11.バラデュール公
レバンタイン王国は、かつてアルスべールほぼ全土を制していたサーマイリー王国が崩壊した際に生まれた王国であった。
国土はそれほど広くはないものの、交易の盛んな街道の交わる要衝に位置しており、さらにはエーデルファウス王国との国境近くの街、アルーシャに金鉱山を有する豊かな国だった。
そしてこの王国が豊かな理由は、それだけではなかった。
建国以来、宰相としてこの国を率いるユーグ・バラデュール公爵の手腕が素晴らしかった。バラデュール公は、政治、経済だけでなく、軍事にも精通していた。おまけに本人は剣の達人で、『閃光』という二つ名持ちであった。
レバンタイン王国では、かつてのサーマイリー王国の傍流の血筋の王を戴いてはいたが、実質的な王は、誰もがバラデュール公だと思っていた。
どこの国もバラデュール公を恐れて戦争など仕掛けてこなかったのだが、金鉱山に目がくらんだエーデルファウスのローゲ国王が侵攻したのだ。
当初、バラデュール公はこの侵攻を軽く考え、部下の育成のためにと配下の将軍に任せたのだが、思いもかけず長引いた。
そこでバラデュール公自ら戦場に赴き、采配を振るったところ、連戦連勝でエーデルファウス王国軍を駆逐し、現在は大きくエーデルファウス王国領を侵食していた。
もとよりバラデュール公にエーデルファウス王国を攻め滅ぼすつもりなどない。アルーシャ鉱山への緩衝地帯を大きく取れればそれで十分だった。
既に停戦に向けて、エーデルファウス宮廷内の裏工作も完了しつつある。
そんな時だった。
「バラデュール様、王都より知らせが参りました」
野外陣地の帷幕の外から、情報将校の声がする。
「入りなさい」
「はっ」
帷幕の中に入れた情報将校が持って来たのは、驚くべき情報だった。
「ローゲ国王と、その娘二人が暗殺されただと?」
「はい。相当な手練れだったようで、あっという間の出来事だったそうです。警固の王国騎士五名が瞬殺されています」
バラデュール公はエーデルファウス王国の内情を思い起こしてみた。
先王が崩御して以来、まだ幼かった唯一の息女、バーラ王女に代わり、先王の弟ローゲが暫定的に王位を継いだ。バーラ王女が十六歳の成人を迎えても、あれこれと理由をつけてローゲは王位に居座った。バーラ王女の唯一の後ろ盾である、バルドナード公爵家も排除されていた。ローゲの王位はゆるぎないものに思えた。
(バーラ王女派の巻き返しか? そんな力がバーラ王女派にまだあったのか)
沈黙するバラデュール公に、情報将校が告げる。
「暗殺者は、立ち去る際に『聖剣の勇者』と名乗ったそうです」
聖剣といえばこのアルスべールに一本しかない。エーデルファウス王国の聖剣教会内の岩に刺さった聖剣だ。観光客に大人気の誰もが知る聖剣だ。
アルスベールではほとんどの国で神聖教会が信仰されていたが、エーデルファウス王国はこの聖剣の影響で、聖剣教会が信仰されていた。
(あの聖剣が抜けたのか……それとも聖剣の勇者を騙っているのか)
「バラデュール様、これは未確認情報ですが、最近聖剣教会の聖剣を抜いた勇者が現れたそうです。その男がバーラ王女を結婚相手に指名したそうです」
「そうか……その話が事実なら、バーラ王女派の聖剣の勇者が、王女に敵対する国王を殺したのだろう」
「はい、そう思われますが、バーラ王女も行方不明だということです」
バラデュール公は、ここで考えられる最善手を考えた。
「エーデルファウス王宮内の工作員に伝えなさい。この混乱時、エーデルファウスのヒルド宰相は、我が王国との争いを一刻も早く終結したいと考えるはず。出来るだけ有利な条件を引き出して、停戦交渉をまとめなさい。そして……」
情報将校から目を離し、バラデュール公はゆっくりと言った。
「国境、特に混乱状態にある、この戦場付近の索敵を強化しておきなさい。敵の敵は味方。私がその『聖剣の勇者』なら、必ず我々に接触を試みるはずです」




