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第十二話 恐るべき計画

「たっだいまー!」


 数日後。

 すっかり元気になったシャルロッテが、事務所へと戻ってきた。

 彼女は玄関のドアを勢い良く開くと、バタバタと居間の奥まで駆けていく。

 ついこの間まで、病院で寝込んでいたとは思えない闊達さだった。

 そのパワーに圧倒された私とエリカは、飛び跳ねる背中を見ながらやれやれとため息をつく。

 健康になってくれて何よりだが、もう少しおとなしくなってくれても良かったのに。

 騒々しい日常のご帰還である。


「病み上がりなんやから、あんまり騒いだらアカンで?」

「へーきへーき! 早く捜査したくてうずうずしてたんだから!」

「はいはい。資料はもうまとめてあるわ。ここ数日の間に、私が調べたこともね」

「そういえば、シェリーは昔の伝手をたどって解剖資料を入手したんだったわね。それで、何が重要なことはわかったの!?」

「その質問なら、もう何度もしたじゃない」


 この質問は、本日もう五回目ぐらいじゃないだろうか。

 飽きもせずに訪ねてくるシャルロッテに、思わず呆れてしまう。

 もの覚えは抜群に良いはずなのに、どうしてこういうことは忘れてしまうのか。

 いや、忘れたふりでもしているのか。


「落ち着いたら話すから、まずは荷物を部屋においてきましょ」

「洗濯ものは、ちゃんと洗い場に持っていってな?」

「じゃ、シェリーは先に居間で待ってて! 置いてくるから!」

「廊下を走るんやないって!」


 トテトテトテッと慌ただしく動くシャルロッテ。

 私とエリカは互いに顔を見合わせると、軽く苦笑する。

 なんだか、お母さんになったような気分だった。

 本来的には、雇い主の彼女の方が立場は上なのに。


「さてと、私も資料の準備をしないとね」

「私は部屋の片づけをしてから買い物に行くわ。ほな、また夕飯の時な」

「ええ、今日も美味しいお夕飯を期待してるわ」


 そう言って別れると、居間のドアを開けて中に入る。

 テーブルの上に散らかっていた資料を、トントンと整理してひとまとめにした。

 ソファに腰を下ろすと、ページがバラバラになっていないかどうかを一通り確認する。

 これでよし、準備完了だ。

 そう思って一息ついたところで、シャルロッテがドアを開く。


「置いてきたわよ! さ、早く早く!」

「そんなに急かさないでも、私は逃げないわよ。一度、深呼吸でもして落ち着いたら?」

「そうね! すーッ! はーッ!」


 シャルロッテは両手を伸ばすと、その動きに合わせて胸を大きく上下させた。

 逆に、過呼吸になるのが心配になってしまうほど激しい動きだった。

 まったく、今のシャルロッテは捜査のことに気が行き過ぎていて、いろいろと考えなしになっている。


「……それじゃあ、調査でわかったことを報告するわ。まずはこれを見て」


 資料の束の中から、一枚の写真を取り出す。

 第一の被害者ジェシカ・アルバートの写真だ。

 血が滲んでくるようなおどろおどおろしい凄惨な画に、さしものシャルロッテも眉をひそめる。

 バラバラにされた肉体が、目を覆いたくなるばかりに鮮明に映し出されていた。


「これが、どうかしたの?」

「この死体……胃と小腸がないのよ」

「それ、本当?」

「もちろん。解剖に立ち会ったウィスク教授の書いた資料にも、胃と小腸がなかったってあるわ。もっとも、死体をバラバラにする過程でどこかへ失われたのだろうってあるけれど」

「そうね、確かにこれだけ派手にバラバラにしたら……散らばっちゃう臓器があったとしても……」


 巨人が大なたを振るって、肉体を切り分けたかのような状態である。

 散らばってなくなってしまう臓器の一つや二つ、あっても不思議ではなかった。

 しかし、疑問点はこれだけではない。


「実は、なくなっていたのはジェシカ・アルバートだけじゃなかったのよ。他の五人も、何らかの臓器や肉体の一部が消えてしまっていたわ」

「何ですって?」


 シャルロッテの目の色が変わった。

 私は彼女の問いかけに、すぐさまうなずきを返す。


「ええ。第二の被害者キャサリン・フェローは肝臓、第三の被害者ルーシー・ロットハールは眼、第四の被害者ハンナ・ノーリッシュは耳と歯の一部、第五の被害者ナタリア・クラコーは脳の一部、第六の被害者セシール・ハイトは肺がなくなっていたわ」

