4.バーラ
最後の日の朝、わたしは自分でもびっくりするほどよく寝て、快適な目覚めだった。
地下牢の中で最後の朝食を楽しんでいると、典獄がなにやら慌ててやって来た。
「王女様、国王陛下がお呼びです」
わたしはプチ・パレから着の身着のままで連れてこられたままの、薄汚れたドレスだったのが嫌だった。でも、着替えをさせてくれる雰囲気でもなかったので、おとなしく国王の使いとやらについて行くことにした。
どうせあの気の小さい叔父のことだ。わたしが死後に化けて出てくるのが怖くなって、殺す前に懺悔でもしたいなどと言い出したのだろう。
王宮の大広間に行くと、もの凄く沢山の人が集まっていた。叔父が大勢の貴族の前で、わたしを断罪でもしようというのだろうか。
でも、何だか雰囲気が変だ。わたしが大広間に足を踏み入れると、皆が一斉にわたしの方を向く。まるで亡霊でも見るかのようだ。失礼しちゃうわ。わたしが亡霊となってお前達を襲うのは、もう少し後になってからだ。
わたしの叔父、国王ローゲが縋るような目でわたしを見る。
「バーラよ……聖剣の勇者様が、お前との結婚をお望みだ」
よく見ると叔父の隣には、引き攣った顔の第一王女アニエスと第二王女デボラがいた。その隣に満面の笑みを湛えたわたしの親友であり、聖剣大司教のベストラが立っていた。
「……聖剣の勇者様って何ですの。いきなり連れてこられて話が良く見えませんわ。叔父様、きちんと説明して頂きたいですわ」
叔父は蚊の鳴くような声で言った。
「そちらの……聖剣の勇者様が……アニエスでも……デボラでもなく……バーラ、お前をお望みなのだ」
わたしは状況が理解できない。
「こちらが聖剣の勇者様で~す!」
そう言ったベストラが指し示す先には、片手に剣をぶら下げた疲れたおっさんがいた。
おっさんは、おどおどしながらベストラに言った。
「さっきも聞いたけど、結婚しないってのはダメ?」
「聖剣の勇者様はその特典として王女を嫁に出来ま~す! 結婚しなかったら残念ながら勇者様は死刑になりま~す! これは六百年前に出来た聖剣法典に書かれている決まりなので、たとえ国王様といえども覆すことは出来ませ~ん!」
ベストラはわたしの方を向いて、さらに言った。
「なお、聖剣の勇者様に選ばれた王女様は、どのような罪を犯していたとしても恩赦され、それらの罪は無かったことになりま~す!」
ベストラが国王の顔をまじまじと見る。
「よいですね、国王陛下!」
「……はい……聖剣の御心のままに……」
おっさんの顔をベストラが覗き込む。
「勇者様もよいですね」
「……」
「死刑ですよ」
「……わかりました」
次にベストラが、わたしに顔を近づけて小声で言う。
(助かるなら何でも我慢するって言ったでしょ。あんなのしか用意できなかったのは謝るけど、わたしだって頑張ったんだから)
さっとわたしから離れたベストラが、両手を広げて大仰に言う。
「さあ、王女バーラよ。聖剣の勇者様と結婚することを誓いますか」
そう宣った親友に、わたしは胸を張って言ってやった。感謝を込めて。
「ふん。いいわ、結婚して差し上げますわ。聖剣の勇者とやら。この王女バーラを嫁に出来ることを、一生の功となさい」
聖剣の勇者様というおっさんの、うつむき加減の目は虚ろに泳いでいた。
「早速結婚式を執り行います! 聖なる指輪の交換を!」
そう言ってベストラは、王家の紋章である、百合と剣が刺繍されたビロードの上に載せられた二つの指輪を差し出した。この指輪は数千年前の聖剣から造られたものらしく、聖剣と同じ淡い琥珀色に輝いていた。
いくら待ってもおっさんが何もしなかったので、わたしは指輪を自分の指と、おっさんの左手の薬指にはめた。
「おめでとうございます! お二人ともお幸せにね!」
ベストラの大きな祝福の声につられて、大広間に集まった貴族達がまばらな拍手をした。
これがわたしの密かに憧れていた、自分の結婚式だった。




