29.神の思し召し
俺はマディアからあてがわれた部屋で、頭をさすりながら言った。
「おい、お前本当に女神だったんだな」
「本当にって、今まで信じてくれてなかったんですか!」
すっかり肉を食べて体が元に戻ったフレイヤが、さも意外そうに言った。
「あたりまえだろう。なんで本物の女神様が、『ビリケン様教会』なんかでバイトの巫女なんてやっているんだよ」
「え~、それには聞くも涙、語るも涙のお話がありまして」
「まあ、だいたい想像つくからいいよ」
「えっ! わたしの壮絶な苦労話が今の一言で終わりですか!」
「そんなことよりお前、王都で何やってたんだよ」
「はあ、今となってはお恥ずかしい話なんですが、わたしはこの世界を救う勇者に授けるために、聖剣を父から預かってまいりました」
「聖剣って……これか?」
俺は自分の腰に差した剣を指し示した。
フレイヤは俺の剣をチラと見て、首を振った。
「そんな骨董品の何百年も前の使用済みのものと一緒にしないでください。ちゃんと父から預かった新品です」
俺は別に聖剣を引き抜きたくて抜いたわけではなかったが、さすがに今の言葉にはムカついた。
「いろいろあって聖剣を失ったわたしは、聖剣も勇者もなしにこの世界を救わなくてはならなくなりました」
「お前、今聖剣を失ったってさらっと言ったけど、それとんでもなくないか?」
「え~質問は現在受け付けておりません。話が脱線するので先に進めさせていただきます。それでわたしはかつて天界にいた、賢者の言葉を思い出したのです。その賢者は言いました。
『王が治める国は真の民の国ではない。民が選挙で選んだ指導者の治める国こそ、真の民の国だ。未来はきっとそうなる』
わたしはその時感銘を受けたのです」
「それで選挙なんてやろうとしたのか」
「そうです。天界の賢者の言うことに間違いはありません」
俺は呆れた。女神っていうのは馬鹿なのか。確かに賢者の言うことには一理あるかもしれねえが、時と場合ってものがある。
「大司教様も司教様からの選挙で選ばれるけれど、実際には買収や脅迫なども多いと聞くわ。司教様ですらそうなのに、学問もない一般民衆まで選挙に参加させるなど、まともな候補者を選ぶことが出来るとは思いませんわ」
バーラがもっともなことを言う。
「……まあ、大半の民衆はマディアさんが当選すれば、税金が無くなってお金がたくさん配られると勘違いしていました。バーラさんのおっしゃるとおりかもしれません」
「選挙の前に、まずは教育の仕組みを整えることが先決ですわね。口先だけに惑わされず、より良い候補者を選ぶ目を、国民一人一人が教育によって得られてから行う選挙は、きっと神の御意思にかなうものになると思いますわ」
俺はバーラって凄いなと思った。これが受けた教育の差か。
「……わたしは自分の浅はかな考えで、マディアに本当に辛い思いをさせてしまいました。本当の害悪とは、わたしのことかもしれません……」
そう言って、女神様は項垂れた。
そんな悲しそうな顔をしないでくれと、俺は思った。
女神様にそんな顔をさせる世界なんて、ろくなもんじゃねえ。
俺達が黙り込んでいると、部屋の扉が開いてマディアとマルタが入って来た。
「皆様には、本当にお世話になりました。感謝の言葉もありません」
そう言ってマディアが深く頭を下げる。
「兄貴はマディア様がセシル様だって噂を確かめに来たんだよなあ。ごめんな、あれ、俺が流したんだ」
屈託なくそう言って笑うマルタを、俺はぶん殴りそうになった。
「いやあ、こんな噂でも流しておけば、昔の仲間がやって来てくれないかな~なんて思って流したら、ダボハゼみたいに食いついてきたのが兄貴だなんて、流した甲斐があったぜ」
マルタをぶん殴ろうと立ち上がりかけた俺は、椅子を持ち上げる気配を見せたバーラを見て座り直した。また椅子で殴られたらたまったものじゃない。
「ミラン様は亡き第三皇子、ルスラン様の遺児であるセシル様をお探しなのですね」
マディアが俺にそう言った。まるで手掛かりを知っているかのような口ぶりだ。
「あんた、何か知っているのかよ」
「いえ、残念ながら知っているなどというほどの情報は持っていません。ただ、最近、隣国ベルガリウム王国が西のミディアナ王国に侵攻して敗れ、逆に侵攻の危機にさらされているのです。このデーフィエンテは、名目上はまだベルガリウムの一部という扱いになっているため、対ミディアナに備え、援軍を送るように要請されています。そのやり取りの中で明らかになったことがあるのです」
俺は突っ立っているマルタの顔を見た。
「兄貴、そのミディアナ王国の国王が、誰だか知っているか」
そう言ったマルタの顔は不機嫌そうに見えた。
「エドガー・マーリントン。兄貴のマブダチだよ。あいつがセシル様を保護しているって噂だよ」
俺は頭の中が真っ白になった。
エドガーは、燃え盛る屋敷からベルティーユ様とセシル様、それにソフィが脱出した時に手を貸してくれた男だ。
あいつが生きているなら、セシル様が生きていてもおかしくはない。
そしてセシル様が生きているならソフィだって……。
俺はデーフィエンテの兵二百を率いて、ベルガリウム王国に行くことにした。