「これは、ただの偶然とは思えないわね……」

「私もそう思って調べてみたんだけど、被害者が殺害された曜日と無くなっていた臓器が占星医学的に対応関係にあったわ」


 私がそういうと、シャルロッテは顔に疑問符を浮かべた。

 そして、彼女にしては珍しく自信なさげに尋ねてくる


「えーっと、太陽は心臓を示していて……みたいなやつよね?」

「そうそう。人間の肉体部位と七大惑星が対応してるって理論よ。太陽は心臓、月は胃や消化器、火星は頭部と言った具合にね。占星医学で一番基本的な話だわ」


 ちなみに残りの四つは、水星が肺、木星が肝臓、金星が眼、土星が耳となっている。

 他の臓器や肉体の部位もすべてが惑星との対応関係にあるが、代表的なのはこれぐらいだ。

 占星医学を始めるに当たっては、真っ先に暗記することである。


「なるほど、こうなるともう確実ね。ジャックは肉体の一部を奪うことを目的としていたに違いないわ!」

「バラバラにしたのは、それを発覚しづらくするためね?」

「おそらく。しかも臓器を傷つけないように、抜き出した後でバラバラにしていたんだわ。前に現場で見つけたおっきな血痕があったでしょ? あれはきっと、被害者を殺した後で臓器を抜き出す作業をしたからああなったのよ」

「そう考えれば、確かに」


 第二の現場にあった、大きな水たまりのような血痕。

 どういう経緯で出来たのか謎に思っていたが、臓器を抜き取る作業をしていたのだと考えれば納得がいく。

 被害者を横に倒して腹を切り裂けば、おびただしい量の血が流れ出たことだろう。


「だけど、肉体の一部を手に入れることを目的としていたなら、なーんでわざわざ娼婦なんて狙ったのかしらね。そこがイマイチ腑に落ちないわ」

「娼婦と言っても、被害者たちってかなりの高級娼婦だったでしょう?」

「ええ。全員、一流の社交クラブに勤めていたわ」

「それならおそらく、健康だったからよ。ああいうところの女性って、かなりシビアな健康管理が求められるから。病院でも、そういう女性の検査は良くやっていたし。穢れたイメージがあるけど、実際はかなり『綺麗』よ」

