事を終えた私は席を立つと、シャルロッテの肩をポンポンと叩く。
シャルロッテはこちらへ振り向くと、口をもごもごとさせながらも「分かっている!」とばかりに親指を挙げた。
やがて喉をごっくんと鳴らすと、笑いながら口を開く。
その目は、すでに何かを悟ったように得意げだった。
「話はだいたい聞いてたわ」
「どう思う?」
「うーん。おぼろげだけど……事件の真相がわかってきたような気がするわ」
「ほんと!?」
「まだまだ、ピンと来たってぐらいの段階だけどね。これから外で証拠を集めるわ、手伝ってくれる?」
「もちろん! 私はあなたの助手よ?」
「よし、そうと決まれば……。一旦、お屋敷を出ないとね」
ポンッと手を叩いたシャルロッテ。
彼女は懐から『休暇届』と書かれた封筒を取り出すと、ニコッと笑った。
そしてそれを左手で高々と掲げると、両足をパンッと揃えて軍人も真っ青の綺麗な敬礼を決める。
周囲のメイドたちの視線が、再び私たちの方へと集中した。
「私たち、今から休暇を取ります!」
「……ほへ?」
事態を全く理解できない。
私の間抜けな声が、食堂全体にむなしく響いた――。
翌日の夜。
私は人気のない路地を歩きながら、シャルロッテと話していた。
話題はもちろん、昨日のことである。
「……相変わらず、無茶するわよね」
「しょうがないでしょ? 緊急事態だったんだから!」
「一歩間違えば首だったわよ、首!」
私は首を掻き斬るようなしぐさをすると、大きく肩を落とした。
シャルロッテがいきなり休暇届を叩きつけたせいで、ブランドからやる気がないならば当分屋敷に来なくていいと言われてしまった。
ギリギリのところで首にならなかったのは、私たちのことを知っているロゼッタさんが、上手く取り繕ってくれたからだろう。
いつものことながら、まったくむちゃくちゃである。
事務所へ一旦戻るための乱行だったようだが、ほかにいくらでもやりようはあるだろうに。
「結果的に上手くいったんだからいいじゃない。おかげで、調査にも来れたんだし」
「まあ、確かにそうなんだけど……限度ってものがあるわよ!」
「そんなにカリカリしないの。それより、そろそろ着いたみたいね」
「うん……」
視線を上げれば、たちまち威風堂々とした大建築が目に飛び込んできた。
ウィスティニス大教会。
かつて、十字教会がこの地を治める拠点としていた歴史ある建物である。
造られたのは今から約三百年前で、当時としては最先端のゴート様式が取り入れられている。
建物の端々に聳える尖塔と上部がアーチ形をした高窓にその特徴がはっきりと表れていた。
しかし、時の流れというのは残酷なものである。
かつて壮麗だったであろうこの教会は、永い時の流れといくつもの戦火を経て、幽霊のような気味の悪い建物へと変わり果てていた。
「ここか……。いかにも出そうね」
「これぐらいでビビってちゃだめよ。私たちが行くのは、地下の共同墓地なんだから」
「なッ……! シャルロッテ、いったいそこに何があるっていうのよ?」
――ウィスティニス教会に、重要な手がかりがあるかもしれない。
事務所で資料の整理をしていたシャルロッテは、唐突にこんなことを言った。
そのあとすぐ、調査のために出かけたはいいが、今に至るまで「何が見つかったのか」をシャルロッテは私に告げていない。
彼女の秘密主義は昔からだが、いい加減にそろそろ教えてほしかった。
まして、地下墓地なんてとんでもないところに行かされるのなら。
「……言ってもいいけど、確実にシェリーは怖がりそうなのよね」
「こう見えても、戦場を生き残ってきたのよ? 大体のことは怖がらないわ」
「……骨よ」
「骨?」
「そ、遺骨」
「なんでそんなものをまた」
呆れた私の問いかけに、シャルロッテは悪戯っぽい笑みを返した。
彼女はキャンディーをぺろりとなめると、私に向かって新聞の切り抜きを差し出す。
見ればそれは、訃報欄だった。
日付は博士が死ぬ三か月ほど前のものである。
ざっと目を通してみるが、特に有名人が死亡したとかそう言ったことはなく、一般人の記事がたくさん並んでいるだけだ。
「これがどうかしたの?」
「一番端を見て。連絡先の住所がシュタイナー家と同じなのよ」
慌てて見れば、確かにそうだった。
