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第十八話 令嬢の秘密

 シャルロッテの言葉に、私とロゼッタさんは言葉を失った。

 あのテレーゼさんが偽物。

 確かにいろいろと様子はおかしいが、にわかには信じがたい話である。

 いったいどこから、そんな推理が湧いてきたというのか。

 私は額にしわを寄せると、シャルロッテの目を見据える。


「どういうこと? 本気で言ってるの?」

「私は常に大真面目よ。テレーゼさんが偽物だって考えれば、すっきりするのよね。今回の『事件』は」


 シャルロッテは『事件』の部分を強調して、わざとイントネーションをずらした。

 どうやらここでいう事件は、博士の自殺だけでなく、八つ裂きジャック事件のことも含んでいるようだ。

 そのことを認識した私は、ロゼッタさんに悟られぬよう、さりげなくアイコンタクトをかわす。

 シャルロッテの首が、微かにだがこくんと縦に振られた。

 この認識で確からしい。


「完全な死者の蘇生なんて、いくら博士でもできるわけがない。だから、今いるテレーゼさんは誰かが入れ替わった偽物。実にシンプルな推測だわ」

「うーん……。もしお嬢様が別人に入れ替ったりしたら、私が気付くはずですけどね。こう見えて、子どものころからお嬢様にお仕えしておりますから。何かしらの変化があればわかります。それに、これを見てください」


 そう言ってロゼッタさんが取り出したのは、小さなペンダントだった。

 上蓋を開くと、楽しげに肩を寄せ合う二人の少女の写真が現れる。

 一人は、やや幼く見えるがメイド服をかっちりと着こなしたロゼッタさん。

 そしてもう一人は、白いワンピースを纏ったテレーゼさんである。

 こちらも少し幼いが、現在の彼女と瓜二つだ。

 大きなアーモンド形の瞳に特徴があって、すぐに同一人物だとわかる。

 右目の下にある泣きぼくろも、そっくり同じだ。


「三年前の写真です。今のお嬢様と同じでしょう? だから、入れ替ったなんてことはありえませんよ。こんなそっくりな人、どこにもいませんよ!」

「いないなら作ればいいのよ。博士には、それが出来るのだから」

「な……!」


 思わず、ひきつった声が出た。

 確かにシュタイナー博士ならば、赤の他人をテレーゼさんそっくりに作り変えることはできるだろう。

 しかし、いくら何でもそこまでするのか……?

 知らない人間を娘そっくりにして、代わりにしようなんて。


 恐ろしくて、顔から血の気が引いた。

 目の前に立つロゼッタさんも、ペンダントを手に身を震わせる。


「そんな……そんなことって……!」

「……ええ。私だって、そんなことできる人間がいるとは思いたくないです。でもロゼッタさん、これはおそらく事実なんですよ。日誌にも、出来そこないのお人形って書いてあるでしょう? それがおそらく、今のテレーゼさんのことなの」

「でも待って。たとえ姿かたちをテレーゼさんそっくりにしたところで、中身は他人よ? 意味があるとは思えないわ」

「そのままならね。だから博士は、そこを何とかしようとしたんじゃないかしら。その結果が、今のテレーゼさんの幼児退行と異常なまでの他者への恐怖だとしたら」


 精神にまで、手を入れようとしたのか……!

 あまりの執念に、ますます心が冷えてくる。

 星錬術による記憶や精神の改竄は、原理的には不可能ではない。

 記憶を過去に遡って消し去り、その上にテレーゼさんの記憶を植え付けていけば、理論的にはテレーゼさんに限りなく近い精神を持った人物が出来上がる。


 可能だ。

 恐ろしいことに、理論的には可能だ。

 しかしだからといって、こんな非人道的なことを……!