「なるほど。穢れていたから男に殺されたんじゃなくて、綺麗だったから狙われたってことね……! 私たち、とんだ勘違いをしていたみたいだわ!」


 ポンと手をつくと、うんうんと満足げに頷くシャルロッテ。

 しかし、まだまだ疑問は多い。

 そもそも、なぜジャックは人間の肉体の一部なんて集めているのだろう。


「確かに、そう考えればいろいろと辻褄が合うわね。けど、何でジャックは肉体の一部なんて集めてるの? 肝心のそこがまったくわからないわ」

「あー、それはそうね。うーん……」


 ……まだ考えていなかったのか。

 私が呆れて両手を上げると、シャルロッテは安楽椅子に腰を埋めて唸り始めた。

 フル回転する頭脳の栄養を補うためか、ポケットから飴を取り出す。

 もはやトレードマークになりつつある、大きな渦巻き型のキャンディー。

 見ているだけで口の中が甘くなってくるようなそれを、赤い舌先でぺろぺろとなめとっていく。

 糖分中毒が、少し心配だ。

 病気にならないうちに、注意する必要があるかもしれない。


「肉体の一部を集める理由、ねえ。移植用とかかしら……?」


 肉体の移植については、裏で怪しいブローカーが暗躍すると聞く。

 ドナーを巡っては多額の現金も動くことがあるというから、少々無茶をする輩が居ても不思議ではない。

 しかし、いくらなんでもあれだけ派手な連続殺人はやりすぎか。

 ああいう手合いは、もっとスマートにばれない犯罪を好むはずだ。


「わからない……!」


 考えれば考えるほど、思考のどつぼにはまっていく。

 こうして私もまたうんうんと唸っていると、不意にシャルロッテが起き上がった。

 彼女は勢いのあまり椅子を横倒しにしながらも、叫ぶ。


「……そうだわ、きっとそうよ!」

「何か思いついたようね?」

「ええ。ジャックがどうして肉体の一部をかき集めていたのか、わかったわ!」

「どんな理由?」

「人間の肉体を集めてやることなんて、一つしかないわ。人間の作成よ!」


 シャルロッテの言葉に、私はドキリとした。

 いきなり体を突き落とされたかのような激しい衝撃が、心を揺さぶる。

 私にとって、あまりにも刺激的な言葉だった。


「そんなバカな! 人間の作成なんて、できるわけないッ!! 医学的に不可能よッ!!」

「普通に考えればね。でも、相手はあのジャックよ? 常識では推し量れない。それに……」


 ――あなただって、再構成をしようとしたでしょう?

