25.聖女
「先生! お疲れ様です!」
ギュンターの手下どもが俺に頭を下げる。
俺はギュンターの客人扱いということになり、『先生』と手下どもから呼ばれていた。まるで用心棒のようだ。
「姐御! お疲れ様です!」
「あなた達もお勤めご苦労様です。しっかり励みなさい」
「「「はい!!!」」」
バーラは何故かこの犯罪者集団に馴染み、手下どもから絶大な人気を集めていた。さすがは王女と言うべきか、華のある高貴な振舞いに、手下の男どもは心酔していた。
最初、バーラから自分が囮になって誘拐されることを提案された時は、なるほどと思った。そうすれば、すぐにどこかの犯罪組織と接触でき、その親玉の居場所も分かるだろう。ただ実際にやってみて、自分があまりにも動揺したことに驚いた。もうこういうのは止めにしよう。
「いやあ旦那が羨ましい。あのような別嬪が奥様とは、男冥利に尽きますな。ぜひあやかりたいものだ」
「そんなことはどうでもいい。『デーフィエンテの聖女』と言われているマディアについて教えて欲しい」
「そんなことで良ければいくらでも話してやるぜ。このデーフィエンテがサーマイリー王国の王都だったことは旦那も知っているだろ。その国王カストラ様が暗殺されたことで、サーマイリー王国は崩壊。その後、この王都では貴族達による血で血を洗う争いが繰り広げられた。何て言ったってデーフィエンテは古来からの世界の中心、ここを支配した者が即ちアルスベールの覇者ってわけだからな」
俺は何とも言えない気持ちでギュンターの話を聞く。
サーマイリー王国崩壊の立役者の一人は、間違いなく俺だ。
「その争いはすさまじく、三千年の古都と言われたデーフィエンテの街並みは、見る影もなく破壊されちまった。そこに火事場泥棒よろしく、当時出来たばっかりの西のベルガリウム王国が攻め込んで来て、あっという間にデーフィエンテを占領したってわけだ」
ベルガリウムというのは、もともと西の都市の名前だったはずだ。
「ところが、その際にどこからともなく女神様が現れ、廃墟となったデーフィエンテを虹で包み込んで見せたから大変だ。どびっくりしたベルガリウムのストア王は女神様に平伏し、自分をデーフィエンテの支配者として認めて欲しいと言った。女神様のお墨付きがあれば、この世界の覇者確定と思ったんだろう。ところが女神様はこう言った。平民から貴族まで、等しく一票を投じる選挙で選ばれた者こそ、このデーフィエンテの支配者であり、アルスベールの真の覇者にふさわしいと」
後ろで聞いていたフレイヤが、何故か目をつぶって俯いた。
「当然ストア王は、選挙をしたところで自分が圧勝するものと思っていた。それで、女神様の提案をノリノリで飲んだのさ。まあ、あの時は誰もがストア王が、順当に選挙に勝つだろうと思っていたよ。それが負けたんだよ。しかも圧敗だった」
「勝ったのがマディアという訳か」
「そうなんだよ! もともとは泡沫候補のひとりだった。年は十五、六歳だったかな。その美貌と清純さも相まって、マディアはたちまち民衆から大人気になっちまった」
十年前に十五か十六歳ということは、セシル様と年齢も合う。
「確かに平民出身で清純そうなマディアだったが、人気の理由はそれだけじゃなかった。マディアの街頭での演説が、民衆の心を鷲掴みにしちまったのさ」
『人は、神のもとで平等である』
『本来平等である我々が困窮しているのは、貴族達に搾取されているからに他ならない』
『我々が空腹で寝られない夜に、貴族達はパーティーを楽しんでいる』
『我々は虐げられている。貴族達が搾取した富を取り返す権利が我々にはある』
『今こそ貴族から富を奪い返し、平民に等しく分け与えることで困窮から脱出しよう』
『貴族の支配はいらない。平民が自分達のことを自分達で決める。これは神から与えられた当然の権利である』
