44.腰痛
この日は本当に散々だった。
ぎっくり腰で横になっていた俺に、マルタがとんでもない知らせを持って来た。
「元近衛騎士団長エフレムが、アクレイア王国軍を率いてカララニ王国を占領し、国名をサーマイリー王国と名付けたらしいぞ!」
俺は驚いて起き上がり、そして腰が痛くて悶絶した。
「だ、大丈夫かよ兄貴! 落ち着けよ」
「う……うぐぐ……俺のことより……教えてくれ……」
「ああ、分かったからもう起き上がるなよ。兄貴はアクレイア王国の『大聖女』って知っているよな」
俺は自分の遠い記憶を引きずり出してみた。
「ああ、アクレイアに数十年に一度現れる、『預言者』のことだろ」
アクレイア王国は、このアルスベールの人々の発祥の地とされている。多くの人々が信仰する神聖教会もアクレイアに本部を置いており、大司教は代々アクレイアの王族が務めている。アクレイア王族の祖は、太古に神がアルスベールに遣わした最初の人間であり、アルスベールすべての人間の祖先と考えられていた。必然的に、アクレイア王国はアルスベール全土から神聖視されていた。
そしてアクレイア王国が神聖視されているもうひとつの大きな理由は、『大聖女』と言われる預言者が、数十年に一度、その国土の中から現れることにあった。
太古のアクレイアの祖先の話は伝説だが、『大聖女』の預言は事実だった。
『大聖女』は、数々の大災害を預言し、多くの人々を救ってきた。『大聖女』の預言に従って東征したアクレイア王家の王女が、アルスベールのほぼ全土を統一し、建国されたのがかつてのサーマイリー王国だった。
「そのアクレイアの『大聖女』がエフレムを、アルスベールを統べる王として預言したらしい」
俺はもう一度飛び起きると、やはり腰の痛みにのたうち回った。
「兄貴! 大丈夫か!」
「うぎゃあああ!」
マルタの無理な引き起こし方に、俺は絶叫した。
助けてくれバーラ! と思ってバーラを見たら、大爆笑していた。
俺は痛みをこらえながら思った。確かにエフレムの剣技は俺の及ぶところではない。だが、軍を率いた経験は一切なかったはずだ。それにあいつは王という器なのか。確かにイケメンではあったから、王としての見栄えはすると思うが。
「その預言を聞いたエフレムは、かつてアルスベールを統べたサーマイリー王国の名を自分の国に名付けたらしいぞ」
いかにも自信満々なエフレムらしいと俺は思った。
「でもよ、兄貴。ここまでなら俺も別に好きにしろって思ったよ」
マルタはいかにも反吐が出るという顔をした。
「エフレムは、サーマイリー王国最後の王、カストラ様をミラン・ハルバートに命じて暗殺したルスラン様こそ、今のアルスベールの混乱を巻き起こした元凶だと言ってやがるんだ」
俺はバカも休み休み言えと思った。ルスラン様を暗殺したのがカストラ様だろう。
「エフレムの後ろ盾はどこだ」
もともとエフレムはサーマイリー王国の伯爵家の出身だったが、それほど力のある家ではなかったはずだ。いくら小さいとはいえ、カララニ王国を攻めるには兵が必要だ
マルタは俺の問いに、余計な一言を加えて答えた。
「兄貴と違ってイケメンは得だよな。アクレイアの『大聖女』がエフレムを支持しているらしい。『大聖女』の要請で、アクレイア王家がエフレムに兵を貸し与えたって話しだ」
このアルスベールの世界にとって、アクレイア王家と『大聖女』が支持するということは正義そのものだ。個人的にエフレムはいけ好かない奴ではあるが、これで世界が統一され、平和がもたらされるのであれば良いかもしれないと、俺は思った。
「エフレムはカストラ様と一緒に焼け死んだものとばかり思っていたよ。まさか生きていたとはな。まあルスラン様のことを悪く言うのはムカつくが、剣技で敵う奴はいないだろうし、アクレイア王家がついているならそのうちアルスベールを統一するだろう。それはそれでいいんじゃないか」
マルタはいきなり俺の背中を、思いっきり引っぱたいた。
俺はあまりの痛みでしばらく呼吸が出来なかった。
「兄貴はどこまで馬鹿なんだ、水晶採りやっている間に腑抜けたのか! ルスラン様が濡れ衣着せられて黙っているのかよ。ルスラン様は最後まで兄であるカストラ様を信じた挙句、殺されたんだ……それを……ルスラン様がカストラ様を殺したなんて、冗談でも許せない」
激高するマルタを見て、俺はどうして怒りがわいてこないのだろうと、自分自身が不思議だった。昔だったらマルタと一緒に飛び出して行ったに違いない。
あの天才には、剣では俺は敵わない。その思いが俺をビビらせているのだろうか。
そうじゃない。俺は、今を幸せに生きるソフィに会って、俺を愛してくれるバーラに気づいて、過去のことなんてもうどうでもいいと思い始めている。ずっと過去を引きずって生きてきた自分に嫌気が差したのかもしれない。
「今はそこら中に、ルスラン様と兄貴がどれだけ卑怯で悪いことをしたかっていうビラがまかれている。近衛騎士団長だったエフレムが、カストラ様の遺志を継ぐって偉そうに書いてあった。兄貴、こういうのは反論しないといつの間にか真実みたいになるぞ」
マルタの言っていることは正しい。俺もそう思う。でも、誰が正しいかなんてもうどうでも良かった。俺は結局何も出来なかった。守れなかった。もう過去には戻れない。
あのアズミー村に帰りたい。
水晶を採りに山に登って、夏でもキーンと冷たい沢の水を飲みたい。
俺はあの素晴らしい山の風景を思い浮かべた。バーラはついてきてくれるだろうか。
そう思いつつも、俺は釈然としないものを感じた。
この違和感は何なのだ。
腰の痛みのせいなのか、俺は考えがまとまらなかった。