メイルフィール1-45、間違いなくあのお屋敷の住所である。
高級住宅地の中でもさらに一等地に建っていたため、よく覚えている。
これはもしや……頭の中で閃くものがあった。
「もしかして、テレーゼさんのことかしら?」
「ええ、古参のメイドが死んだってことにされているけれど……可能性は高いわ。メイドを偽物のテレーゼさんに仕立て上げて、本物の死体はメイドとして葬儀に出した。そんなところかしらね」
「なるほど。墓地でメイドじゃなくて、テレーゼさんの骨が見つかれば、入れ替わりの証拠ってわけね」
「そういうこと!」
得意げに鼻を鳴らすと、シャルロッテは教会前の階段を上った。
そして入り口の扉に手を掛けるが、時間が遅いのですでに鍵がかかっていた。
錆びついた鎖が、軋んで耳障りな音を鳴らす。
シャルロッテはちょっぴり苛立たしげに舌打ちをすると、たちまち星錬術で鍵をこじ開けてしまった。
「いいの?」
「平気よ、緊急事態なんだし」
「何か、嫌な予感がするわね」
経験からくる直感か。
はたまた、ただの臆病風か。
扉の隙間から漏れた埃っぽい空気に、たまらなく嫌なものを感じた。
寒くて、昏くて。
心の底に眠っている根源的な恐怖を、呼び覚まされるようである。
地下にある墓地から、亡者の怨念がここまで吹き上げてきているかのようだ。
「行くわよ。地下への入り口はこの奥だわ」
だだっ広い礼拝堂を、シャルロッテの後に続いて歩いていく。
ステンドグラスから漏れるおぼろな月明かり。
ランプの光ではおよそ照らしきれない、伸びやかなアーチを描いた高い天井。
慈愛の微笑みを浮かべた聖母の彫像。
すべてが異質で幻想的。
さながら、別世界にでも迷い込んだようだった。
「凄いわね、大した文化財だわ」
「そう? 星十字教会の本部とかは、この五倍ぐらいはあったわよ」
「へえ、それは一度行ってみたいものね」
「そのうち連れて行ってあげるわ。もっとも古くてデカいだけの場所だけどね」
「古くてでっかいのが、貴重なのよ」
しばらく歩くと、柱の陰に隠れて小さな扉があった。
立ち入り禁止と書かれたプレートが、取っ手にぶら下がっている。
金具は錆びついていて、中からかすかに湿った空気が漏れて来ていた。
「地下墓地の入り口はここみたいね」
「この様子だと、ほとんど利用されてないみたいだわ」
「十字教会って帝国じゃ流行らないからね。この分だと、管理もかなりいい加減みたい」
シャルロッテはプレートをどかすと、今度も星錬術で金具を壊した。
中と外とのわずかな気圧差で、自然と扉が開かれる。
その先にあるのは、深い闇。
奥に手を伸ばせば、まるで消えてしまったかのように見えなくなる。
私たちはランプの灯を強めると、恐る恐る足を踏み入れた。
古い石壁に、足音が無数に反響する。
「えっと、切り抜きにあるリーネって人を捜せばいいのね?」
「ええ。おそらく日付順に棺を納めてると思うから、簡単に見つかると思うわ」
「早く見つけて、早々に退散したいところね」
「いろいろ言ってたけど、やっぱり怖いの?」
「ま、まさか。む、虫が出そうで嫌なのよ!」
三十段ほどの階段を降りると、一気に視界が広がった。
先の見えない長く広々とした通路と、その両側に所狭しと置かれた棺が目に飛び込んでくる。
黒木の箱が、ざっと見える範囲だけでも百や二百はあるだろう。
三メートルほどもある高い天井の少し下まで、棺を置くためのスペースとなっている。
身を圧倒されるような独特の迫力と、音という音をすべて消したような静謐さ。
始めてみる地下墓地の風景に、私はただただ息をのむ。
「思ったより、大規模なところね……」
「こりゃ、意外と探すのに骨が折れるかも。それに…………どうやら、邪魔者が居るみたいだしね」
シャルロッテは不意に動きを止めると、懐からアストロラーベを取り出した。
彼女はそのままクルリと反転すると、ちょうど真後ろのあたりを指さす。
振り返れば、深い闇の向こうに白い何かが浮いていた。
顔だ。
白い仮面が、私たちを嘲笑っている……!
「やはりきたわね。ジャック……ッ!!」
喉の奥から絞り出すような、真に迫った叫び。
直後、戦いの始まりを告げるように、シャルロッテの手元で光が弾けた――。




