14.水泳
なんだか、やたらフランソワに懐かれた。
「ポールさんの偵察に、ぜひご一緒させてください!」
一度フランソワを連れて偵察に出た際に、いろいろと教えてやった。そうしたら金魚の糞のごとく、俺の後について回るようになった。
正直この隊で偵察が出来るのは、団長のグレゴリーと俺しかいない。他は偵察というよりも、こちらの存在を知らせる宣伝のようなものになってしまう。
遅々とした進みだったが、それでも俺達は両軍に気づかれることなく、開戦前のレバンタイン王国との国境線である、山間を流れるモースリー川近くまでたどり着いた。あとは王女様に水泳を楽しんでいただき、レバンタイン王国側に気づかれることなく入国を果たせば完璧だ。
今にして思えば、俺もここまで無事に来られたことで油断していたと思う。
何故ならどう考えてもレバンタイン軍に捕まるより、エーデルファウス軍に捕まる方がヤバいからだ。
レバンタイン王国にとって、王女は価値のある人質になる。決して殺すことはしないだろう。それに対してエーデルファウス王国からすれば、王女を他国に渡すくらいなら、殺してしまった方が都合が良い。どっちに捕まった方が良いかは明白だ。
油断しきった俺は、フランソワに偵察の講釈まで垂れていた。
「いいか、こういうところで大切なのは、森の雰囲気を感じることだ。いまここで俺達がいる影響で、鳥達がさえずりを控えているのが分かるか?」
「……すいません……全く分かりません」
「一度独りで森の中で酒でも飲んで寝てみるといい。朝起きた時、普通に小鳥のさえずりや、森の音がしているはずだ。それはお前が森と一体となり、森がお前に警戒しなくなったからだ」
「……哲学的過ぎてよく分かりません」
「まあいい。つまり俺が言いたいのは、常に森の雰囲気を感じ、その違和感に気を配れってことだ。ベテランの偵察兵は滅多に姿を見せねえ。でも動物達は分かっている。それを感じろってことだ」
「ポールさん、勉強になります!」
ふと、俺は森のざわめくのを感じた。偵察兵とかではない。もっと大規模なものだ。そしてここでそういうものと言ったら、ひとつしかない。
「フランソワ! 戻るぞ! 王女のいるところまで全速力で戻る。身を隠している余裕はねえ!」
俺は馬を置いていたところまで全速力で走ると、馬に飛び乗った。
遠くの森に、キラキラ光るものが見える。騎兵が構える槍だ。
もたもたしているフランソワには悪かったが、俺は一目散に王女のもとへと馬を駆ける。王女のいる本隊は、呑気に紅茶を楽しんでいた。
「エーデルファウス軍だ! 奴らは恐らく全軍をこっちに投入してきた。狙いは王女の殺害だ。全員全速力でモースリー川を渡河するぞ! さあ、王女様、水泳の時間だ!」
「あら、わたしは水泳は得意ですのよ。ご存じなくて?」
王女は凄え女だ。こんな状況で俺の軽口を返してくるとは。そこそこ名のある騎士でもこうはいかねえ。
俺は王女を前に抱えると、すぐさま馬を走らせた。
矢が雨あられと降り注いでくる。
火薬の臭いがしたかと思ったら、そこかしこで爆発しやがった。
俺がムチムチ女から貸してもらった馬は、火薬の爆発にいちいち動揺しやがる。軍馬としての訓練がまるで出来ちゃいねえ。
「王女様よ、俺にしっかりつかまっていろよ」
「信じていますわよ。我が旦那様」
俺は小高くなった所から、一気に川に向かって馬ごと飛び降りた。
馬っていうのは意外と泳ぎが得意なものだが、山間を流れるこの川は少々流れがきつ過ぎた。流されていく馬から離れ、俺は王女を抱えたまま必死に泳ぐ。王女のドレスが水を吸って重くなる。
こういう時は、溺れそうになった奴がパニックになって相手にしがみつき、共倒れしちまうことがよくある。でも王女は真っ青な顔になりながらも、そんなことはしなかった。俺はこの王女を、少し見くびり過ぎていたようだ。
王女を抱えて流れの中でもがいていた俺は、下流に川から大岩が顔を出しているのに気がついた。流れが急すぎて回避は不可能だった。俺は王女をかばって背中から大岩にぶち当たった。背骨が軋む感覚がする。俺は気を失った。