 表だって口にはしなかったが、シャルロッテの目は確かにそう言っていた。

 そうだ、私は死体から――いや、人間を形作ろうとした。

 けれどあれは、やむに已まれぬ状況があったからで……ジャックは明らかに違う。


「確かにそうかもしれない。けど……! ありえないわ」

「どうして、そこまで強く断言できるの?」

「だってそれは……」


 死体を使っての人体の作成には、私も『失敗した』経緯がある。

 自分で言うのもなんだが、占星医学に関して天才とされていた私でもダメだったのだ。

 ジャックのような得体の知れない輩が、そんなことできるとは思えないし、出来るとも考えないだろう。


 いや、ジャックが得体の知れない輩などではなく……れっきとした医者や学者だったらどうだろう。

 あいつは顔も身体もしっかりと隠しているのだ。

 正体が誰であってもおかしくはない。

 むしろ、それなりに地位のある人物だからこそあれほどしっかり正体を隠していることだって考えられる。

 もしそうならば、あらゆる可能性が浮かんでくる。


「いえ、ひょっとして……あの人ならば、もしかしたら可能かもしれない」

「思い当たる人がいるの!?」

「ええ……。私が軍に所属していた頃の噂なのだけど、とある博士が人間を造ったって言われていてね。噂だから、信憑性はかなり低いのだけど」

「この際だから、噂でも何でもいいわ! 誰なのよ、その人?」

「軍医局長のシュタイナー博士よ。人工臓器の権威でね、世界で初めて人工心臓を作った男」

「シュタイナー博士……聞いたことあるわね」


 そういうと、シャルロッテは椅子から立ち上がり、資料棚へと移動した。

 彼女は棚に刺されたファイルを漁ると、その中から一枚の記事を見つけ出してくる。


「これね、シュタイナー博士が人工心臓を発明した時の記事だわ」

「1891年だから、今からちょうど五年前かしら」

「えーっと、これ以降は特に目立った記事がないわね。今は何をしているのかはっきりしないわ。軍にはまだいると思うけど」


 シャルロッテは事件ファイルをパラパラとめくりながら、ふうっと息をつく。

 私も、シュタイナー博士が現在何をしているかはよく知らなかった。

 戦場に出征したり、失業したりといろいろと忙しかったから。

 直属でもない局長の動向なんて、気を配っているゆとりはまったくない。

 気ままな研究生活でも送っているのだろうか。


「怪しいわね、とっても。もしかしたら、このシュタイナー博士がジャックの正体なのかもしれない!」

「そうね、彼ならあながち……ありえなくもない。でも、動機が不明だわ」

「動機って、そりゃあ医者なんだから人造人間ぐらい作りたいんじゃないの? 学術的な興味とかでさ」

「……医者に対する偏見ありすぎよ。そんなマッドはめったにいないわ」

「そう?」

「あたりまえ!」


 眉を寄せて妙に疑わしげな顔をしたシャルロッテに、私はきっぱりと断言した。

 いったい、彼女の頭の中で医者はどう扱われているのか。

 この調子だと、私のことでさえヤバい人と認識しているのかもしれない。

 私からすれば、シャルロッテの方こそよほどヤバい人なのに。

 そのヤバさが彼女の魅力の一端を形成しているのだけれど。


「もしかしたら、個人的な動機ではないかもしれないわ。軍の陰謀が絡んでるとか」

「否定はし切れないわね。でも、軍が研究をするならそれこそ戦地で拉致でもするんじゃないかしら?」

「首都の真ん中で連続殺人ってのは、あちらさんとしても体裁が悪すぎるわね」


 万が一にでも軍の仕業だとばれたら、極めて厄介なことになる。

 騎士庁と軍は権限を巡って仲が悪いので、もしそうなった場合は容赦なく軍の行為を追求するだろう。

 その点、戦地で人を拉致してくればばれるリスクも極めて低いし、いざという時も軍の力でいくらでもうやむやにできてしまう。

 わざわざジャック事件なんて起こす意味はほとんどない。


「まあとにかく調べてみるだけ調べてみるといいかも。他には、正直思いつく人がいないし」

「そうね。だったらとりあえずシュタイナー博士の家にでも行きましょうか。シェリーは場所を知ってる?」

「いえ、私は軍属だったけど博士とほとんど関係なかったから。知らないわ」

「そっか。じゃあ、調べる必要があるわねえ」

「何か伝手でもある?」

「ま、少し」


 そう言って笑うと、シャルロッテは安楽椅子から立ち上がり、ドアを開けて廊下へと出た。

 そして壁際に据え付けられた電話の受話器を取ると、ジリジリとダイヤルを回す。

 いったいどこへかけるつもりなのだろう。

 もしかして、レストレードさんにでも頼むつもりなのだろうか。

 そう思ってドアの隙間から覗いていると、シャルロッテは実に気安い様子で話し始める。


「久しぶり! 実はねえ、ちょっと調べてほしいことがあって……え? たまには家に顔を出せって? 今はそれどころじゃないのよ。前にも言ったでしょ? いや、まあそれは……でもなあ」


 何やら、受話器を手に困惑したような表情を見せるシャルロッテ。

 相手が誰かは分からないが、あのシャルロッテが口だけで押されている。

 しかも有無をも言わせないのか、レストレードさんと出会った時のようにごねる様子すらない。

 受話器の前で、神妙な顔をしながらうんうんと頷いている。


「とにかく、お願いするわ。お、もう調べ終わったの!? さすがねえ、それで場所は? うん、うん……ありがとう! それじゃあまた! わかってるって、しっかり連絡はするから!」


 うんざりしたように、勢いよく受話器を置くシャルロッテ。

 彼女は電話台の上に置かれていたメモに、さらさらっとペンを走らせる。

 そして紙の端をちぎると、そのままドドドッと走って戻ってきた。


「おかえりなさい。何だか、あなたにしては随分と恐縮してたわね?」

「見てたの? あはは、姉さんにちょっといろいろ言われてね」

「あら、お姉さんと電話してたの」

「ええ、いろいろと情報が集まる部署に勤めてるから」


 なるほど、シャルロッテがどこから情報を仕入れているのかはいろいろと謎だったが、その一つはお姉さんってわけか。

 私が感心してい手をつくと、彼女はすぐさまメモをよこす。

 そこには『メイルフィール1-45』と書かれていた。

 リンデン郊外に位置する、自然豊かな高級住宅地だ。

 大金を稼いでリタイヤした富豪たちが、悠々自適な余生を過ごすような場所である。

 私もいつか、住んでみたい憧れの場所だ。


「なかなかいい場所に住んでいるみたいね、博士って」

「明日にでもお出かけしましょ。天気もいいみたいだし」

「意外、今すぐって言わないのね」

「だって、今日はそれよりも……」


 鼻をひくつかせると、緩んだ顔をするシャルロッテ。

 私も匂いを嗅いでみれば、優しいミルクの薫りがした。

 窓の外を見やれば、空はほんのりと茜色。

 家々の壁が黄昏に染まり、人や車がせわしく帰りを急いでいた。

 いつの間にか良い時間だ。


「おっと! もうこんな時間なのね、早かったわ」

「二人とも、ごはんやでーー!」

「はーいッ! エリカのご飯、ひっさしぶりー!」


 食堂に向かって、凄い勢いで走り出したシャルロッテ。

 そういえば、彼女の入院していた病院は病院食がまずいって評判だったっけ……。

 大はしゃぎするシャルロッテにいささか苦笑しつつも、すっかり日常となった光景を噛みしめる。


「待って、私も今行くから」


 こうしてこの日の夜も、緊迫した状況をよそに和やかな夕食が始まったのだった――。

やっとこさ、ジャックの目的と事件の謎がいくらか明らかになりました!

次回からはお屋敷が舞台です。

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