表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

#12

【二〇〇三年九月】


 ふと、ぼくの意識は、公園の滑り台の上に戻った。何だろう、何か思い出しごとをしているうちに、寝てしまっていたようだった。空はもうすっかり、星空となっていた。

 ぼくは上体を起こし、胡坐をかく姿勢になって、滑り台の周りを見渡した。あれ、さっきナツキがいたような気がしたと思ったんだけど……あぁ、やっぱり先に帰ったのか。

「センパイっ、ようやく起きましたね!」

 と、いきなり背後から抱き締められて、心臓が飛び出しそうな気がした。完全に死角となっていたにしても、傍にいるのに全く気配が無いとは。忍者か?

「なんだよ、お前……まさか、ずっとそこに?」

「ふふっ、センパイの寝顔、可愛かったですよ!」

 やれやれ。ぼくは頭をいた。やっぱりこの子、変わってる。ぼくは、ナツキの手を振りほどこうとした。しかし、彼女はそれを拒み、ぎゅっと力を込め、ぼくの背中を抱いた。

「何? どうしたの? ちょっと、苦しいんだけど」

 ぼくはそう抗議したが、ナツキはそれでも、離そうとはしなかった。くだらない悪ふざけなら、やめろよ。そう言おうとしたが、ぼくはそこに、何か少し真剣な空気が流れていることを感じた。

「センパイ、泣いてましたよ。夢を見ながら、また、泣いてましたよ」

 ぎくっとした。マズイところを見られたと思った。

「わ、悪いか?」

 照れ隠しにそう言った。けれど、ナツキはぼくの後ろで、ぶんぶんと首を横に振ったようだった。

「別に、悪くないです。泣いてください。泣きたいときは、泣けばいいんです」

 ナツキにそう言われたのは、初めてな気がした。前にぼくが泣いていたとき、彼女は、泣かないでくださいと言った筈だった。

「どうして?」

 思わずそう尋ねた。するとナツキは、こう答えた。

「私、最近初めて知ったんです。恥ずかしいことかもしれないけれど、こんな簡単なこと、初めて知ったんです。物は、壊れちゃうと、もう二度と元には戻らないんです。お茶碗とか、花瓶とか。人や、動物の命だってそう。だけど、傷ついた心は、壊れてもまた、修復できるんです。涙を流すことで、痛みは和らぐんです。もちろん、完全には癒せないかもしれない。けれど、泣いたら泣いた分だけ、痛みは引くんです。だから泣いたらいいと思います」

 ぷっ。ぼくは、笑った。確かに、ぼくはそのとき笑った。何だか、カホちゃんが死んでから、初めて笑ったような気がした。

「あっ、何で笑うんですか!」

 ナツキは抗議したが、仕方ない。彼女が真剣に話してる姿が、ぼくにはどうしても、可笑しくてたまらなかったのだ。

 けれど、笑ったらまた、ぼくの目から涙がこぼれた。それは止め処なく、まるで滝のように溢れ出てきた。何を馬鹿なことを。ぼくは思った。冷静に考えてみたら、この状況は酷く恥ずかしいものだった。なんで高校生にもなる男子が、後輩の女の子に背中を抱かれて、涙しなきゃいけないのか。

 しかし、ぼくはそうせざるを得なかった。カホちゃんは死んでしまった。もうぼくは二度と、カホちゃんみたいな人に会うことはないだろうし、カホちゃんみたいに人を好きになることも無いのだろう。この喪失感を、ぼくはもう、これから先の長い人生の中で、一度として埋めることはできないのだ。

 ならばせめて、この心は取り戻さなければならなかった。少しでも傷が癒えるのなら、ぼくは、涙を流さなければならなかった。それこそが、ぼくにかかった呪いのようなものに対する、唯一の抗いであるように思えた。

 ぼくたちは月明かりに照らされながら、夜の公園の滑り台の上で二人座っていた。そのとき、ふと、パサパサと、どこかで何かの羽音が聞こえたような気がした。蝙蝠。これから彼らも、夏というものに別れを告げ、冬眠の支度を始めるのだろうか。

 この先には、長い長い冬が待っていた。寒く、厳しい冬が待っていた。けれどぼくは、その厳しさの中で、生きていこうと思った。

 辛いときは涙を流し、生きていこう。ぼくはそう、覚悟を決めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