2.地下牢
薄暗く、冷たい地下牢の中で、わたしは考える。
どこで間違えたかを。
幼くして母を亡くしたわたしを、父王はとても愛してくれた。
そんな父も、わたしが十四歳の時に亡くなった。
そしてこのエーデルファウス王国を継いだのが父の弟ローゲ・エーデルファウス。わたしからすれば叔父だ。当初はわたしが十六歳の成人を迎えるまでの代理ということだったが、わたしが成人しても王位を返すことはなかった。
それはいい、わたしは何も不満ではなかった。
誰が王になろうと、国が平和で民が幸せならそれでいい。
父はいつも国民の幸せを願っていた。
一部の貴族はわたしこそが王の正統な血筋であり、王になるべきだと言ってくれた。だがそれはおそらく争いを産む。国民を幸福にするために存在するはずの王族が、争って国民を不幸にする。それは本末転倒だ。
わたしは父からもらった『クットゥ・サーネ』と名付けられたプチ・パレで静かに暮らせればそれでよかった。
母の実家であるバルドナード公爵家がありもしない罪で減封・転封されたのは去年のこと。王族とは言え後ろ盾を失ったわたしの立場は、非常に弱いものとなった。
いままで何かとわたしを支持してくれていた貴族達が、分かり易く離れて行った。
それでもわたしは、王族同士の争いを起こす気にはならなかった。
「プチ・パレを第一王女のアニエスが欲しがっている。譲ってはくれないか。西のオリビア湖のほとりに美しい城がある。代わりにそれを与えるのでどうだろうか」
叔父からのその申し出を、わたしは断固拒否した。
それは当然だ。このプチ・パレは先王たるわたしの父から頂いたものなのだから。これはわたしのものだ。オリビア湖の城は、かつて罪人が幽閉されていたところだ。わたしは決して罪人ではない。
いつの間にかすべてを叔父から取り上げられ、わたしは幽閉されようとしていた。
わたしは家臣達が居並ぶ前で、この恥知らずな要求をした叔父を徹底的に断罪した。
「わたしは王位をあなたにくれてやりましたわ。バルドナード公爵家への行いも目をつむりました。それでもあなたの欲はとどまることを知らず、先王がわたしに与えた住処まで奪おうとする。あなたは恥知らずな欲深い豚ですわ。王たるもの、民に範を示してこそです。あなたは範を示すどころか、この王家の恥さらしと自覚なさい」
叔父は激怒した。でも、わたしは何も間違ったことを言っていない。
数少ないわたしを支持する貴族達からは、叔父に謝罪するように勧められた。わたしは絶対に嫌だった。謝るのは叔父の方だ。
数日後、王国騎士団がプチ・パレに乱入し、わたしを捕えると、この王宮地下の牢獄に入れられた。罪状は、王家に叛逆を企てた国家転覆罪だそうだ。
さっき、裁判官だと名乗る男が来て、わたしに有罪だと言った。国家反逆罪は極刑らしい。
処刑は明日の昼、王宮広場で執り行われるそうだ。
なんだかどうでも良くなった。
どこで間違えたのかを考えていたが、わたしは何も間違えてはいなかった。
間違っているのは叔父達だ。
王宮広場の民衆の前で叔父を断罪し、正々堂々と死んでやる。そんなことを考えていると、典獄がやってきた。
「王女様、聖剣教会大司教様がご面会です」
幼馴染で親友のベストラは、相変わらず騒がしかった。
「何であなたは処刑されるっていうのに、そんなに平然としていられるのよ! 無実の罪よ! 言いがかりよ! 神をも恐れぬ非道な行いよ! 絶対許されるものではないわ!」
ベストラ聖剣教会大司教様は、泣き喚いていた。
「そんなこと言っても今更しょうがないですわ。取り乱したりする方が滑稽というものよ」
「あなた、何でこんな時までそんな感じなの!? わたしは絶対諦めないわ! こんな茶番であなたを失いたくないもの。ねえ、助かるなら少々のことは我慢してもらうけどいい?」
「我慢ってどういうことかしら。あなたのことだから、またろくでもないことを考えているのではなくて」
「ろくでもないって……王女の入れられている牢獄がこんなに狭いなんて知らなかったわ。爆破だけはやめておくわ。あなたもわたしも吹き飛んじゃうものね」
そう言ってベストラは、袖の下に隠した火薬の包みをチラ見せした。
やっぱりろくなことを考えていなかった。
でも、親友がわたしのためにここまで考えてくれていることを、素直に嬉しく思った。
「感謝するわ、ベストラ。あなたに被害が及ばない範囲で何かしてくれるっていうのなら、わたしは何でも我慢できますわ」
「……言ったわね。わたしは聖剣教会大司教よ。この国で一番偉い大司教様よ。わたしの出来るすべてのものを使ってあなたを助け出すわ。待っていて頂戴」
そう言ってベストラは、足早に帰って行った。
ありがとうベストラ。わたしはひとりじゃなかった。
その思いだけで明日の昼、断頭台の上に頭を乗せることが出来る。




