20.バイト
「てめえ、ゴラァ! ボケッとしてんじゃねえ! 料理が冷えちまうだろ!」
『ガチャーン』
料理長のボワロがウエイターを怒鳴りつけ、投げた皿が壁に当たって割れた。
俺がバイトしているレストランは、典型的なブラック職場だった。
賄いで飯が食えるバイトとして、レストランは最高だ。かつて貴族の屋敷の調理場で働いていた経験があると言ったら、即採用だった。
かなりの高級レストランだというのに、何故俺がすんなり採用されたのか入ってみてよく分かった。
このレストランのオーナー兼料理長のボワロがパワハラ過ぎて、従業員が次から次に辞めていくからだ。ボワロのパワハラに耐えて残っている従業員達は、これが普通だとばかりにさらに部下にパワハラをする。良くないパワハラ連鎖の職場だった。
「もうやっていられるか!」
皿を投げられたウエイターが、制服を脱ぎ捨てて出て行った。
またひとり辞めやがった。
俺もボワロの野郎にはムカついていたが、月末の給料日までは辞めるわけにはいかねえ。さすがにいつまでも王女にマッチ売りをさせて養ってもらうわけにもいかん。
「おい、ポール! おめえウエイターやれ! ウエイターが足りなくなった!」
(お前のせいだろ!)
俺は心の中で、ボワロに突っ込みを入れた。
このレストランにバイトで入った時は皿洗いだった。
ボワロがパワハラで従業員をやめさせるたびに、俺は皿洗いから芋の皮むき、簡単な仕込みをやらされるようになり、今度は急遽ウエイターをやれときた。
「おい、ボワロの親父! ここは結構偉いさんが来るレストランなんだろ。俺なんかがウエイターやって大丈夫なのかよ」
「ウエイターとは度胸だ。ポール、お前なら務まるはずだ」
ボワロが怒り狂って投げた包丁が、危うく調理人に当たりそうになったのを俺がキャッチして以来、ボワロは俺のことを妙に気に入ったらしい。
「俺は皿洗いとしてこの店に入ったが、ちゃんとウエイターの給料払ってくれるんだろうな」
「ああ、ちゃんとウエイターが出来たらな」
皿洗いとウエイターの給料は天と地ほど違う。俺はさっきの奴が脱いでいったウエイターの制服を着ると、フロアに出た。
初めて客の入っているフロアを見たが、満席で、客はどれも貴族か裕福な商人と言ったところだ。パワハラ野郎ではあるが、ボワロの作る飯は確かに美味かった。皿洗いで客の残した料理を食べてみたが、どれも絶品だった。
出来た料理をテーブルに運び、ちょっとした会話。
ルスラン様のお屋敷でエミリーから教わったことが、こんなところで生きるとは。心から礼を言うぜ、エミリー。
ただ、こんな広いフロアにしてはどう考えてもウエイターが足りねえ。ボワロの野郎が散々辞めさせたからだ。俺は目まぐるしいほどの忙しさだ。さっきの奴は、辞めるタイミングを見計らっていたに違いねえ。
俺があくせく働いていると、急にフロアの雰囲気が変わった。
ボワロの親父が、かしこまって店の入り口に急いでいく。
店に入って来た偉そうな客に、ボワロが笑顔で頭を下げる。
あいつも愛想よく出来るじゃねえかと、悪態の一つでも吐こうかと思っていたその時だった。
「これはこれはバラデュール公爵様、ようこそおいでくださいました。おや、今日はとびきりお綺麗な女性をお連れですね」
ボワロの奴が、ニコニコして席に案内する。
「そうだ、美しいだろうボワロ。今日はこの美しい女性のために、お前が作れる最高の料理を出してくれ。金ならいくらでも払う」
バラデュール公爵と呼ばれた男が連れていたのは、我が妻バーラだった。