「あの時は凄かったね。マディアに熱狂した民衆が、日に日に膨れ上がってもの凄い数だった。民衆の圧倒的支持を集めたマディアは、いつしか『デーフィエンテの聖女』と言われていた。民衆を煽る才能がマディアにはある。いま自分達が苦しいのはすべて貴族階級のせいっていう、分かり易い主張が民衆にウケたんだ。おまけにマディアを女神様も応援したものだから、民衆のマディア人気は凄まじいものになったのさ」
フレイヤが頭を抱え、虚ろになった目が泳いでいる。
「当然選挙に敗れたストア王は、マディアを殺そうとした。しかし、先に動いたのはマディアだった。何と当選した夜に、すぐさまストア王を殺しちまった。マディアはいつだって決断が速いんだ。すると、ベルガリウム軍はしっぽを巻いて本国に撤退した。てっきり俺達は、これでデーフィエンテにも平和が訪れると思ったよ。でも、そこからデーフィエンテの本当の地獄が始まったのさ」
「本当の地獄?」
「考えても見ろよ、旦那。もともといた貴族達がストア王に殺され、ベルガリウム軍が撤退したってことは、治安を維持できる者がデーフィエンテから誰もいなくなったってことだ。デーフィエンテは無法地帯になった。腕っぷしの強い者が金のある奴らから奪い、女を犯した。力のない民衆は、いったいどうすると思う、旦那?」
「お前達を頼ったってことか」
「その通り! 民衆どもは俺達みたいな、それぞれの地区に縄張りをもつ悪党どもに救いを求めた。俺達は暴力を提供して民衆を守る代わりに、民衆を働かせて金を巻き上げた。働くって言ってもまともな仕事じゃねえ、旅行者や商人の誘拐、人身売買、麻薬の取引だ」
俺は、暗燦たる気持ちになった。
「そして俺達みたいな悪党どもが、抗争を繰り返した。抗争には金が要る。デーフィエンテに入って来た奴を、俺達は片っ端から誘拐して身代金を巻き上げた。するとどうなると思う? ただでさえ廃墟みてえになったデーフィエンテに、誘拐を恐れて商人は愚か、誰一人来なくなっちまった。それじゃまったく物資が入って来ねえ。デーフィエンテの民衆は困窮の極致に晒されたんだ」
バーラの誘拐の手際の良さは、誘拐をさんざんやってきた結果ということか。
「そこでマディアが悪党と組んで始めたのが、住民の密出国ビジネスだ。これが大当たりだった。民衆はこんな悲惨なデーフィエンテから、誰もが逃げ出したかった。しかし、デーフィエンテの周囲の国々は、貧しいデーフィエンテの民衆が流れ込むのを防ぐために国境を固く閉ざしていた。マディアはそこに目を付けたんだ」
ギュンターは、まるで自分のことのように自慢げに話す。
「誘拐や身代金の交渉で培った技術は、すぐに密出国に転用できる。マディアのところには、密出国したい輩が殺到した。これでマディアは莫大な資金を手に入れたんだ。」
「自分の国の民衆が困窮して脱出したいというのを、金をとって密出国させる。凄い聖女様だな」
「凄いのはこれからだぜ、旦那。マディアはその資金力を背景に、仲間だった悪党を殺し、敵対する組織を次々に買収、屈服、崩壊させ、瞬く間にこの悪党どもの犯罪者組織をまとめあげちまったのさ。しかも最近、マディアがとんでもない高報酬で雇った女剣士が、恐ろしいほど強いんだよ。これでどの組織もマディアを殺すことを諦めちまった。そしていよいよ来週の七月十八日に催される宴は、最後まで抵抗していた組織のボスが、皆の前でマディアに忠誠を誓う儀式みたいなもんだ。名実ともに、マディアがデーフィエンテの王様だって宣言する宴って訳さ」
この話をソファに座りながら聞いていたバーラが、つまらなそうに「ふんっ」と言った。
俺はこの話が本当なら、善悪はともかく、マディアという女は相当に頭が良く、組織を率いるカリスマを備えた人物だと思った。
しかしそれだけではない。俺はマディアから、人生に絶望しているような、人間というものに諦めてしまっているような暗闇を感じた。そのマディアがセシル様だったとしたら……いや、俺の今回の目的は、マディアがセシル様なのか確認することだ。セシル様が生きているならそれだけでいい。当初の目的を、俺は自分に言い聞かせた。




