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おっさんの俺が、処刑寸前の王女を嫁に貰ったがどうすればいい!?  作者: 渓夏 酔月
第三章 デーフィエンテの聖女

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33.別れ

 床に血を流して倒れているルスラン様を見た時、俺は頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。気がついたら窓を破って部屋の中に侵入し、レッド二人を斬り殺していた。


 俺はルスラン様を抱きかかえた。


 ルスラン様はまだ息があった。


『妻と娘のことを、君にお願いしてもいいかな』


 俺は命に代えても守ると約束した。


『もうひとつお願いだよ。ミラン、君は死んではだめだ……よ……』


 ルスラン様の最後の言葉は、俺のことを気遣ったものだった。何てことだよ、俺なんかのために最後の言葉を使うだなんて。


 俺はそこからのことは、正直記憶が途切れ途切れだ。


 確か王宮の屋根に這い上がり、侵入者を見張る監視塔に入ったんだ。何年か前の王宮の補修工事をルスラン様が指揮した関係で、俺は王宮の内部は相当詳しくなっていた。監視塔からは王宮が丸見えだった。俺はそこに常備されている火矢を放ち、そこかしこにある王宮の火薬庫めがけて火をつけた。


 あちらこちらで大爆発が起こり、王宮は大混乱になった。


 監視塔から王宮内の動きを見ると、騎士達が玉座の間に集まっていく。この大騒ぎを大規模な反乱と勘違いした近衛騎士団は、王を守るのに適した玉座の間に王を避難させ、近衛騎士団で固めているのだろう。


 俺は王宮の屋根を駆け抜け、玉座の間へと向かった。


 玉座の間は何と言えばよいか、結構大きな体育館のような感じだ。えっ? 玉座の間が体育館の訳がない? 悪かったな、発想が貧困で。他に思い浮かぶものがねえんだよ。


 とにかくその玉座の間の上部にある、弓兵の控える廊下に俺は窓を蹴破って侵入した。一瞬で弓兵達を切り伏せると、俺は監視塔から持って来た火薬に火をつけて、玉座の間に向かっていくつも放り投げた。


 下には玉座に座っているカストラ様を取り囲んで、二百名もの近衛騎士達がひしめいていた。しかし、いくら剣の達人ぞろいと言っても、さすがに火薬の爆発は防ぎ切れねえ。だいぶ吹き飛んだよ。そしてその頃には俺の『浮き技』は、わずかな足掛かりさえあれば高いところでも移動できるくらいには進化させていた。俺は弓兵の廊下から、玉座の間へと走り下った。


 床に降りると一斉に近衛騎士達が襲い掛かって来た。俺は何人か切り伏せると再び壁の突起を使って空中へと逃れた。この突起も壁画に紛れ込ませて補修の時に俺が付けたものだ。空中から飛び降りざまに切り伏せ、動き回ってまた空中に逃れる。


 今思えばよく疲れることもなくあんなに動き回れたものだ。若かったというのもあるが、怒りに我を忘れていたせいだろう。気がつけばほとんどの近衛騎士を切り捨てていた。ただ俺は怒りに我を忘れていても、常に冷静に考えていたことがある。


 近衛騎士団長、エフレム・アバラコフのことだ。


 奴は史上最年少の十七歳で全騎士の頂点、近衛騎士団長になった男だ。それに加えて剣士最強の称号『天位』を持っていた。


 奴は天才だった。


 奴こそ近衛騎士団であり、奴がいるから近衛騎士団は最強だった。


 俺はかつて、奴の剣技を一度だけ見たことがある。ルスラン様にくっついて行った、王宮での戦勝祝いの最中だった。武功を挙げたクルナールという騎士に、酔っぱらっていたオリヴィエ陛下が褒美をとらせようとした。領地でも金でも好きなものを言えと、オリヴィエ陛下はご機嫌だった。驚くことに、クルナールはそんなものよりも、褒美として今ここでエフレムと試合をさせて欲しいと言ったんだ。


 大宴会の最中だぜ。俺はクルナールのことを凄えと思ったよ。


 領地より金より強い奴との試合を望む。多分俺を含めて周りの騎士達はみんな感動していたはずだ。騎士とはかくあるべきだってな。


 えっ? 理解できない? これこそ男のロマンってやつだよ。だから男は馬鹿なんだって? まあ、冷静に考えればそうかもな。


 ちょっと話を戻させてくれ。このクルナールってのはマシュベルっていう小国の皇子だった。サーマイリーからすれば外様の国だ。でも、クルナールは快活な男で面倒見も良かったから、俺の年代の騎士達にとって良い兄貴分的な存在だった。


 それにセンスのいい剣を振るう男だった。


 俺はクルナールはエフレムに敵わないまでも、結構いい勝負をするんじゃないかって期待していた。多分周りもそう思っていたよ。


 試合はエフレムの圧勝だった。クルナールは全く歯が立たない、というか、試合にすらならなかった。格というのか、次元というのか、エフレムの剣技は俺の想像の二枚も三枚も上を行っていた。オーソドックスな剣技にもかかわらず、剣が異次元な方向から出て、しかも威力が半端ねえ。天才って言うのはこういう奴のことを言うのかと思ったよ。


