8.よくある手
俺は悪夢を見た。
悪魔に我儘な王女の召使いにされる夢だ。
王女の無理難題をこなそうとして駆けずり回った俺は、疲弊してもう動けない、というところで目が覚めた。
何だか甘い匂いがする。
女の部屋の匂いだ。俺はソフィの部屋に初めて行った時のことを思い出した。毛足の長いふかふかの絨毯の上から起き上がると、ベッドの中に美女が二人寝ていた。
聖剣教会大司教とかいうムチムチ美女と、王女様だった。
お世辞にも寝相が良いとは言えない格好で、俺は目のやり場に困った。
昨日召使い用の風呂に入れてもらったせいか、疲れは結構とれていた。そのせいで召使いにされた悪夢を見てしまったのだろうか。いや、悪夢は今も続いているのかもしれない。
カーテンの隙間から外を見る。
敷地の塀の向こうに、まばらに兵が立っている。どうやら何かしてくるというより、情報収集のために来ているような感じだ。
俺が振り返ると、ムチムチ美女がベッドの上で起き上がっていた。
「あら、おはよう、聖剣の勇者様。お目覚めはいかがですか?」
「てめえ、俺を嵌めやがったな。何で俺にあの聖剣とやらを抜かす小細工をした」
「小細工なんてしていないわよ。うふふ、確かにわたしはあなたを教会に誘い入れはしたけれど、聖剣を抜いたのはあなたの仕業よ」
「嘘つけ! あんなに簡単に抜けるわけないだろう!」
「まあいいわ。いずれにしても聖剣はあなたを選んだみたいだから、ちゃんと聖剣の勇者としての責任は果たしてもらうわ」
勝手に聖剣の勇者とやらにされて、責任を果たせときた。確かにあのムチムチボディにつられてふらふらとついて行った俺も悪かったかもしれないが、これではあまりといえばあんまりだ。
「あら、あなた。おはようございます、ご機嫌はいかがかしら」
妻気取りはやめてもらいたい。王女様が目を覚まして起き上がった。
「機嫌は最悪だ……こんな茶番は結構だ……家に帰りたい」
「いまさら何を言っているの? あなた馬鹿なの? このプチ・パレを取り囲んでいる兵がお見えにならないの? あなたも男なら腹をくくりなさい。あなたは既にわたしの夫なのよ」
「悪いが俺は、誰とも結婚する気はない」
「……あらそう。でも、王女との結婚を拒否すると死刑って聞いたでしょ」
「くっ……まあな」
「あなたは知らないでしょうけど、実を言うとわたしは昨日、訳の分からない罪を着せられて処刑されるはずだったのよ」
「処刑? 王女様が? どうしてだ」
「今の国王はわたしの父の弟。あの小心者の叔父のことだもの、きっと本来の正統な王位継承者であるわたしに、王座を奪われると思って恐ろしかったのでしょう」
どうりでこの宮殿が、兵に囲まれているわけだ。あれは俺への警戒ではなかったのか。
「聖剣の勇者様と結婚した王女は、その罪がすべて恩赦されるのよ。あなたは王女との結婚を拒否すれば死刑。どう? 利害が一致しているとは思わない? 形式上の結婚で構わないわ。この話は乗った方がお互いのためですわ」
なんだこの王女様は。食えない女だ。隣でさっきからニヤニヤしているムチムチ女も気に入らねえ。
「お互いの利益のための形式的な結婚か、上等だ。いいだろう、この話乗ってやる。ただひとつだけ条件がある」
俺は昨日から気になっていることを言った。
「町内会のじじいとばばあ達を安全に田舎に送り届けてくれ。俺は保護者代わりに町内会旅行で王都に来たんだ」
ムチムチ女が口を開いた。
「へぇ~。あなた意外と義理堅いのね。心配しないで。あなたの身元を探るために宿に遣わしたうちの武装神官に、今も警固させているわ。ついでにきちんと故郷まで送り届けてあげるわ」
☆ ☆ ☆
こじんまりとした部屋で、王女とムチムチ女と一緒に俺は朝食にありついた。昨日から何も食っていなかった俺が、がっついて食べるのを見てメイド達がくすくす笑っている。
「旦那様、申し訳ありません。普段はここは男子禁制でして、男性の食べっぷりが珍しいのでございます。さあ、お代わりはいくらでもご用意いたしますので、御存分にお食べください」
リュシーとかいうばあさんが、俺に気を遣って言ってくれる。
俺はこの部屋が、ルスラン様の屋敷の食堂に似ていて落ち着かなかった。
その心の動揺を隠したかったのと、まともに飯を食える時に食っておこうと思って、俺は腹いっぱいがっつくことにした。これから何が起こるか分からねえと思ったからだ。
こういう時の俺の嫌な予感は、必ず当たることになる。
王宮からの使者がやって来たのは、そのすぐ後のことだった。
「聖剣の勇者様にお願い申し上げます。レバンタイン王国との戦いで、我が王国軍が劣勢に立たされております。ぜひ最前線に立ち、我が王国を、国民をお救いください」
よくある手だ。
合法的、かつ合理的に邪魔者を消す古典的な手だ。
俺はあの小ズルそうな国王の顔を思い浮かべた。




