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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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五章 想いと桜

 

 ふと、目が覚めた。

 状況を理解しようと顔を動かすと、大きな窓から、きらきらと光が部屋に差し込んでいるのが見えた。


 綺麗……


 そっと体を起こして、その光に誘われるがまま窓に近づく。

 そして。


「ぇえー! 嘘!」


 勢いのまま窓を開けた。

 待ってましたとばかりに私を通り抜ける風は、爽やかで甘い香りを連れてきた。

 桜の花びらが私を包む様に、くるくるひらひらと舞っては、風と共に吹かれて消えた。


 桜? 春なの?


 近くの花も遠くの木も昨日なかった色に包まれている。

 紅や黄金だった木々が、今は柔らかな緑やピンクなどで、色とりどりの葉や花を揺らしていて。

 まるで季節が一晩で衣替えしたみたいで、心なしか空の色や、空気感も、違って見える。


 えー……?


 ……これも受け止めればいいの?


 楽しさと怖さが入り混じって私は無意識に胸元を握っていた。


 それにしてもこの景色——すごく素敵。

 私昨日から『素敵』に囲まれすぎてない?


 思わず自分を見てしまう。

 浴衣は月羽さんのものか、薄い朱色に幾何学模様がおしゃれなのに、着ているのは私で、はだけまくってとてもだらしない。


「うん。着替えよう!」


 まずは身だしなみ整えて、えっとそれから——


 とりあえず寝癖を手で撫でつけながら部屋をうろうろしていたら『おはようございます、ひまりちゃん』と、月ちゃんが来てくれた。

 持ってきてくれたのは昨日のドレスではなく薄い桃色の着物。

 手際よく着付けてくれる月ちゃんは、着物の上から白いレースが可愛いエプロンをつけていた。


「朝ご飯の用意が出来てるので、一緒に食べましょうね」

「ありがとう、月ちゃん。ご飯はいつも月ちゃんが作ってるの?」


 月ちゃんの話し方が昨日より砕けてる事に気付いて、私も敬語なしを頑張る。

 照れが混じってちょっとだけぎこちない。


「朝ご飯は私ですが、それ以外はいつもは通いの狛犬の姉弟の弟がきて作ってくれるんです。料理上手でとっても美味しいですよ。今日はお休みなんですけどね」

「狛犬さん!」

「狛犬さんです」


 月ちゃんが少し笑った。


 昨日と同じ部屋に案内されて、何となく安心した。

 部屋では既に悠璃さんと玖呂さんが座って談笑していて、朝の挨拶をすると二人とも気さくに返してくれる。

 それだけで私は嬉しかった。

 向かいの空いた席、昨日と同じ座布団があったのでそこに座った。


 二人は今日は着流しの下に立襟のシャツを着ている。

 元の世界でも着物と洋服をミックスして着るのがお洒落となってたはず。

 相変わらず悠璃さんは緩く着ているのに何かかっこよくて、玖呂さんは黒ずくめで大人の色気がすごい。


 この二人に挟まれるのだけは嫌だなぁ……

 すごく浮いちゃう。


 月ちゃんが揃った所で皆んなで『いただきます』をした。


 大きな箱盆の蓋を開けると、綺麗に詰め込まれたお料理からふわふわーっと湯気が立ち昇った。

 お吸い物はお豆腐に柚の皮が飾られていて爽やかな香りが漂う。


 見た目も匂いも美味しそうで、お腹がぐぅぅーっと遠慮なく鳴る。


「昨日ここに来てから何も食べてないからそりゃお腹も空くよね」


 にこやかな悠璃さん。

 玖呂さんがすごい勢いで食べている。

 私も負けじと頬張った。


「月ちゃん! すっごく美味しいです!」

「ありがとうございます。実は少し頑張りました」

「だろうね。いつもよりものすごい豪華だから驚いたよ」

「月羽、いつもこれぐらいがいい」

「玖呂さんだけ明日からいつも通りです」

「何でだよー!」


 ――楽しいな


 いつもおばあちゃまと一緒にご飯たべたなぁ、とか、一緒に並んで料理して、お皿洗いはじゃんけんが多かったな、とか、そんな事を一気に思い出した。


「大丈夫?」


 悠璃さんがじっと私を見ていた。