 奴の剣を見て、俺は自分が二流だっていうのを思い知った。俺が戦術家の道に軸足を移したのは、奴の剣を見ちまったことが大きい。剣じゃ敵わないと思ったからだ。


 でも、その時から俺は奴の前では絶対に、自分の剣技を見せないようにした。実力ではエフレムに敵わねえとは言っても、どうしても戦わないといけない時があるかもしれねえ。エフレムが来たからルスラン様を守れませんでしたって訳にはいかないだろ。


 それに奴の威力のある剣に対して、俺の軽いが早い剣は、意外と相性がいいかもしれねえと思った。百回戦って一回勝つくらいの勝機はあると踏んだんだ。


 おいおい、欠伸すんなよ。剣の話はよく分かんないって? 悪かったな。ああ、カストラ様がどうなったかって? そうだよ、俺のねらいはカストラ様だった。


 あの時、俺はエフレムに剣士として勝つのではなく、戦術家として勝とうとしていた。つまり、エフレムとはまともに戦わずに、カストラ様を斬れば俺の勝ちという訳だ。


 エフレムはぴったりとカストラ様の傍を離れなかった。奴が傍にいる限り、カストラ様を殺すことは限りなく困難だ。俺はエフレムの周りの騎士を削りまくった。怒ってエフレムがカストラ様から離れるのを狙っていたんだ。


 さすがと言うべきか、エフレムは同僚が斬り殺されているというのに眉一つ動かさなかった。奴は戦況が不利と悟ると、カストラ様を連れて玉座の間から逃げやがった。奴は剣士のくせにこういうことが出来る奴だった。仲間の仇とか恥だとかは関係なく、負ける戦いは徹底的にしないタイプだ。


 玉座の裏の扉は石造りの厄介な代物だ。一度閉まったら玉座の間の方から開けることは出来ねえ。なにしろその仕掛けを提案した俺が言うんだから間違いねえ。


 その扉が閉まり、カストラ様を討つことが不可能になってからようやく俺は気がついた。俺が本当は何をするべきだったのかを。本当に俺は大馬鹿だ。


 俺は王宮から逃げ出すと、ルスラン様の屋敷めがけて走った。着いた頃には屋敷は、手の付けられないほどの炎に包まれていた。後で聞いたところでは、奥様のベルティーユ様とセシルお嬢様を逃すために、屋敷に来た王国兵をグスタフの爺さんが一人で足止めしたらしい。壮絶な最後だったそうだ。さすがだよ。


 俺は屋敷の周りにいた近所の人達から、エドガーが馬車に乗ったベルティーユ様とセシルお嬢様、それにソフィを護衛して逃げたことを知った。


 ああ、そうだったな。わかったよ、ごまかさないって、ちゃんと話すよ。ソフィは俺が生涯でただ一人心の底から愛した女性だ。俺はルスラン様の仕事の関係で、よく兵部省に出入りしていた。俺は兵部省の図書館がお気に入りで、よく昔の戦記を読み漁っていた。そこで出会ったのが、文部省で戦記の編纂をしていたソフィだった。


 ソフィは俺とは違って伯爵家の令嬢だったが、仕事がしたいと言って文部省に勤めていた。図書館で何回も会って話すうちに俺達は恋仲になった。今にして思えば俺は何てことをしちまったのだろう。一緒にいたいからと言って、ルスラン様の屋敷でソフィと一緒に暮らすことにしたんだ。こんなことさえしなかったら、ソフィはまだ無事で生きていただろう。


 優しく快活なソフィはルスラン様はもちろん、屋敷のみんなともすぐに馴染んだ。変わり者のスーラですらソフィの言うことはよく聞いた。俺はあの時あの場所で幸せだったんだ。俺はソフィを愛していたし、ソフィもまた俺のことを愛してくれていた。


 だが俺がソフィ達の逃げて行ったという方角に馬を走らせると、そこにはめちゃくちゃに爆破された馬車が転がっていた。第三皇子の紋章がついた馬車だった。近衛騎士団の騎士達が現場を検分している最中だった。俺はそいつらに飛び掛かった。


 近衛騎士達を切り捨てた後、最初に見つけたのはベルティーユ様の頭だった。他にも子供の手首も見つけた。女の足首もだ。あとは肉片がごっちゃになっていて、何が誰の遺体かなんて分からなかった。俺は血の海の中で血だらけになりながら、それでも肉片を探し回った。


 ソフィのお腹の中には俺達の子供がいたんだ。お腹の子供のかけらでもないかと探し回った。恐怖だった。探しているのに見つけたくない。この時のことは今でも夢に見る。


 ベルティーユ様の頭を抱えながら、俺はルスラン様に命じられていた、妻と娘を守るという最後の使命さえ果たすことが出来なかったことを思い知った。俺が怒りに我を忘れて、近衛騎士団を殺すことに夢中になっていたせいだった。それにソフィとお腹の子供まで巻き添えにしてしまった。


 俺は自分で自分が嫌になった。


 遠くの方で王国兵の叫ぶ声がする。俺はそいつらに突撃して死んでしまおうかとも思ったが、ルスラン様は俺に死ぬなと言った。ルスラン様がよりによって最後に言ってくれた言葉を、俺は無視することは出来なかった。


 俺は王都を離れ、流れに流れてバーラ、お前の国、エーデルファウス王国のヒーゼル山脈の麓、アズミー村で水晶採りをしてひっそり暮らすことにした。そこで気づけば二十年もうじうじ過ごしていたのさ。




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