エピローグ
【二〇一〇年九月】
以上が、私の兄の物語である。ここから語るのは、その後日談だ。正直、語るべきかどうか、少し躊躇われる。兄が書いた物語を、それ単体で評価するならば、これからの話は全く以て蛇足。下手に語れば、兄の名誉を傷つけることにもなりかねない。
それでも敢えて語るのは、これから私が、私についての物語を語らねばならないからだ。もう過ぎた過去のことは一度精算し、前に進まねばならない。それが、今を生きている私たちに、常に求められている責務だと思うから。
さて、それでは振り返りつつ、語っていく。まずは、兄の物語について。冒頭に書いてあった通り、物語は二〇〇三年六月から始まり、同じ年の九月で終わっていた。
けれどこの日記は、二〇〇五年の春、家を出て行こうとする直前に書かれたのではないかと思う。恐らく二〇〇三年当時はまだ、兄にこんな文章を書く力は無かった筈だ。
あんな風に日々ぼーっとして、まるで無気力で過ごしていた人が、「厳しさの中で、生きていこう」なんて力強い宣言が出きるとは、とても思えない。
コモリカホコという一番身近で大きな存在を失い、傷つき、何も出来なくなった兄。繊細と言えば聞こえはいい。しかし他人から見れば、ただだらしなく、情けないだけだった。
あんなに懸命になって描いていた絵も、カホ姉が死んで以来、止めてしまったのだ。唯一の部員がいなくなったN高校の美術部は、それ以来廃部になったと聞く。カホ姉が生きていたら、さぞや嘆いていたことだろう。
そしてもっと酷かったのが、ナツキさんとの関係だ。ナツキさんはよく家にも来てくれ、休日も部屋に引きこもっている兄を、少しでも元気づけようとするように、外へ連れ出してくれた。
ひょっとしたら、二人の間に恋でも芽生えたなら、また兄も元気を取り戻すかもしれない。両親もそう思い、密かに二人の仲を応援していたようなのだが。
結局半年も経たないうちに、ナツキさんは家に来なくなってしまった。僅か半年、いや、寧ろ半年もの間よく続いたものだと思う。なぜなら、ナツキさんから連れ出されるとき、私の目には、兄はいつもつまらなそうな顔をしているように見えたから。
ナツキさんという人は、結局兄にとっては何でもない存在だったのだ。カホ姉の代わりになるわけなんかない、ただのちょっと風変わりな後輩に過ぎなかったのだと、私も当時は思っていた。
二〇〇五年、兄は大学進学を機に、他県へ旅立っていった。無気力に見えても勉強だけはしっかりやっていた兄。或いは、無気力でも〝技術一つだけで、何とか乗り切った〟というところだろうか。高校進学当初、私立の芸大に進みたいなんて言っていた兄は、それとはまったく正反対の、公立大学の経済学部に進んだ。
そうして兄が不在となった直後のこと。一度だけ、ナツキさんが家に訪ねてきたことがある。
「兄は、他県の大学に進学しました。今は一人暮らしです」
まだ兄のことが忘れられないのだろうか。そう気の毒に思いながらも、玄関に出た私はナツキさんにそう言ったのだが。ナツキさんの方は全然気にしていないという風にほとんど表情を崩さず、「うん、知ってるけど」と言いながら、何かを私に差し出した。
それは、鍵だった。銀色の小さな、何のアクセサリーも付いていない鍵。
「それ、イチノセセンパイのアパートの合い鍵。ウチに送られてきたんだけど、返そうと思って」
当時まだ小学六年生だった私は、少しだけぎょっとした。合い鍵という言葉の響きもそうだったが、それを、兄の方からナツキさんに贈っていたとは。
「イチノセセンパイに、伝えといてくれないかな。フラレた側がもう一回アプローチしてきたって、カッコワルイだけですよ、って」
ナツキさんの言葉には戸惑うより他なかったが、彼女が帰った後、受け取った鍵をじっと見つめながら、ゆっくり時間をかけて考えた。私は、大きな誤解をしていたのだろうか。
ナツキさんという人も、やはり兄にとって大切な存在だった。けれどナツキさんにとっては逆に、兄はそこまで大切な存在ではなかったのではないか。
……否。ひょっとしたら、その誤解していたという考え自体も、とんだ誤解なのかもしれない。帰り際、ナツキさんはこうも言っていた。
「ホント、カッコワルイでしょ、コーちゃ……じゃないや、イチノセセンパイ。ヨリ戻したいんなら、今度はあたしの方からコクハクしたくなっちゃうくらいカッコヨクなってくんなきゃ、ね。男の子なら」
それは諦めて吐いたようにも聞こえるが、まだなにがしか、期待も込められているような言葉だと思えなくもない。真相は、定かではない。まったく、人間の気持ちというものはわからないものだ。周りの人間にとっては勿論のこと、あるときは、当人にとってさえ。
