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第二十話 仮面の墓守

 シャルロッテの手から、光が迸った。

 刹那、強烈な熱が床を走り抜ける。

 拡散し、収束する光。

 やがてその終着点で、赤々とした炎が上がった。

 床を構成している石灰岩の一部が、変質して一気に発火したのだ。

 闇がにわかに追い払われ、代わって顔を覆いたくなるほどの光と熱が現れる。


「どうよ!」

「さすが、これならジャックも……!」

「甘く見られたものだ」


 重く低い声が響く。

 同時に、何か鋭いものが飛来した。

 槍だ。

 天井や床の一部が変形し、小さな槍となっているのだ。

 その数、数十。

 風切音を響かせながら、一気に視界を覆い尽くす。

 畑を襲う羽虫の群れを思わせるほどの、猛烈な物量だ。


「ちッ!」


 シャルロッテと私はとっさに近くにあった棺桶を引っ張り出すと、横に倒して盾とした。

 次々と棺桶に突き刺さり、大きな音を響かせる槍。

 中には上蓋を貫いて、穂先を覗かせるものまであった。

 だが分厚い木材は、危ういところで私たちの体を守り切る。


 初撃は乗り切った。

 持ち主の遺体に頭を下げると、すぐさま棺桶の陰から出て、ジャックと再び対峙する。

 見れば、彼の体は床を変形させた巨大な盾によって守られていた。


「あの星錬術は……土星?」


 石や岩をはじめとする鉱物の形状変化は、土星の星錬術師が得意とすることである。

 しかしおかしい、ジャックは水星の星錬術師だったはずだ。

 いくら凄腕とはいえ、自分の属性とは異なる星錬術をこれほど見事に使えるとは思えない。

 何かからくりがあるのだろうか。


「どういうことかしらね?」

「だいたいわかってるけど……説明が長くなるわ。今はそれより、あいつを倒すことに集中しないと」

「了解、任せて!」


 そういうと、メスを手に一気に距離を詰める。

 土星の星錬術師は、その性質上、星錬術師の中でも特に近接戦闘が苦手だ。

 彼らの攻撃手段は主に、地面を変形させること。

 お互いの距離が狭い戦いになると、自分を巻き込む危険性から存分に力を振るえなくなる。


「援護するわ!」


 シャルロッテがそう叫ぶや否や、再びジャックの周辺で炎が巻き起こった。

 チャンス。

 速く。

 もっともっと速く、風より速く!

 足を千切れんばかりに振って、シャルロッテが作ったわずかな隙の間に、どうにか盾の裏側へと入り込む。

 しかしそこに居たのは――土くれの人形だった。

 ご丁寧に、額の部分には「スカ」なんて書かれている。


「やられた!」

「甘いわァ!!」


 天井の暗闇から、ジャックの体が降ってくる。

 盾をおとりにして、本体はこちらに隠れていたようだ。

 天井の高さをフルに活かした戦い方である。

 しかし、こちらもジャックがこれぐらいの行動をとることはお見通しだ。


「宙に出たら、避けられないでしょう?」

「ふんッ!」


 私の投げたメスを、ジャックはマントを振ることによって弾き返した。

 だが、まだまだ。

 戦いに備えてメスは何本も予備を用意してきている。

 隙を与えないよう、続けざまに打ち込んで次第にジャックの余裕を奪う。


「小賢しいことをしおって!」


 地面に降り立ったジャックは、私のメスから身を守るために盾を作った。

 城壁を思わせるほどの、重厚かつ巨大なものである。

 私のメスは鋭いが、こんなものを前にしてはどうしようもない。

 大砲でもぶち込まない限りは貫けそうもない、圧倒的な防御力だ。


「どうだね、手も足も出ないだろう?」

「今日のあなたは、随分とおしゃべりね。でもこれじゃ、あなたの方も手の出しようがないでしょう?」

「私の方はいくらでも手があるさ」


 そういうと同時に、平らだった盾の表面が脈打った。

 直後、スパイクのような刺が勢いよく飛び出してくる。

 ウニの刺のようにびっしりと生えそろったそれは、先ほどの槍と同様、数えるのが馬鹿らしくなるほどの量だ。

 なるほど、これを発射するのか……!