 医者として、なにより人として。

 怒りと嫌悪が心を満たし、噴き出さんばかりに胸を押し上げる。

 心の中を黒い暴風が吹き荒れた。


「……許せないわね。墓を暴いて、骨を砕きたくなるわ。手が勝手に動きそうよ」

「それだけじゃないわ」

「まだ、あるの?」

「ええ」


 シャルロッテはロゼッタさんの様子をうかがいながら、私に顔を寄せた。

 彼女はギリギリ聞こえるかどうかと言った音量の声で、そっと耳打ちする。


「試作型って書いてあったでしょ? おそらく博士は、あのテレーゼさんでは満足できなかったのよ。おそらくは、より完全なテレーゼさんを生み出すために――」


 ――八つ裂きジャック事件を起こした。

 口には出さなかったが、シャルロッテの言わんとするところはすぐに推測できた。

 だがそれはありえないはずだ。

 博士は一年前に死んでしまっているのだから、半年前から始まった事件を起こせるはずもない。

 私は目を細めると、シャルロッテに顔を寄せ、そっと耳打ちをする。


「どういうこと? それはありえないわ」

「ええ、博士は計画しただけ。実際にやったの他の人だと思うわ。考えるに、可能性が一番高いのはブランドさん」

「つまり、ジャック事件の目的って……!」

「あの、二人で何を話されているんです?」

「あわッ!?」


 いきなり、私たちの間に割って入ってきたロゼッタさん。

 ムスッと額にしわを寄せた表情に、私たち二人は慌てて身を引いて距離を取る。

 危ない、話に夢中になって彼女の存在をすっかり忘れていた。

 大事なことは、聞かれてしまっていないだろうか?

 背中に嫌な脂汗が浮かぶ。


「えっと、大したことじゃないですよ。内々の話ですから」

「ええ、そうよ。気にしないで」

「そうですか? ならいいんですけど……」

「それより、証拠を早く見つけないと。状況的に限りなく怪しいことは確かですけど、肝心のモノがまだないですから」

「ああ、そういえばそうですね。すっかり忘れていました」


 シャルロッテの言葉に、この部屋へやってきた本来の目的を思い出す私たち。

 そうだ、証拠だ。

 ブランドがやった犯罪行為の確たる証拠をつかまなければならない。

 今まで私たちが見つけた物品は、博士が行った異常行為を示すものではあっても、そこへブランドが関わったことを示してはいないのだから。

 この部屋にあるものを突き付けても、最悪、部屋の存在を知らなかったで押し通されてしまう。


「私はここの棚を調べるわ。シェリーはそっち、お願いできる?」

「了解よ」

「じゃあ、私はこっちをやります!」


 三人で手分けをして、とにかく物の多い研究室をしらみつぶしに捜していく。

 だが、すでに証拠となるようなものは処分してしまったのだろう。

 特に手がかりとなるような物品は出てこなかった。

 いたずらに時間だけが過ぎていってしまう。

 外の見えない地下室なだけに、時間の感覚が次第に麻痺してくる。


 そうしてしばらくたった後、シャルロッテのお腹が盛大に鳴った。

 私とロゼッタさんは手を止めると、彼女の方を黙って見やる。

 恥ずかしいのだろう、シャルロッテの頬は熱に浮かされたように見事な赤に染まっていた。


「あはは……ごめん」

「もう、真剣な時なのに締まらないんだから!」

「あー、でももう結構遅い時間ですね」


 懐中時計を見て、ビックリしたようにつぶやくロゼッタさん。

 彼女の時計を覗き込んでみれば、時刻はすでに午後七時を回っていた。

 どおりで、お腹が空いてくるわけである。

 この時刻はちょっと予想外だったのか、シャルロッテも驚いたような顔をしている。


「夕食の手配をしなければならないので、私はそろそろ行きますね。二人はどうなされますか?」

「えーっと、私はもう少し粘ります。何とかして、証拠をつかまないと!」

「私も残りますよ。助手として、手伝いをしないといけませんから。それに、シャルロッテって適当なところで声を掛けないといつまででも捜査してしまうから」

「何よそれ? 私に対する文句?」

「そうじゃないわ、むしろほめているぐらいよ」


 シャルロッテの驚異的な集中力と熱意は、欠点でもあるが大いに誇るべき長所でもある。

 あれがなければ、事件の捜査はここまで進んではいなかっただろう。

 けれど蒸気機関やエンジンと同じで、ちゃんと管理をしてやることも重要だ。

 たまに意識して休ませてやらないことには、仕事のし過ぎですぐに参ってしまう。

 何事もほどほどが一番だ。


「では、お先に失礼します。もうちょっとしたら差し入れ持ってきますね」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、また」


