38.馬鹿女神
ベルガリウム国王が何者かによって殺された。
しかも三万の軍勢の守る真ん中で。
突然やって来た『聖剣の勇者』と名乗る女は、国王の首を斬ると、行き掛けの駄賃とばかりに周囲の将校を斬り殺し、逃走した。
軍は大混乱になった。
しばらく俺達は、犯人捜しのために移動することを禁じられた。しかしあまりにも多くの人間が犯人を目撃していたこともあり、俺達の中に犯人がいないということはすぐに分かった。デーフィエンテ部隊は少々の褒美をもらって帰国することを許された。
そこでデーフィエンテ部隊はゴトフ兵長に任せて帰国させ、俺はバーラとマルタとともにエドガーに会いに行くことにした。エドガーは逃げる時にセシル様を最後まで護衛していた男だ。エドガーならセシル様のことを知っているかもしれない。それにソフィのことも。
もともとマルタとエドガーは馬が合わないらしく、昔は口もきかない仲だった。気を遣ってマルタに聞いてみると、俺が行くなら一緒に行くという。
俺はフレイヤにも聞いてみた。
「お前はどうするんだ、女神様。レバンタイン王国に帰りたいなら、便宜を図ってもらえるようにユーグとマディアに手紙を書いてやるぜ」
ここのところ、フレイヤは元気がない。
俺が軽口を言っても、えへへへと、いつもの愛想笑いをするだけだ。
或る夜、兵舎の奥の薄暗いローソクの明かりを前にして、珍しくフレイヤが神妙な面持ちで言った。
「あの……ミランさん、マルタさん……それにバーラさん、相談したいことがあります」
ローソクの明かりに照らされた聖衣の女神を見て、俺はこいつはこんなに美しかったのかと驚いた。
「あの王様殺しの女性が持っていた剣ですが、あれは父がわたしに持たせた聖剣です」
俺は、セシル様とよく似た顔の女を思い返した。
「あの聖剣には強大な力があります。剣の腕が立つだけではだめなのです。勇者にふさわしい気高く誇り高い精神の持ち主でないと、聖剣の強さに飲み込まれてしまうのです。飲み込まれた人間は、ただ聖剣の強さを、自分の強さを示したい闇に堕ち、王族などの地位が高い者を殺して回ることになるのです」
俺はフレイヤに聞いた。
「じゃあ、エーデルファウスの国王なんかを殺したのもそいつか」
「……たぶん。わたしもよく分かりませんが、突然王族が剣で殺されたのなら、その可能性が高いと思います」
「可能性が高いって、お前があいつに聖剣とやらを与えたんじゃないのか?」
「違うんです~! 信じてください、違うんです~!」
フレイヤはそう言って泣きながら俺の体に抱き着いてきたが、バーラに引きはがされた。
「わたし、天界からこの世界に来た時、女神であるわたしが言えば、人間はすべて素直に言うことを聞いてくれるものだと思っていました」
フレイヤはすすり泣きながら話した。
「でも、街を行く人は、わたしの言うことなんて誰も聞いてくれませんでした。わたし女神なのに! 聞いてくれないどころの騒ぎではありません、変人でも見るような目で見られました! こんな屈辱初めてでした!」
「お前なんて言ったんだ?」
「王族ではなく、選挙で選ばれた人がこの国の指導者であるべきだって言いました」
「街中で突然そんなことを言い出す奴がいたら、まあ、どう考えてもちょっと変わった奴か、危ない奴だよなあ」
「そんなことはありません! 賢者がそう言っていたのです! 賢者は絶対です!」
「まあいいや。それでどうしたんだ?」
「天界と違って、この世界にいると何故かわたしもお腹が空くのです。でも、聖剣以外天界から何も持って来なかったわたしは、食べるものもなく、住むところもなく、貧しさのどん底まで落ちることになりました。ねえ、知っていますか? タンポポって美味しいんですよ」
俺は山菜を散々食べたことはあるが、タンポポはまだ食べたことがない。こいつはどんな暮らしをしていたんだ。
「わたしは貧しさに負け、あろうことか父から預かった聖剣を質に入れてしまったのです」
俺は愕然とした。
この世にもたらされる聖剣って、剣術をやるものすべての憧れだ。それをよりによって女神が質に入れただと?
「わたしは悪くありません! 貧しさが悪いんです! わたしを貧しくさせた世間が悪いんです!」
とてもじゃないが、女神様が言う言葉とは思えねえ。酒場で管巻いているおっさんの言うセリフだ。ナントカ枯れすすきか!
「わたしは努力していますよ! 必死に働いて、マッチ売りまでして! トイレでお尻を拭く紙だって最小限にして、お金を貯めて聖剣を買い戻そうとしたんです! ……でも、全然お金が貯まらなくて。ついには女神なのに、『ビリケン様』という訳の分からない神様に仕える巫女にまで身をやつしてしまいました……」
俺は聞かなきゃいいのに聞いてしまった。
「……それで、お前……聖剣をいくらで質に入れたんだ……」
「さ、三万ゼニーです」
俺は絶句した。こいつは馬鹿だ。正真正銘の馬鹿女神だ。
俺のボワロの店での皿洗いのバイト代だって、一か月八万ゼニーだった。聖剣をそんなはした金で売るなんて考えられない。
「そんな目で見ないでください! あなたは三日間水だけ飲んで過ごしたことがありますか! 浮浪者と一緒に女神のこのわたしが、お店の裏の残飯を漁った屈辱がどれほどのことか分かりますか! それでもこの女神のわたしの誇りは奪われませんでした! 質屋のおじさんに、一晩一緒に過ごしたら五万ゼニーで聖剣を買い取ってあげると言われましたが、さんざん悩んだ挙句断りました! この女神の清い心を称えなさい!」
さんざん悩んだって……こいつ六万ゼニーだったら質屋の親父の誘いに乗っていたな……。
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