それから兄のアパートの合い鍵は、結局兄には返していない。ナツキさんから伝えるように言われた言葉も伝えていないけれど、別にその必要も無いだろう。これは、二人の問題だ。妹の私が口を挟むようなことではない。それで二人の関係が自然消滅したとしても、それは仕方の無いことだ。
ナツキさんもやがて、この街を出て行った。今はどこにいるのかもわからない。ひょっとしたらまた、兄の傍にいるのかもしれないし、全然違う別の場所にいるのかもしれない。
ただ当時の合い鍵だけが、今もなお私の机の中で眠っている。当時の記憶を、そのギザギサした窪みに刻んで、ただ眠っている。
◇
今、兄は大学を卒業し、東京の証券会社で働いている。実家に帰ってきて就職してくれることを望んでいた両親は大いに落胆したが、兄は「地元じゃ仕事無いから」と言って聞かなかった。
かと言って、本当に地元で仕事を探したのかと言えば、そうじゃないような気もする。単純に、兄はこの街に戻ってきたくなかったのではないか。どこに行ってもカホ姉との思い出しか無いこの街に。失ったものの面影ばかりを見てしまう故郷へ。
けれど、もしそうだったとしても、私は兄に、尚更帰ってきて欲しいと思う。私は兄について、まだよく知らない。年が離れていようと、血の繋がった身近な存在である筈の兄のことを、まだ。
もう一度、兄に傍にいて欲しいと思う。そんな気持ちは、そう、嫉妬みたいなものかもしれない。カホ姉への、ナツキさんへの。私も兄にとっての大切な存在であることを、忘れて欲しくないのだ。
私は言いたい、兄に。確かにあなたは、とても大きなものを失った。もうそれは、二度と取り返しのつかないものだ。一度空いてしまった穴は塞がらない。別のもので埋めようとしても、違和感しか残らない。
けれど、忘れないでほしい。あなたにはまだ、失っていないものも沢山ある。あたしも、両親も、そしてこの街も。それらはまだ、あなたと繋がっている。これまでも、そしてこれからも、あなたが生きている限りずっと。
そして、それはまた、私自身へ言いたい言葉でもある。私もこの夏、大きなものを失った。けれど、そのことで塞ぎ込んでいるわけにはいかない。嘗て抜け殻のように過ごした日々を、繰り返してはいけない。
兄が自分の喪失の物語を書き綴ったように、今度は私が、物語を書かねばならない。そしてそれは、ただの喪失の物語ではなく、また新たな何かを獲得するための物語でならなければならない。
◇
日曜日の夕日が、ゆっくり住宅街の中に沈んでいく。いつもは哀愁しか感じさせないその輝きが、今日ばかりは、新しい一日の誕生を祝うような、賑やかで美しい光に見える。
今、一日が終わろうとしているこの場所の裏側の世界では、新しい一日が始まろうとしている。
三〇分ほど前、私は家を出た。電車に乗り、この場所にたどり着いた。かつて、あるともだちが通学に使っていた駅だ。私も一度だけ降りることになったその駅に、今、こうして再び立っている。
ここから新しい物語が始まるわけではない。物語は全て、過ぎ去ってしまった過去の出来事だ。始まったところで、それはまた別の新しい話として、未来における過去として語られるだけである。
それでも、伝えなければならない。紡がねばならない。私の物語を。それが、他人の目にどう映るかは関係無い。
大切なのは、物語を紡いだ人間が、その物語とどう向き合ったかだ。どんな思いを込めたのか、どれほど苦労をかけてつくったのか。また、どんな思い出が、そこに刻まれたのか。
そうして私は、この場所にさよならを告げる。別れの為ではない。もう一度、彼女と巡り会うために。死んでしまった、あのともだちに。
やがてこの物語が終わると同時に、私の物語が始まる。
最後に、兄の表現を借りて、こう記しておく。その物語は二〇一〇年六月から始まり、同じ年の七月で終わる。
それは、私が失ったものについての話であると同時に、私が新しく得たものについての物語である。
◇
【二〇一〇年一一月】
追記。
先日、兄からメールが届いた。「来年の正月、一度実家に帰ってくる」と、それには書かれていた。
言葉は、ただそれだけだ。紹介したい人がいるんだ、なんて思わせぶりなことが書いているわけでもない。
けれど、別にそれだけで構わない。また兄に会えるというだけで、十分だ。それだけで私は、なんだか、わくわくしてしまっている。
そしてメールには、油絵の画像が添付されていた。誰の作品かは書かれていないが、それでもわかる。この美しく、踊るように鮮やかな色は、兄のものだ。
その絵を――優雅に舞うような真っ赤な金魚の絵を、新しい物語の題材にしようと、私は思う。
(完)




