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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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七章 変わる狐、変わる桜①


 ゆっくりと湯に足を沈め、熱さに馴染んだところで、全身をお湯に預けた。


「……あったまる〜」


 心身ともに緊張やら何やらで固まりまくっていたものが、徐々に解けはじめた。

 檜の浴槽によもぎ湯という香り高さで、湯気だけでも既に癒されている。

 昨日は疲れ切っていて、お風呂には入れなかった。

 それで今日からは月ちゃんが『力尽きる前に』と、先に案内してくれた。


 月ちゃんに教わった不思議なシャンプーを使ったら、髪は驚くほど、うるつや。

 それにハーブのサッパリとした香りに、蓋をしていた乙女心が顔を出す。

 思わず何度も手櫛で手触りを確かめた。

 体が温まったところで、月ちゃんおすすめの露天風呂へ。

 ガラスの引戸を開けると、夜の冷気が肌を撫でる。


「うわ……星が落ちてきそう……」


 見上げた空の色は、ゆっくりと濃藍色に染まっていく。

 銀色の星が、近くへ遠くへと揺れる様に瞬いていた。


 足元に気をつけて入った岩風呂の湯は、檜とは違う温もりで、芯まで体をほぐしてくれた。



 着替えようと目の前で広げた物は、浴衣ではなかった。

 紺の布地に銀色で丸い刺繍がされていて、まるでさっきの夜空の様な綿の柔らかいワンピース。

 半袖で、お風呂上がりには気持ちよさそう。

 さらりと羽織って鏡を見ると映ったのは、大きくも小さくもない、たぬきの様な垂れ目を持った私。

 その瞳は自信なさげに揺れている。

 シャンプーでうるツヤになった髪は、緩く波打っていた。


「これ、可愛すぎない……? 私ので合ってるのかな、寝るだけだよね?」


 胸元の切り替えから下は、ゆったりとしたスカートが広がっている。


「よく似合ってますよ」

「うわぁ!!」

「失礼しました。声を掛けたんですが返事がなかったので何かあったのかと、勝手に入ってしまいました」


 扉の所に月ちゃんが立っていた。

 気持ち耳と尻尾が垂れている。


「こっちこそ、ごめんなさい! 気付かなかったの」

「なるほど、ひまりちゃんが着るとそうなるのですね」

「え?」

「いえ、こちらの話です」

「この服可愛いね、月ちゃんの? 借りてもよかったの?」


 頷く月ちゃん。


「私には似合いませんでした。ちい……中くらいしかないので」

「んんん??」

「ひまりちゃんはいい物を持っていて羨ましいです」


 月ちゃんの目線に思わず胸を隠してしまった。


「つ、つ、つ、月ちゃん?」

「女同士なので大丈夫かと」

「いや、そうなんだけど単純に恥ずかしいというか!」

「大丈夫です。微塵もいやらしさを感じず上品です」

「月ちゃーん!」


 月ちゃんはいつも一撃必殺だ。




 タオルで水気を存分に拭いた髪を片側に三つ編みで緩くまとめると、居間に向かった。


「ひまりちゃん先に座っていて下さい、何か飲み物を持ってきます」

「なら私も――」

「いえ、今日のところは甘えて下さい」


 颯爽と消える月ちゃん。

 ならば、と部屋に入ると、碁を打つ手を止めた二人の視線が、こちらを向いた。


 悠璃さん、なぜかすごく、こっちを見てる……?


 深く青い瞳が、瞬きもせずに。

 ピンと立った尻尾が、印象的で。


 その沈黙と視線がくすぐったくて、思わず視線を逸らしてしまった。


「それ確か月羽が着てたやつだよな」

「あ、はい。そうなんです。すごく可愛くて、勿体無いくらい」

「変われば変わるもんだなぁ」

「玖呂」


 いつになく低い声の悠璃さん。

 ピンと立ったままの尻尾の先だけが、ゆらゆらと揺れていた。


「何だよ、着る人が変わればイメージも変わるってのは、普通の感想だろうが」

「やっぱり、何かおかしいですか?」


 着こなせてるから自信がなかったからこそ、私も焦る。


 私と玖呂さんが、二人でアワアワしていると――、


「似合ってる」


 悠璃さんの甘い声に誘われて、私はぱっと視線を移した。


 青い瞳が私を捉えて離さない。

 その目がふっと細まった。


「可愛いよ、ひまり」


 瞬間、かあっと顔が熱くなる。

 ……突然、過ぎませんか?


「ありがとう……ございます」


 何とかそれだけ返して私は俯いた。

 経験値の差を感じた瞬間だった。


 今のは天然ぽいなぁと、小さく呟いた玖呂さんの言葉は、私の耳にも入ったものの、考える間もなく、すぐに熱に溶けて消えた。



 その後、月ちゃんが持って来てくれたサイダーを皆で飲んでいたら、そうそう、と何か思い出したように悠璃さんが言った。


「明日は俺の店に行ってみる?」


 その素敵な提案に私は思わず挙手をした。


「行きます! 行きたいです!」


 幼い子を見る様な、三人分の生温い視線に私は恥ずかしくなってそっと手を下ろした。


「宵灯ストリートっていう通りにあるんだけど、そこは若いあやかし達のお洒落スポットになってるんだよ。帰りに他の店にも寄って、必要な物を揃えようか」

「そういう事であれば、そちらの買い出しは私がお供します」


 月ちゃんが手を上げた。


「なら俺は買った荷物を持って帰ってやるよ」


 にやにやと、こっちを見ながら玖呂さんも手を上げた。


「……やめません? 挙手制……」


 優しくも少しだけ意地悪な二人。


「じゃあ俺はスポンサーという事で」


 悠璃さんが爽やか笑顔で手を上げた。


 ――意地悪、三人組でした。


 その夜私は明日が楽しみすぎて眠れないというのを、初めて体験した。



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