 ギョッとして、目が真ん丸になる。


「シェリー、戻って!」

「ええ!」


 シャルロッテの悲鳴にも似た絶叫。

 それに応じて、私はすぐさま彼女の元へと戻った。

 二人がかりでまた近くの棺桶を引きずり出し、盾とする。

 こうして盾が出来た途端、刺が雨あられと降り注いできた。


「どうするのよ、あれじゃ手が出せないわ!」

「クッ、地下じゃなかったらまだ手はあるんだけど……!」

「ち、考えてる暇もなさそうよ!」


 弾丸に匹敵するほどの速さで飛ぶ刺。

 棺桶はかなり頑丈に作られているが、持ちこたえるにも限度がある。

 あと数十秒、おそらく一分もたたないうちに貫かれるだろう。

 それまでに何とか対抗策を練らなければ、私たちは穴だらけだ。

 全身をぶち抜かれて、ミンチにされる……!

 肉塊となって倒れる自身の姿を想像して、血の気が引いた。


「せめてもう少し広ければ、戦いようもあるのに……!」

「広ければ……? そうよ! シェリー、メスを一本貸して!」

「え、ええ。でも何をするつもり?」

「こうするのよ!」


 シャルロッテは私の手からメスをひったくると、勢いよくジャックに向かって投げつけた。

 途中で刺に迎撃されたそれは、盾に当たることすらなく、その手前に落ちる。

 しかし、シャルロッテは構いはしない。

 彼女はアストロラーベを弾くと、手早く星錬術を発動した。

 突き刺さった刃が赤熱し、一気に火柱が上がった。

 鉄の酸化がもたらす、圧倒的な熱エネルギーだ。


「おおッ! あれで盾を溶かすつもり?」

「いえ、あれぐらいじゃ全然無理よ。だけど……」

「だけど?」

「シェリー、口を閉じて。そのまま一気にここを出るわ」


 階段の入り口を指さすと、来いと手を振るシャルロッテ。

 炎の勢いに気圧されて、刺の勢いは先ほどまでに比べてかなり弱くなっていた。

 なるほど、緊急離脱するための作戦か。

 けれどそれでは……ジャックは倒せない。


「待って、逃げるよりも今のうちに攻撃すべきよ!」

「ええい、そうじゃない! いいからないと、あなたも巻き添え食らうわよ!」

「あ、ちょっとッ!!」


 シャルロッテは私の口を押えると、手を引っ張ってきた。

 意外と強い彼女の力に、私は逆らい切ることができない。

 足をもつれさせながらも、その場から半強制的に離脱させられる。

 やがて階段の入り口に差し掛かると、私は覚悟を決めた。

 抵抗することをやめて、自分の意志で段を駆け上がる。


「ング……!」


 急に息が苦しくなってきた。

 階段を駆け上がっているからだろうか。

 景色が白濁して、足が地面に吸い付くように重くなっていく。

 おかしい、さすがにここまで体力がないつもりはなかったのだけど……。

 そう思って横を見れば、すかさずシャルロッテが鼻をつまむジェスチャーをした。

 口だけでなく、鼻呼吸もいけないらしい。

 その指示に従い、鼻の頭を手で覆う。


「はあッ! はあァッ!!」

「……ふう。どうにか、間に合ったわね」


 入り口の扉を開けると同時に、その場へ倒れこむ私たち。

 酸素が肺を満たし、苦しさが和らいでくる。

 ……なるほど。

 ここへきて、ようやく私はシャルロッテのしようとしていたことを察した。

 ゆっくりと膝を持ち上げると、長椅子の上で大の字になっている彼女に近寄る。


「窒息を狙ったのね?」

「ええ、あんな狭い場所だからね。もともと締め切られていたし、酸素の量は少ないかなって」

「口と鼻を閉じさせたのは、酸素濃度の薄い空気を吸い込むと気絶するから……ってことかしら?」

「そうよ。さすが、お医者さんなだけあるわ」


 酸素濃度が極端に低い空気を吸うと、ほぼ一瞬で人間は気絶する。

 医者としては常識的な話だが、良く知っていたものだ。

 私は得意げに笑う彼女に、感心して息をつく。


「あともうちょっと、ここで待ちましょ。酸素が戻るまでには時間がかかるはずだから」

「そうね。じゃあ、居間のうちに聞いておきたいんだけど、さっき言ってた『だいたいわかってる』ってどういうこと?」

「えっと、ジャックがなんで土星っぽい星錬術を上手く扱えたのかってことよね?」

「ええ」


 私の問いに、シャルロッテは思案するように天を仰いだ。

 彼女は軽く首を回すと、ふうっと大きなため息を漏らす。

 その顔は、答えがわからないというよりはどこから言っていいのかわからないという様子だった。

