43.ヒーローにはなれない
朝起きると、隣でバーラが静かな寝息を立てていた。
バーラの寝顔は本当に綺麗だ。絵画に描かれている女性のようだ。いや、バーラの美しさは、きっとどんな画家だって描き切れないだろう。
雪のような白い肌にはほんのりと紅みが差し、艶のある流れるような黒髪。長い睫に閉じた瞼は、黄金色の瞳を隠している。
こんな美しい王女様が、俺の隣で無警戒に寝ているなんて、まだ夢を見ているようだ。
俺はうすぼんやりと昨晩のことを思い返す。
我ながら最低な男だと思う。どうしようもない男だと思う。
思えば俺は昔のことにこだわり過ぎていた。
唯一の俺の取柄だった剣は、騎士団の中で俺だけ二つ名がもらえず、『名無し』なんて呼ばれる始末。挙句にエフレムという天才を目の当たりにして、自分の程度というものを思い知った。
そこで剣の道から戦術家へと方向転換したものの、散々教えてもらった大恩あるルスラン様を救えず、助けるようお願いされた奥様は殺され、セシル様の生死はいまだに分からない。
すべて俺は中途半端、何も成し得ることが出来なかった。
それがショックで引きこもり、気づけば二十年も山の中で過ごしていた。
ソフィの言うとおりだ。俺はこの二十年何もしてこなかった。自分のことばかりだった。本当にソフィのことを考えていたのなら、ずっと探し回れば良かったんだ。何を今さらノコノコとは、本当にその通りだ。
バーラは昨日、こんな俺でもいいと言ってくれた。こんな近くにずっとバーラはいてくれたのに、自分を否定し続けていた俺は、バーラの想いすら心の中で否定していたのだろう。
こんなに綺麗で聡明な王女様が、俺なんかのことを想っていてくれたなんて……。
よし、俺はもう過去のことはクヨクヨしないことに決めた。過去のことは変えられないが、未来のことは変えられると、ビリケン様教会の壁に書いてあった気がする。
これからはバーラのため、バーラのいる世界のために俺は頑張る。そしてバーラに自慢してもらえるような夫に、男になってやる。俺のすべてをかけて!
俺はそう決心すると、朝日に誓うためにベッドから出て立ち上がった。
その瞬間、何かが俺の腰を打ち砕いた。
昨晩の久々過ぎたのがいけなかったのだろうか。俺はあまりの痛みで、パンツ一丁で床に這いつくばった。ぎっくり腰だ。
ノックもなしに、部屋の扉が開いた。
「おはよう~ス。兄貴、たまには俺と素振りでも……あれ?」
マルタはいつもこうだ、タイミングがいつだって最悪だ。
「あら、あなた。どうなさったの?」
上半身をシーツで隠したバーラが俺を見て言う。
「いや~さすがバーラ姐さん! 兄貴を立ち直らせたんスね! まあ、実際には張り切り過ぎたせいで立ち上がれなさそうだけど。アハハハハ!」
この大女にはデリカシーというものがないらしい。
俺はこの大女を蹴飛ばしてやりたかったが、痛みで四つん這いになったまま動けない。
折角一大決心をしたところだというのに、俺はなんとも間の抜けた男だ。
カッコ悪いったらありゃしない。ヒーローにはなれない運命だと思い知った。
翌日、俺は大人しく寝ていることにした。
でも、それは許されざることだった。




