41.ソフィ
「本当にあなたが生きていて良かったわ。時々エドガーと話していたのよ、きっとミランなら生きている。きっとどこかで生きているって」
「……ソフィ……」
「すまないミラン。俺はてっきりお前が死んでしまったと思っていたんだ。いくら探してもお前はいなかった。あれから何年経った、二十年だ。俺はソフィを守って暮らしているうちに、心惹かれるようになったんだ。本当にすまない、許してくれミラン」
そう言ってエドガー様は床に土下座をした。
一国の国王がくたびれたおっさん相手に土下座をしている。でも、土下座をされている我が夫の顔は、あまりにも辛そうでもう見ていられなかった。
「何言っているんだよ、エドガー。そんな土下座なんてやめてくれよ。いやあ良かったよ。嬉しいよ。正直ソフィは死んじまったものと思っていたからな。それがエドガー、お前と結婚してこんな大きな子供までこさえていたとは驚きだよ。すまねえな、お祝いの品持ってこなくて」
わたしは、夫が我慢しているというのに、夫が必死で頑張っているというのに涙があふれ出して止まらなかった。かつて夫はわたしに言った。自分は誰とも結婚する気はないと。それはずっとソフィ様を想ってのことだった。わたしの夫の心の中には、ずっとソフィ様がいた。
「おいおい、ソフィもソフィだよ。なに辛気臭い顔してるんだよ。おっ、一番上は男か! もう立派な騎士様じゃねえか。さすがソフィとエドガーの子だ、イケメンだぜ。あんまり女を泣かせるんじゃないぜ、はっはっは」
「……ミラン……お前が誰よりもソフィのことを大切に思っていたのは知っていた。それを……すまない」
「やめてくれよ、これはめでたい話だろ。もともと俺なんかよりエドガーの方がソフィにはお似合いだと、俺自身思っていたのさ。だってエドガーは今や国王でソフィは王妃様だろ。俺なんて水晶採りやってたんだ水晶採り。ソフィもエドガーも無事なのが分かって幸せそうで、こんなかわいい子供達までいる。今日はいい日じゃねえか!」
ソフィ様のスカートにしがみついていた末娘が言う。
「ママ、このおじちゃん誰?」
しゃがんでソフィ様が答える。
「ママとパパの昔のお友達よ」
「ふうん、お友達なんだ」
ああ、我が夫の心が削られる音が聞こえてきそうだ。
「そう言えば俺も結婚したんだ。紹介するよ、バーラだ。エーデルファウス王国を知ってるか? そこの王女様だよ。凄い美人だろ。頭脳明晰、スタイル抜群、焚火だって起こせるんだ。俺の一目惚れだよ。お互い幸せで良かったなあ」
何だろう、夫が初めてわたしのことをそんなふうに言ってくれているというのに、全然嬉しくない。
「はじめまして、バーラ様。良かったわ、ミランにこんなに美しい奥様がいらしたなんて。本当にミランが幸せそうで良かったわ」
気づけばマルタ様も、何も言わずに大粒の涙を、その大きな瞳からこぼしていた。
わたしはもう限界だった。わたしは良い妻ではないのかもしれない。
「はじめましてエドガー様、ソフィ様。バーラ・ハルバートと申します、以後お見知りおきを」
わたしは洗練された礼儀作法で、淑女としての挨拶をする。
生まれながらの王女としての、格の違いを見せつけるように。
「時にソフィ様。あなたは先ほど、我が夫が幸せそうで良かったとおっしゃいましたわね」
「……はい……バーラ様……」
「もっと物事は正確におっしゃった方がよろしくてよ。ミランが結婚していて自分の罪悪感が薄まって心底良かったと、そうおっしゃいなさい」
「違います! わたしはミランが幸せで本当に良かったって……」
「やめろバーラ! いいんだ、俺はいいんだよ」
わたしは夫を振り返ることなくソフィ様に言った。
「あなたがミランに言いたいことは、そんなことではないでしょう」
わたしの言葉に沈黙が流れる。
ソフィ様は一度目を閉じて、それから覚悟を決めた顔で言った。
「ええそうね、その通りだわ。ミラン、あなたはいつも本音で話すのが好きな人だったわね。わたしの本音を言うわ。今さらノコノコこんなところに現れて、何様のつもり? 迷惑なのよ」
わたしは自分でソフィ様に促しておきながら、心が抉られるようだ。
「二十年よ、二十年。どれだけわたしを放っておいたのよ。どれだけわたしが苦労したと思っているのよ。あなたが何もしてくれなかった時に、エドガーはわたしを守ってくれたわ。お金も稼いでくれた。わたしを幸せにしてくれた。わたしがあなたにいて欲しかった時にあなたは何もしてくれなかった。それなのにいまさらノコノコ出て来て、生きていましたなんて言わないでよ! すべて遅いのよ! わたしの今の幸せを壊しに来たのなら、とっとと帰って頂戴!」
「……ソフィ……どうしたんだ、ミランになんてことを言うんだ……」
エドガー様が、ソフィ様を気遣うように寄り添う。
「いや全くその通りだ。本当にごめんな。本当にごめん。辛い時に傍にいてやれなくて本当に悪かった。俺にはこんなところに来る資格なんてなかった」
そう言うと、我が夫はよろよろと、ソフィ様に背を向けて部屋から出て行こうとした。
崩れ落ちそうになる夫をわたしが支えると、夫が足を止めてわずかに振り返った。
「……ソフィ……あの時のお腹の子は……」
「そんなの流産したに決まっているじゃない」
「……ごめんな……」
そう言うと、夫はまたよろよろと歩き出した。
わたしは夫を抱えるようにして支えながら、最後に振り返ってソフィ様を見た。
ソフィ様は、両目から涙をあふれさせながらわたしを見た。
『これで良かったのよね』
その目はわたしにそう語っていた。
わたしはソフィ様が、まだ深くミランを愛していることを知った。
中途半端な優しさでミランを惑わせるより、自分が悪者になってでもミランを次のステップに進ませる。その自分自身をも傷つける行いは、愛が無くては出来るはずがない。




