5.天界(プロローグ2)
(すべてが退屈だ)
全能神オーディヌスは淀んだ目で、大神殿の中庭に集まり、喧々諤々の議論を戦わせている神々をぼんやり眺めていた。
今、天界では百年に一度開催される、『審判会議』の真っ最中であった。
数多ある世界のうち、どの世界に『神の使徒』を送り込み、混乱した世界を正すべきか決める会議だ。送り込む使徒には、全能神オーディヌス自ら造った聖剣が持たされる。使徒は、送り込まれた世界で勇者に相応しい人間を探し出し、聖剣を与える。聖剣を与えられた勇者は、『聖剣の勇者』と呼ばれ、その世界を正すのだ。
かつてオーディヌスは聖剣造りに夢中になったこともあった。しかし全能神にとっては、すべて完璧なものしか作れない。少し意匠を変える程度が関の山だ。完璧なものが造れる全能神にとって、頑張ろうがサボろうが、最高のものしか作れない。いわば努力による伸びしろが無いのだ。オーディヌスはすっかり聖剣造りにも飽きてしまい、今ではかつて造った在庫の聖剣を与えるのみだ。
(全能というのは退屈なものだ)
オーディヌスは大神殿の壇上の床に寝そべり、ブドウを一粒頬張った。
「次に検討する世界はアルスベールです。創造してから既に五千年以上経ちますが、最近の混乱ぶりには凄まじいものがあります。過去に使徒を五回ほど送り込んだことがあります。その都度、『聖剣の勇者』によって平和が訪れはしますが、すぐに戦乱が引き起こされます。全く、アルスベールは困った世界です」
司会役の神がそう言うと、中庭の神々からため息が漏れた。
「アルスベールか……あそこはダメだ……」
「アルスベールってアレだろ、俺達じゃなくてビリケン様とかいう、変な神を信仰しているんだろ。そんなところ救わなくても……」
「使徒を五人送り込んでダメだった世界なんて、聞いたことない……」
「俺、アルスベールにだけは使徒として行きたくないな……」
さっきまで活発に議論していた神々が、口々にそう言うと黙り込んだ。
オーディヌスはアルスベールと聞いて、苦い記憶を思い出した。何千年も前、アルスベールの人間の女に恋をして、こっぴどく振られたのだ。しかもそれが妻であるダフィーネに見つかり、えらい目にあった。
「もういいのではないか」
突然の全能神の発言に、神々が頭を下げる。
「アルスベールの人間に期待するだけ無駄だ。使徒など送る必要はない。火山でも噴火させて滅ぼしてしまおう」
オーディヌスの発言に、神々も納得したように頷き合っている。
司会の神が周囲を見回し、声を上げた。
「では、アルスベールは救済せず、滅ぼすということでよろしい……」
「意義あり!」
司会の声を遮り、高らかと声を上げた者がいた。
神々がその声のした方を、一斉に向く。
「おお、全能神オーディヌス様の二十三番目の娘、女神フレイヤ様。ご意見がおありですかな、ご発言をどうぞ」
司会に発言を促されて一歩前に出た女神フレイヤは、まだ少しあどけなさが残る、若い女神だった。
その女神フレイヤは、大神殿の壇上で寝そべる全能神オーディヌスを、その父と同じ紅い瞳で睨みつけて言った。
「お父様は傲慢です!」
その言葉を聞いて、中庭の神々がどよめく。
「このアルスベールには、たくさんの人間が住んでいるのです。そこでは夫婦になり、子を産み、子を育て、一生懸命生きている人間がいるのです。それを何ですか! 飽きたおもちゃを捨てるように滅ぼすなどと。人間を救うのが神というのであれば、どうしようもない世界を救ってこその神です。わたしはそう思います」
オーディヌスはこの娘が苦手だった。誰に似たのか、考え方が人間のようだ。小生意気に正論を吐いているようだが、ダメなものはダメなのだ。
「では、どうすれば良い、我が娘フレイヤよ。かつて五回使徒を送り込んでダメだった世界をどのように救う?」
「え~と、それは……もっと優秀な使徒を送り込み、素晴らしい勇者を見つけ出してもらって、今まで以上の『聖剣の勇者』を爆誕させる……とかどうでしょう。えへへ」
勢いのみで具体的な考えは無しか。
オーディヌスは自分の娘を、少々からかいたくなった。
「優秀な使徒か……フレイヤ、誰が適任だと考える」
「え~と……トートさんとか」
「嫌です」
「では、セベクさんとか」
「持病の腰痛が酷くて」
「じゃあ、バステトさん」
「誰が行くか、ボケ!」
「……」
正義感を振りかざす、まだまだ若い娘もこれで懲りたことだろう。
「分かったか、女神フレイヤよ。こういうことだ。では、アルスベールは滅ぼすということで……」
「わたしが行きます!」
突然のフレイヤの発言に、オーディヌスが自らの言葉を止めた。
「全能神オーディヌスの二十三番目の娘、女神フレイヤが自ら使徒となり、史上最高の『聖剣の勇者』を探し出して見せましょう。これなら文句ありませんね、お父様」
そう言って中庭から父を見上げるフレイヤは、不敵な笑みを浮かべてはいたものの、細かく足が震えていた。
(やっぱり、この娘は苦手だ)
全能神オーディヌスは目を閉じると、深い溜息をついた。