 甘い見た目と裏腹に、奥底に揺らぐこちらを探る何か。

 心の内を見透かされそうで、慌てて取り繕う。


「あ、ごめんなさい、大丈夫です。ちょっと思い出に浸ってしまって」

「大丈夫ならいいよ」


 きっと悠璃さんには何もかもお見通しな気がする。


 その後特に誰かが何を言ったりする事もなく、恙無く食事は終わって、私は今珈琲を飲んでいる。


 何と悠璃さんが珈琲を淹れてくれたのだ。

 珈琲あるの!? と驚いたものの、さっきの食事を思い出して特に不思議でもないかと思った。

 珈琲に詳しくない私でも、飲みやすくて美味しいのは分かる。

 そう正直に話すと、悠璃さんはにやりと笑った。


「珈琲を出す店を経営してるからね」

「……喫茶店、ですか?」

「不思議?」

「喫茶店もですけど、何か悠璃さんがお仕事されてるイメージが湧かなくて」


 ぷっと玖呂さんが吹き出した。


「こんな身なりだしなぁ。それにその通り悠璃はオーナーであって、従業員ではないからな」

「失礼だな〜、ちゃんと働いてるんだけどこれでも」

「明日にでも一緒に行きましょうか。今日は店がお休みなので」


 月ちゃんが、誘ってくれた。


 ――明日


 今日、目が覚めてから考えない様にしていた不安。

 それを、心にある焦燥感と一緒に吐き出した。


「……明日も私は……ここに居て良いんでしょうか? いつまで? お邪魔じゃないですか?」


 不安が言葉になり、一気に溢れ出す。


 きっと皆んなこの話を切り出すタイミングを測ってたんだと思う。


 空気が少し変わった。


「……ここに残りたい、なんて……やっぱり、思っちゃいけないんですよね」


 気づけば、ぽつりと声が漏れていた。

 言った瞬間、私は顔を真っ赤にして俯いた。

 部屋の空気がぴたりと止まる。


「へぇ〜」


 最初に破ったのは悠璃さんだった。

 彼は頬杖をつくとにやりと笑って、尻尾を揺らした。


「それ、俺の前で言っちゃうんだ? やっぱ可愛いわ」


 私を見つめる細められた目から、必死に逃げる。


「か、可愛いとか……! そ、そういうのやめてください!」

「悠璃様。ひまりちゃんが可愛いのは同意しますがやりすぎです」


 月ちゃんがさっと二人の間に差し込んで、助けてくれた。


「いやいや、だってさ〜?」


 悠璃さんはわざとらしく、こてっと首を傾げた。


「ここに残りたいなんて顔に書いてあるのに、“いけないんですよね”とか言われたらさ、突っ込みたくもなるでしょ?」


 軽口を叩きながらも、悠璃さんの瞳は私をを真っ直ぐに射抜く。


 ……この目、怖い

 全てを見抜く鋭い目。


 それに気づいたのか、玖呂さんが湯呑を持ち上げてぼそりと呟いた。


「……お前、目が本気になってんぞ」


 悠璃はちらりと彼に目をやり、少しだけ肩を竦めて笑った。


「ねえ、ひまり。君はどうしたい?」


 今度は軽さを抑えて、低く穏やかな声。


「……っ」


 胸がぎゅっと締め付けられて、声が出ない。


 悠璃さんは少し黙ってから言った。


「残りたいって思うのは、別に悪いことじゃないよ」


 からかいはもう消えていて、誠実な眼差しがそこにあった。

 頬がかあっと熱を帯びる。


 外では春の風が花を揺らしていた。



 月ちゃんが淹れなおしてくれた珈琲を囲み、少しだけ和やかな時間が流れていた。

 その温かさに背中を押されるように、思い切って口を開いた。


 コートを探しに行きたいと。


「コート?」

「はい。ここに来た時に飛ばされてしまって……」


 悠璃さんは、飲んでいた珈琲を机に置いた。


「大切な物?」

「そう……ですね、とても、大切な物です」


 マリさんを思いだすと、罪悪感で胸がキュッとなる。

 ……いつ私が居ないって気付くんだろう。

 そんな事をつい考えてしまう。


「探しに行くのはいいけど、あそこまでは遠いよ?」


 ふっと意識が戻った。

 そうだった、私おんぶしてもらってここまで来たんだった……


「すいません! そこまで考えてなくて」

「あー、いやいや違う。迷惑だとかそういう事じゃなくてさ。いいの? 俺またおんぶするよ?」


 嫌じゃ……ないです。

 そう思った自分に少し照れて俯く。


「だいぶ怖そうだったからね〜」


 あ、そっち?