 頭を下げると、入り口のアーチを抜けて階段を上っていくロゼッタさん。

 その足音が聞こえなくなったところで、私とシャルロッテは互いに顔を見合わせる。


「さてと。さっきの話の続きを聞かせて?」

「そうね。えっと、博士は計画をしただけってところまでだったかしら」

「そうそう、そこまでよ」

「えっと……博士は死体から肉体を星錬して、より完全なテレーゼさんを一から生み出すつもりだった。現在のテレーゼさんは、彼からすると満足のいく出来ではなかったんでしょうね」

「だけど、その前にブランドさんに自殺に見せかけられて殺された?」

「そうよ。おそらくブランドさんは博士の計画を流用して、自身に完璧に従い、なおかつ傍目からは普通に見えるテレーゼさんを作りたかったんだと思うわ。自身の立場を守るためにね」


 このお屋敷の全権は、現在ブランドさんによって握られている。

 だが、それはあくまでも仮の話だ。

 テレーゼさんのあの状態がこれ以上長く続くようであれば、シュタイナー家の親戚筋からしかるべき後見人が立てられることだろう。

 そうなれば、ブランドさんはこれまでのように好き勝手しているわけにはいかなくなる。


 テレーゼさんの状態を改善し、なおかつ自身に完璧に従わせる――。

 ブランドさんが屋敷内で権力を維持し続け、ゆくゆくは屋敷をのっとるためには、この二つが必要条件だった。

 そのために博士の計画を流用し、より完全で自身に都合の良いテレーゼさんを生み出す必要があったのだろう。


「……虫唾が走るわね。この屋敷で好き勝手するために、まったく関係のない人間をあんなに!」


 とてつもなく大きな怒りが、腹の底から湧き上がってくる。

 心の糸が、ぷっつんと千切れ飛んでしまいそうだった。

 身体が自然と震えて、握りしめた拳に力がこもる。

 ともすれば、暴れ出してしまいそうなほどの気分だ。

 シャルロッテも同様に怒りを堪えているらしく、唇を固く閉じ結んでいる。

 いつもはうるさいほどに饒舌な彼女が、重苦しい沈黙を纏っていた。


「……私、決めたわ」

「何を?」

「警察に突き出す前に、ブランドを黒こげにしてやるって!」


 アストロラーベを手に、高らかな宣言をするシャルロッテ。

 私はその言葉にすっかり毒気を抜かれると、思わず苦笑してしまう。


「あはは、そりゃいいわね。私も混ぜて、思いっきりやらないと気が済まないわ」

「もちろん! ただ……」


 シャルロッテは腕組みをすると、何やら考え込み始めた。

 事件の真相はおよそ把握できたというのに、まだ何かあるというのだろうか。

 底知れない闇を覗き込んだような気がして、私はなんとなく不安に駆られてしまう。


「まだ、何かあるの?」

「確信はないんだけど……どうにもいろいろ引っかかってね。例えば、事件現場で見た血文字とかどんな意味があったのかしら? ブランドは間違いなくハバリア人じゃないし」

「あれは、単に捜査をかく乱しようとしたものじゃないの?」

「うーん……その可能性もあるけど、単にそれだけとも思えないのよね。わざわざ騎士と遭遇するリスクを冒して現場にとどまったのよ、小細工をするためにそこまでやる? 堪え切れないメッセージ性みたいなものを感じるわ」


 足でリズムをとりながら、不満げな表情をするシャルロッテ。

 言われてみれば、彼女の言うとおりだ。

 しかしここまで来て、ブランド以外が犯人なんてあり得るのだろうか?