 彼女自身も戸惑っているような雰囲気が、いつの間にか右手で弄んでいるキャンディーから感じられる。


「……簡単よ。だけど今は言えない」

「どういうことなの? 詳しく説明して」

「正直、私もまだ確信が持ちきれてないのよ。それに、言っても信じてもらえなさそうだし……」


 そういって言葉をぼかすと、シャルロッテはおもむろに椅子から立ち上がった。

 彼女は地下墓地への入り口に立つと、ランプを差し入れて中の酸素濃度を確認する。

 ランプの炎は揺らぐことなく正常に燃えて、特に異常は見られなかった。

 酸素は十分に行き渡ったようだ。


「さ、今はこっちの方が先よ」

「……わかったわ」


 この場で聞いても、これ以上は答えてくれなさそうだった。

 シャルロッテは基本的に完璧主義者で頑固なので、ダメと言ったら絶対にダメである。

 私はやれやれとため息をつくと、彼女の後に続いて階段を降りる。

 ――まあいずれ、真相はしっかり話してくれるだろう。

 短い付き合いだが、私とシャルロッテの間にはそんな信頼関係もすでに出来つつあった。


「煙臭いわね……。近くにあった棺が燃えちゃったみたいだわ」

「あとでちゃんと供養しないと、罰が当たりそう」

「……教会の知り合いに、こっそり連絡しておくわ」


 焦げて煤けた壁や炭になった棺を見ながら、乾いた笑いをもらすシャルロッテ。

 緊急事態とはいえ、もう少し場所を考えた方が良かったかもしれない。

 私たちは二人そろって十字を切ると、棺を焼かれてしまった遺体に頭を下げる。


「ジャックは……あそこね」

「盾がドーム型に変化してるわ。火が燃え広がったから、とっさに形を変えたみたいね」


 高さ1・5メートルほどの綺麗な半球。

 恐らくジャックが潜んでいるであろうそれの表面を、シャルロッテは思いっきり蹴とばした。

 微かに表面が削れて、ガコンッと鈍い音が響き渡る。

 恐らく、内部では音が反響してうるさいなんてレベルではなかっただろう。

 しかし反応は全くなく、静かなものだ。

 気絶しているのかもしれない。


「開くわよ」

「ええ、準備できてるわ」


 アストロラーベをドームに押し当て、星錬術を発動しようとするシャルロッテ。

 だがその時、彼女の背後の棺が動いた。

 ――またそう来るか!

 私は獰猛な笑みを浮かべると、棺に向かってメスを投げつける。

 重苦しい音を立て、蓋が開いた。

 そこから現れた黒マントの人影に、刃が瞬く間に吸い込まれる。

 鮮血。

 私の不意打ちに、さしものジャックも防ぐことが出来なかったようだ。

 胸元を抑えると、そのままなすすべもなく崩れ落ちる。


「同じ手は二度も通じないわよ」

「ク……! ぬかったわァ……!」

「ありがとう、助かったわ」

「相棒として当然よ」


 少し誇らしげに笑うと、ジャックの出てきた棺へと歩み寄る。

 中を覗き込めば、薄く石が張ってあった。

 外側の木材が燃えても、短時間ならば石がしっかりと耐熱してくれるという寸法である。

 あのわずかな間で、良くここまで考えたものだ。


「さて、正体を見せてもらいましょうか」

「や、やめろ……!」

「やめろと言われてやめるわけないでしょ」


 無慈悲に言い放つと、シャルロッテはジャックの白仮面を剥いだ。

 たちまち、紳士然とした初老の男が姿を現す。

 間違いなく、ブランドであった。

 ブラウンの瞳が極限まで見開かれ、私たちを見据える。

 憤怒と憎悪、己への微かな後悔。

 さまざまな負の感情がないまぜとなって浮かぶその表情は、少し哀れですらあった。


「やっぱり……あなただったんですね」

「おのれ、あと少しであの家は私のものになったというのに……!」

「そんなことのためにあんな事件を起こしたの? ふざけないでッ!!」


 骨を鳴らしたような快音が響く。

 いつの間にか、私はブランドの顔面を思いっきり殴っていた。

 平手打ちなどではない。

 一切の容赦のない握り拳。

 それで彼の顔を、私の手が晴れ上がってしまうほどに殴る。


「怪我人には優しく尽くすのが医者よ。だけど今は人として、あなたを殴る! 血を流したって許しはしないッ!!」


 歯を食いしばり、拳を振るう。

 ブランドの口から漏れるうめき声が、心に刺さった。

 でも、殴るのはやめない。

 極度の酸欠に出血多量、今すぐ処置をしなければ命に係わる状態ではあるが、殴らなければならない。

 けじめをつけなければいけないんだ……!


