22.挽回のチャンス
異変を察知したボワロと料理人達、外で警備していた騎士達が特別室の中で見たものは、土下座して謝るレバンタイン王国の宰相、ユーグ・バラデュール公爵だった。
「ミラン先輩の奥さんを口説いていたなんて、ごめんなさい。知らなかったんです」
「わたしが魅力的過ぎるのがいけなかったのね。よくあることですのよ。お気になさらないで、バラデュール公爵様」
「……ミ、ミラン先輩。だいぶソフィさんと違いますね……趣味変わりましたか?」
「うるせえ! 余計なお世話だ!」
「そんなことよりあなた、ミランっていうお名前でしたの?」
「……はい。そうです……黙っていて申し訳ありませんでした」
「ふん。まあいいですわ。いずれにしても一国の宰相をこのまま土下座させておくわけにもいきませんわ。バラデュール公爵様、あなたのお屋敷にわたし達を招待してくださらない?」
「奥様、それはもう、喜んで」
俺はボワロの方を少し見て言った。
「俺はバイトがあるから、終わってから行くよ」
「……いや……ポール……ポール様?……こちらは結構ですので、バラデュール公爵様とご一緒に行ってください」
ボワロの親父は、引き攣った笑顔で俺にそう言った。
何でもこのキルケの街は、ユーグの領地だそうだ。それでユーグはボワロのレストランにちょくちょく顔を出していたらしい。おまけに噂で聞いた、マッチ売りのくせにやたら態度がでかい『マッチ売りの女王』を見に行ったところ、ユーグのドンピシャの好み、気の強い女だったという訳だ。
あいつは昔から女の趣味が悪かった。
『自分のことを毛嫌いする気の強い女』が好みだった。
アプローチにアプローチを重ね、相手がだんだん自分のことを好きになってくると急に熱が冷めてしまう。絶対に幸せになれないタイプだ。聞けば今もって独身らしい。一国の宰相だというのに馬鹿な奴だ。
ユーグは自分の屋敷で、俺達に食事を出してくれた。出されたワインはなかなかのものだった。羽振りは良いようだ。何故だかちゃっかりフレイヤまで席に座って飯を貪り食っていたが、今は気にしないことにしよう。
「いや~、ミラン先輩が生きていたってことだけでもめでたいのに、こんなお綺麗な方と結婚までしていたなんて驚きました。いや~乾杯しましょう」
ユーグは勝手に俺のグラスに自分のグラスを当てて、乾杯した。
これで何回目の乾杯か分からねえくらいだ。
「結婚って言っても形式上のものだって言っているだろう。お互い理になると思ったから契約上の結婚だ」
「そうだったのですか? それはいけませんね。女神への冒涜です。結婚には愛が無くてはなりません」
フレイヤが真顔で言いやがる。
「フレイヤさん、先輩はソフィさんのことが忘れられないんですよ。ああ、ソフィさんって優しくて、かわいくて、いつも笑顔で、私にも本当によくしてくれたなあ」
「ソフィって誰ですか? 元カノですか? 気になります。ええ、女神として非常に気になります」
「お前らうるせえ! そんなことはどうでもいい。ユーグ、おまえ宰相なんだろ。他の奴らがどうなっているのか知らねえのか」
ユーグはワインを飲み干して言った。
「それなんですよ、ミラン先輩。かつてのサーマイリー王国の王都、デーフィエンテが今どうなっているか知っています?」
「……知らねえ」
「あの美しい王都は今や荒れに荒れ、犯罪者集団がお互いに抗争を繰り返す無法地帯、魔都と言われています」
俺は自分がかつて過ごしたデーフィエンテが、そんなことになっているなんて信じられなかった。
「その魔都の支配者、『デーフィエンテの聖女』と言われるマディアという女が、実はセシルお嬢様だという噂があるのです」
脳天をかち割られたような衝撃を、俺は受けた。
セシル様は俺が守れなかった、我が主君、ルスラン様の一人娘だった。
生きているのなら……聖女でも犯罪者でも構わない。生きていてくれさえすればいい。
「マディアは非常に用心深く、人前には滅多に姿を現しません。しかし、最近すべての犯罪組織のボスがとうとうマディアに全面降伏し、その忠誠を誓う宴が開かれるというのです。そこには当然マディア本人も出席すると言われています」
「……その宴っていうのはいつだ」
「来週日曜日、七月十八日です。セシル様の顔を知っている者が行けば、マディアがセシル様かどうか分かるはずです」
俺は手に持っていたグラスのワインを飲み干した。
「ああ、俺が行く。その魔都とやらに行って、その女が本当にセシル様かどうか確かめてやる」
俺のかつての過ちは、ひょっとしてまだ挽回できる余地が残っているのだろうか。
ワインの瓶を手に取ると、俺は自分でグラスに注ぎ、それも飲み干した。何とも言えない、苦い味がした。




