28.女神フレイヤ
多くの遺体や体の一部が飛び散らかる凄惨な会場を、破れた窓から静かな日差しが照らしている。
そこにはただ、聖女マディアの嗚咽だけが聞こえていた。
「いや~、久しぶりっスね、ミランの兄貴。今までどこ行っていたんスか?」
マルタが屈託のない笑顔で、俺にそう言った。
「静かにしろマルタ! 相変わらず空気読めない奴だな」
この馬鹿大女は相変わらずだった。全く成長していない。
血と肉が散らばる中を、フレイヤが床にへたりこんでいるマディアのもとへ行くと、優しく抱きしめた。
「……女神フレイヤ様。こんな罪深いわたしに、最後に弟に会わせていただきありがとうございました。わたしはあなたを殺そうとしました。どんな罰でも受けるつもりです」
フレイヤが、優しい目でマディアを見つめる。
「聖女マディア。あなたはジャルナの想いに応える義務があります。ジャルナはあなたに何と言いましたか」
マディアがうつむいて言う。
「もうわたしは聖女でも何でもありません。わたしの手は血だらけです。あまりにも多くの命を奪い過ぎました。この有様をご覧ください。地獄のようです。この地獄の主こそわたしなのです」
フレイヤが立ち上がり、マディアに言った。
「ならばわたしがその罪を赦しましょう。聖女マディアよ、うずくまっている暇はありません。前に進むのです」
両手を広げたフレイヤから、白い光の粒がほとばしる。
俺はあまりの眩しさに、目を開けていられない。
再び俺が目を開けると、そこには何事もなかったかのように、人々が宴を楽しんでいた。
「ああ、マディア様だ!」
「マディア様がお出ましになられたぞ!」
突然のマディアの出現に、ボス達が声を上げる。こいつらはさっき起こったことの記憶がないようだ。
「マディア様、二度と逆らうようなことは致しません。命を奪わずにおいてくださること、感謝いたします」
そう言ってマディアに頭を下げたのは、葬式のような顔をしていた親玉の一人だった。
呆然と立ち尽くすマディアに向かって、女神フレイヤが言う。
「聖女マディアよ。あなたなら大丈夫です。ジャルナが見守っていることを忘れないでください」
そう言うと、フレイヤの姿が徐々に薄くなっていった。
「女神フレイヤ様!」
マディアがフレイヤに縋りつく。
「わたしはどうやら力を使い過ぎたようです。わたしも天に戻る時が来たようです」
「女神フレイヤ様! 行かないでください。せめてあなただけはこの世にいてください! わたし達を導いてください!」
フレイヤが優しく微笑む。
「すでに道は指し示しました。あとは人である、あなた達次第です。天なる父も、あなた達に期待しています」
どんどんとフレイヤの影が薄くなる。
マディアがフレイヤの体に必死に縋りつく。
「フレイヤ様! そんな! 行かないでください!」
フレイヤが両手を広げ、空を見上げる。
「あなたを祝福します。聖女マディアよ」
そう言って、両手を広げたままフレイヤは、どんどん薄くなっていったが、あるところから全く姿が薄くならなくなった。
「え~、こほん。力を使い切ったと思ったら、ちょっと残っちゃったみたいですね。えへへ、直前にモリモリ食べたローストビーフのお陰ですかね~」
そう言ってフレイヤは、バツが悪そうに苦笑いした。
俺はフレイヤの首根っこを捕まえて言った。
「おいフレイヤ。どうしたらこの姿が元に戻るんだ」
「え~と、食べ物ですね、特にお肉なんかを食べると力が元に戻ります」
俺はテーブルの上にあったステーキがてんこ盛りになった皿を持ってくると、フレイヤの前に置いた。
「これでも食えよ」
「はわわわ! 凄く美味しそうなステーキです!!!」
半透明の透け透けフレイヤがステーキにむしゃぶりつく。微妙に食べたものが胃に入って行くのが見えて面白い。
「おいフレイヤ。おまえ胃の中まで透けて見えてるぞ。よく見たら服も透けておっぱい……」
俺はバーラに椅子でしこたま殴られて、気を失った。