「まあ、確かに……。でも、そこが解決しなくても全体としてブランドが犯人ならすっきりするわ」

「状況的にね。でもなーんかこう、しっくりこないというか。それにだいたい、今のお嬢様は誰なのかしら? そこも気になるわ」

「それは……失踪者を片っ端から調べる?」

「無駄よ。リンデンでいま所在がはっきりしない人間なんて、何人いると思ってるの? スラムの連中まで含めたら、誰も正確には把握できてないはずよ」

「あー、それもそうかしら。スラムあたりから適当な人間を浚ってきたのだとしたら、わからないわね……」


 帝国中、いや世界中から人と欲望の集まる大都会である。

 繁栄の裏で野垂れ死にする人間なんて、掃いて捨てるほどいる。

 『おおまかな』人口を知っている者は居ても、正確な人口を知っている者なんて誰も居ないだろう。

 浮浪者が一人や二人消えたところで、神でもない限りはわかりはしない。


「やっぱり、ブランド本人に問い詰めるしかないかしら?」

「そうね。とにかく、彼を捕まえればすべての謎ははっきりするはずよ」

「ただ証拠がないわ。このままじゃ、もし捕まえたとしてもすぐに出てきちゃうわよ」

「……こうなったら、やはり犯行現場を押さえるしかないかも」

「えっと、あと残っているのは太陽の属性だけね?」

「ええ、おそらくはその中でも心臓を取るはずよ」


 太陽と対応する臓器はいくつかあるが、その中でも最も重要で力が強いのが心臓だ。

 全身に血を巡らせるこの器官は、星錬術においては脳より重要で、古来から生命の象徴ともされている。

 死者に生命を吹き込もうなどと考えるならば、絶対に欠かすことのできない臓器だ。

 おそらく、最後に取っておかれたのもその重要性からであろう。

 心臓が生命力を失ってしまわないうちに、他の臓器と合わせてすばやく人体を作り上げるつもりに違いない。


「日曜の夜にでも、気づかれないようブランドを尾行すればいいわね」

「そうね。だけどシェリー、大丈夫なの?」

「何が?」

「何がって、つい三週間前もジャックを捕まえようとして失敗したじゃない」


 ケロッとした顔をするシャルロッテに、あきれてため息をつく。

 あれだけボロボロにされたのに、どうしてそこまで余裕があるのか。

 額に指を押し当てて、思いっきり顔をしかめる。

 するとそれを見たシャルロッテは、やたらと余裕ありげに笑った。

 高い鼻先が誇らしげに上を向く。


「水曜日じゃないわ、だから大丈夫」

「雨は降るかもしれないわよ?」

「水曜日に雨って揃わなければ平気平気」


 かなり軽い調子で答えるシャルロッテ。

 彼女は目を細めると、任せておけとばかりにウィンクをする。

 はにかんだ表情からは、戦いに対する自信と決意のほどがうかがえた。

 今度こそは絶対に勝つ――!

 瞳の輝きが、そうはっきりと宣言している。


「あなたがそこまで言うなら、大丈夫そうね?」

「ふふ、任せなさい! 今度こそは絶対に倒してやる! 目にもの見せてやるんだからッ!!」

「気合入ってるわね。私も、準備はしておくわ。やられっぱなしじゃないってところを見せないと」


 軽く笑うと、白衣の内側に手を滑り込ませる。

 仕込んだメスの柄が、手に冷たく馴染んだ。

 今度こそこれでジャックの黒マントを引き裂き、その体を白日の下に晒してやろう。

 あの日の屈辱を、何倍にもして返してやる!


「そうと決まれば、あと一週間頑張らないとね?」

「ええ。その間にもっと情報収集もしておかないと」

「そうね、出来るだけたくさんの関係者から話を聞いておきたいところだわ」

「それなら任せて。一週間で、それなりに友達出来たから」


 からかうように軽く目を細めると、シャルロッテの顔を見やる。

 きつい性格と変人ぶりが災いしてか、彼女はあまり友達が出来ていなかった。

 というよりも、はっきり言って少し浮いていた。


「な、なによその顔は!」

「別に」

「生暖かい目をしないでよ! 言っとくけど、本気を出せば友達の百人や千人ぐらい余裕よ! 本気を出してないだけなんだから!」

「いま本気にならないで、いつ本気になるのよ……」

「そ、そのうちよッ!」


 無言で両手を上げて、やれやれとため息をつく。

 すると上の方から、トントンとテンポのいい足音が聞こえてきた。

 ロゼッタさんが、差し入れを持ってきてくれたようだ。

 シャルロッテの眉間から皺が消えて、にわかに瞳の輝きが増す。

 ロゼッタさんの料理も、エリカに負けないぐらいの絶品だった。


「とりあえず、一息つきましょ。後のことはゆっくりと考えればいいわ」

「そうね、くたびれちゃったしそれがいいわ」


 やがて運ばれてくるサンドイッチとコーヒーのセット。

 それをつまみながら、私とシャルロッテは今後の作戦を練るのであった――。


物語はいよいよ終盤へ。

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