「もういい、シェリー! それ以上やったら、そいつ死ぬわ」

「でも……!」

「どんなどうしようもない奴でも、医者のあんたにできれば殺しはさせたくない。それに……そいつは真のジャックじゃないのよ」

「…………え?」


 あまりにも予想外なシャルロッテの言葉。

 思考停止した私は、ただただ呆然とその場に立ち尽くした。

 ――真のジャックじゃないのよ。

 そのワンフレーズが、脳内で無数に反響する。

 世界が崩れてしまったような衝撃があった。

 私は油の切れた機械人形よろしく、ぎこちない動きでシャルロッテの方を見やる。


「…………意味が、分からないわ」

「そのまんまよ。真のジャックは別にいる」

「で、でも! ジャックの正体はブランドだって、二人で突き止めたじゃない!」

「あれは、博士を殺したのがブランドだって判明させただけだわ。真の犯人は、ブランドが事件を起こした事実を巧みに利用して……彼を上手く操った人物なのよ!」

「そんな……い、いったい誰がそんなことを! 該当するような人がいない!」

「私だ! 私が、すべてやったんだッ!!」


 息も絶え絶えだったブランドが、いきなり叫び出した。

 彼は口の端から血を飛ばしながら、噛みつかんばかりの勢いで吠える。

 微かに死の気配をはらんだその形相の恐ろしさは、思わずひるんでしまうほどだった。


「私は一人ですべてをやった! あの家の財産を独り占めするためにな! 真のジャックだと、ふざけるな! 希代の大犯罪者ジャックは、この私ただ一人だ! 他には誰もおらんッ!!」

「違うッ! あんたは利用されただけ。博士に対する懺悔の心を、なにより『親心』を利用されただけなのよッ!」

「そこまで……! そこまでわかっているのか……ッ!!」


 驚愕に顔を歪めると、ブランドは大きく歯軋りをした。

 私が殴ったせいもあってか、前歯が一本、欠けて飛ぶ。

 顔の皺がにわかに深まり、髪の白さが増した。

 絶望。

 極端な精神の弱まりが、肉体の衰えとして目に見えるほどに現れている。

 こんなの、医者として長年過ごしてきたが初めて見る現象だ。

 どれほど、いったいどれほどの衝撃を受ければこんなことになるのか……?

 計り知れない恐怖を感じる。


「まずいッ!」


 ブランドの目が、一瞬だが仄暗い光を帯びた。

 慌てて私とシャルロッテは彼の口を押えようとするが、遅い。

 折れた歯の隙間から、黒い血が飛び散った。

 舌を自ら噛み切ったのだ。

 体が崩れ落ち、白目を剥く。

 本来、舌を噛み切っただけでは死なないのだが……弱り切っていた彼にとどめを刺すには、十分すぎる刺激だったようだ。


「これは……やられたわね……!」

「厄介だわ。ブランドが死んだとなると、本物がすぐにでも動き出すわよ!」

「どうする、こちらから行く?」

「もちろんよ。待っていても不利になるだけだわ、すぐ行きましょ。シェリー、身体は平気?」


 シャルロッテの問いに、私は出来るだけ力強くうなずいた。

 ショッキングな出来事の連続だったが、平気だ。

 そんな軟な精神はしていない。

 ――とにかく早く事件を解決しなければ。

 逆に、闘志がふつふつと燃えて来ていた。


「急ぎましょう! だれかは知らないけど、真犯人を捕まえに!」

「そうこなくっちゃ。それこそ、私の相棒よ!」


 こうして私たちは、証拠の遺骨を回収すると、すぐさま真犯人の元へ急ぐのであった――。


次回、いよいよすべての真相が明らかになります!

犯人は果たしてだれなのか、事件の背景には何があるのか。

ご期待ください!

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