36.坑道のカナリヤ
「ミディアナ軍は絶対に山道を通ってくる。備えたほうがいい」
俺はあまりにも無警戒にアクレイア街道を西進するベルガリウム王国軍に呆れて、つい言ってしまった。ならず者の二百人規模の隊長(兵達はバーラを隊長と思っていたが)という気安さから出た、明らかに軽率な発言だった。
「確かにミラン殿の言われることも一理ありますな。我々はアクレイア街道での決戦に気を取られ過ぎているのかもしれません」
俺の発言なんて、一笑に付されるものと思っていた。しかし、寄せ集め部隊を率いていたペンタヌス伯爵は、律儀にも軍の本部に具申に行ってしまった。
その答えが酷かった。
『デーフィエンテ部隊に与力百名をつける。エーデル山地の山道を突出し、敵索せよ』
つまり、本隊が行くアクレイア街道と並行する山道をミディアナ方面に進み、敵が来ていないかその身をもって索敵しろということだ。さながら坑道のカナリヤだ。俺達がやられることで敵の存在を知らせる役目だ。
『なお、敵と遭遇した場合は全力で援軍到着まで押しとどめること』
そんな念押しの命令までついてきた。逃げたら承知しねえということだ。
他国からの小規模の援軍など、最前線には出されないものとタカをくくっていた。俺ならそうしないというだけで、この軍の奴らがそう考えないという訳じゃねえ。完全に俺の油断が招いた事態だ。打ちひしがれる俺をよそに、フレイヤは嬉しそうだ。
「わたしは山の中の方が好きです。精霊がたくさんいます!」
こいつは事態が全く分かっていない。
山の中で幕営し、朝起きてみると俺達についてきた与力百名はほとんどいなくなっていた。もともと名を上げたり、一獲千金を夢見た勇者もどきや剣士などの寄せ集めだ。危険な割に功の少ないこのお役目は割に合わねえ。逃げ出して正解だ。
俺も逃げ出したかったが、五名の監視兼伝令役の騎士が見張っていた。そいつらを縄で縛って逃げだしても良かったが、あまりにも露骨すぎるとマディアに迷惑がかかる。
ベルガリウムの奴らは知らないのだろうが、この山道はもう少し先で広くなる。五千くらいの精鋭なら十分に軍を送ることが出来る。特にエドガーはこういう奇襲じみたのが大好きだ。奴は必ずこの山道を使うはずだ。
俺はマルタと山道を先に進み、偵察に出た。
山道が広くなったあたりから先に進むと、ビンビンとやばい雰囲気を感じる。絶対にミディアナの偵察兵がこっちをどこかから観察しているはずだ。
「ヤバいっスね。どうします? 俺と兄貴で突撃します?」
マルタが楽しそうに聞いてくる。
こいつは昔からこうだ。危険であればあるほど楽しそうにする。
「俺はエドガーと話しに来たんだ。出来れば戦いたくねえ」
俺はそう言ったが、バーラ達と借りてきた兵達の命も守らなきゃならねえ。恐らくエドガーのことだ、この山道を来るのは精鋭の中の精鋭だろう。たった二百のならず者上がりの兵では敵うはずがない。
偵察兵がこちらを見ている状況を、俺は逆手に取ることにした。山道の真ん中に生えていた大木の樹皮を聖剣で削ると、そこらにあった燃えカスの木の炭で大書した。
俺は、エドガーの偵察兵が優秀であることに賭けた。




