39.女神の覚悟
「質屋のおじさんが言うには、司祭風の男が聖剣を十万ゼニーで買っていったそうです」
フレイヤが俺の体を揺らして言う。
「酷くないですか! わたしは三万ゼニーで質に入れたというのに、十万ゼニーですよ! そんなことなら直接売れば良かったです! 大損です!」
なんか、悔しがるところが違うような気がする。
「でも、この前見たベルガリウム王を殺したのは男じゃなくて若い女だったぞ」
俺は女がセシル様に似ているという話は、誰にもしていなかった。
「どうせその男があの女に貢いだんじゃないですか。きっとそうです、険はあるけど綺麗な娘でした。なんとかお願いして聖剣を買い戻させてもらわないと……でもお金が一万五千ゼニーしかありません。ミランさんどうしよう」
「たぶん、あの女は十万どころか百万ゼニー払ったところで聖剣を手放さないだろうな。剣士にとって気に入った剣とはそういうものだ」
「じゃあどうすればいいんですか! あの聖剣を持った女は国王を殺して回りますよ!」
「でも、それは女神であるお前が何とかしろ。自業自得だ」
「ああ、いいんですか、そんなこと言って! このままだとエーデルファウス王国の正統な王位継承者であるバーラさんまでいつか殺されちゃいますよ。バーラさんはミランさんの大切な奥さんじゃないんですか? いいんですか? わたしはそんなの嫌です! ねえミランさん助けてください、何とかしてください! もう、わたしどうしていいか分からないんです!」
そう言ってフレイヤは泣きじゃくった。
バーラが俺を見る。
「何とかならないのかしら。あなた、あなたも一応『聖剣の勇者』様でしょう。あの女性を止めることは出来ないの? このままだとあの女性も破滅するわよ」
俺は正直どうしてよいか分からなかった。
あの若い女がセシル様だとしたら、どうして聖剣を持っているのか。セシル様が聖剣の力に飲み込まれて王族を殺して回っているとしたら、最終的にセシル様自身の身も危ないのではないだろうか。いや、あの女がセシル様だと決まったわけじゃない。
「うひひひ……そうだ、わたしがあの女に斬られれば……うひひひ、ねえ知っています? わたしを殺すとお父様が怒って相手を地獄に堕とすんです。うひひひ、もうそれしかない……」
女神がだんだん壊れ始めてきた。
俺は思い切って聞いてみた。
「マルタ、お前、この前の聖剣を持っていた若い女の顔、見たよな」
マルタはこともなげに答えた。
「セシル様に似ていたな。ちょっと顔が険しかったけど」
やっぱりマルタもそう思っていたか。俺はマルタに否定してもらいたかったが、甘かったようだ。
「お前もそう思ったか……」
「セシル様って、あなたの主君だったルスラン様の御息女のことでしょ。あの聖剣の女性がセシル様だってこと?」
バーラのその言葉に、俺もマルタも黙ってしまった。
セシル様が生きていてくれたら嬉しい。でも、王族を殺しまわる『聖剣の勇者』がセシル様だとしたら、いったい何が起きているのか。
「まあ、面影が似ているかなってだけだ。なにしろセシル様を俺が最後に見たのは五歳くらいの時だったからな。何とも言えねえ」
「ではなおさらミディアナ王国に行って、エドガー様という方にセシル様のことを聞かなくてはなりませんね。フレイヤ、あなたも行きますか」
バーラの言うとおりだ。やるべきことは決まっている。悩んでいても仕方がねえ。
「ひょっとして、あの聖剣の女はミランさんの大切な方なんですか?」
フレイヤがきょとんとした顔で言う。
「ああ、似ているんだ。俺達の仕えていた第三皇子ルスラン様の御令嬢に」
「あ~道理で高貴な感じがしたんですね~。でも、禍々しい感じもしましたね」
「確かに返り血で、血だらけだったからな」
フレイヤは明確に俺の言ったことを否定した。
「そういうことじゃありません。あの女……御令嬢? ですか。呪われていますね、それも結構強い呪いに」
俺はフレイヤの言っていることが分からなかった。
「そうですか、ミランさん達の大切な方の御令嬢なんですね。その様子だと、命を懸けても足りないくらい大切だと」
「セシル様だったらな。俺がルスラン様に守るよう頼まれたのに、守れなかった人だ」
俺の言葉を聞いて、マルタも唇を嚙んだ。
「分かりました。わたし、ちょっと心当たりを当たってみます。これからわたしは別行動でいきます」
マルタが呆れ顔で言う。
「おい女神様よう、セシル様を心配してくれるのはありがたいけど、あんた独りで大丈夫なのかよ」
フレイヤは貧相な笑いをしながら言った。
「えへへ。ねえ知っています? 女神ってなかなか死なないんですよ」
この前限りなく姿が薄くなったくせに、よく言うよと俺は思った。




