34.援軍
「まあ、これが俺の正体と、ソフィにつての話だ。酷い話だろ、幻滅したか? 後から聞いた話じゃカストラ様は、俺が起こした王宮の火災に巻き込まれて死んだらしい。俺は国王殺しの大罪人で、主君の最後の願いすら叶えられない大馬鹿だってことだ」
夫はいつの間にか、ワインを一本空けていた。
「こんな男と仮初でも夫婦なんて嫌になっただろ。俺なんかと一緒にいないでユーグのところにでも行った方がいい。あいつは馬鹿だが誠実な男だ」
そう言って夫は悲しそうに笑った。この人はよくこんなふうに笑う。しょうがない人だ。こんなにも自分のことを赤裸々に教えてくれて、嬉しいと思わない女がいるとでも思っているのだろうか。
「わたし決めましたわ」
夫が怪訝な顔でわたしを見る。
「決めたって何だよ。ユーグのところに行くってか?」
「相変わらずあなたは馬鹿なのね。わたしもあなたと一緒にベルガリウム王国に参ります。こんなどうしようもない夫を独りにはしておけませんわ」
「おい、舞踏会に行くのと訳が違うんだぞ。戦争だぞ、ドレスを着て行けるところじゃないんだよ」
「甲冑でもなんでも着ればよいのですね。わたしはもう行くと決めてしまいましたわ。簡単な話です。何かあったらあなたがわたしを守りなさい。夫として妻を守るのは当然ですわ」
夫があまりにもあっけにとられた顔をしていたので、わたしは思わず笑ってしまった。
☆ ☆ ☆
今回は気楽なお仕事のはずだ。
援軍を率いて行けば、難民対策で固く閉ざされているベルガリウムとの国境を堂々と通過でき、おまけにミディアナ近くまで行けるだろう。
二百という兵の数もいい。デーフィエンテという国家とも言えないところからの援軍二百なんて、重要な場所には配置されないに決まっている。戦乱のどさくさに紛れて解散し、俺達はミディアナに行けばいい。マディアも了解済みだ。
俺はそんなふうに考えていた。今から考えれば明らかに油断していた。
「隊長、そろそろ休憩にしませんか!」
マディアから貸してもらった兵二百の兵長、ゴトフがバーラに尋ねる。
「良いでしょう。紅茶を用意しなさい」
何故か兵達はバーラを隊長と呼んで従っていた。俺はバーラの従者か何かのような扱いだった。
「全員休憩!」
副隊長格のマルタがそう言うと、兵達が行進を止めた。
ならず者上がりの兵隊など、統率がとれるのかと俺は危惧していた。しかし兵達のマルタへの人気と信頼は凄まじく、一応軍隊のような体にはなっていた。
バーラはドレスこそ着てこなかったものの、さすがに甲冑は重かったようで軍服を着ていた。それもマディアが気を遣って急遽特注で作らせた真っ白な生地に金糸で模様が入れられた軍服だ。これじゃどう見ても尊過ぎる。兵達が自分達の長として仰ぐのも無理はない。
ちなみにデーフィエンテはかつて王都だったこともあり、このような服飾の産業は僅かに残っていた。住民を犯罪稼業から足を洗わせるには、食っていける産業が必要だ。俺はセルベス王国のクレメンティーヌ姐さん宛に、便宜を図ってくれるよう頼んだ手紙をマディアに渡してきた。
そんな手紙を書いたのにはもう一つ理由がある。こいつにまで豪華な服をマディアが用意してくれたからだ。
高級な白い生地に黄金の十字架が描かれ、所々真っ青な縁取りがされた聖衣を着たフレイヤは、女神として神々しいばかりだった。
「我が兵に、女神の祝福を与えます」
馬子にも衣裳とはよく言ったものだ。最高位の神官かと思わせるような服を着たフレイヤは、いつもの猫背ではなく、背筋を伸ばし、静かに微笑んでいた。
「女神様万歳!」
兵達の士気はバーラの尊さ、マルタの強さ、フレイヤの神々しさで最高に高かった。
俺はすみっこで紅茶の入ったコップをすすっていた。意外といい組み合わせかもしれない。この時の俺は、そんなことを呑気に思っていた。