 悠璃さんを思わず見ると、ニヤニヤしていた。

 ……なんかすっごい恥ずかしい!


「なら俺が抱えて飛んでやろうか?」

「玖呂はいい」

「何でお前が言うんだよ」

「玖呂さんは違います」

「月羽も!」


 可笑しくて、私は声をあげて笑った。


「鈴がなる様な笑い方ですね。可愛いです」

「月ちゃん、やめて! 嬉しいけど褒められすぎて苦しくなっちゃう」


 誉め殺しキラーな月ちゃん。


「悠璃さん、申し訳ないんですけどまたお願いします」


 悠璃さんはふっと口角を上げると、じゃあ今すぐ行く? と立ちあがる。


「少しだけお待ちください」


 月ちゃんはそう言うと袂から淡い紫のリボンを取り出して『失礼しますね』と慣れた手つきで髪をささっと編んでくれた。


「風で乱れますから。コートは必ず見つかりますよ。では――いってらっしゃい」


 二人に見送られて私たちは屋敷を出た。




 外は春の景色なのに空気は冷んやりしていた。あちこちで桜の花びらが舞っているのに地面に落ちている様子はなかった。

 不思議に思って目で追うと、ひらひらと空中を漂ったあと、満足したみたいにそのままふっと姿を消した。

 思わず目を丸くした。


「では、お嬢様。お手をどうぞ?」


 差し出された手は、優雅で、それでいてどこか挑発的な笑みを浮かべていた。

 一瞬、視線が釘付けになって――慌てて我に返る。


 手をどうしたら……!

 掴めばいいの!?

 そう思った時には、足はもう地面になかった。

 着物の袂が風に靡いて、視界の端に悠璃さんの横顔が近づく。横抱きだ。


「着物だからね。おんぶよりこっちの方がいいよ」


 視線だけこちらに向けてそう言った彼の声は、いつもより低く、しっとりしていた。

 彼の首元をさらりと落ちる毛先の青い白銀色の髪。


 ぶわっと、風が動いた気配がして思わず悠璃さんの首に手を回した。


「絶対に落とさないよ。でも、君がこうしてくれる方が安定するし、助かるかな」

「わ、わかりました……!」


 恥ずかしさより、安定!


 ふっと意味ありげに笑いながら、素直だね〜と言う悠璃さんに、やっぱり恥ずかしが勝ってしまった。


 ものすごい速さで後ろに抜けていく景色は今朝はとても華やかだ。

 風は冷たいのに、私は悠璃さんの腕と尻尾に包まれていてとても心地良かった。


「悠璃さん、あの、今って春ですか?」

「人の世で言うとそうかな。こっちでの呼び方は『霞桜の季』」

「かすみざくらのき……」

「この世界の呼び方はいちいち仰々しいから、無理して覚えなくていいよー。普段から使う訳でもないし」

「でも覚えられたら何だか楽しそうですね」


 そーいうもの? と悠璃さんは愉快そうに笑った。


 理解したかは別として、不思議で面白い。


「この辺りかな」


 ゆっくり速度を落として軽やかに止まった。全く重力を感じさせない動きは理屈じゃないんだろう。

 そっと下ろされた場所には、あの大きな木が昨日と変わらない様子でどんと立っていた。


 近づいて木肌を撫でる。

 変わらずに温かい。


「……昨日はありがとうございました。ずっと守ってくれてましたよね」 


 小さな声で呟く。


「コートってあれ?」


 私がいる所から反対側から声がした。

 回り込んだ私を見て彼は上を指差した。


「……あった! あれです!」


 嬉しさのあまりぴょんと跳ねてしまった。

 コートはいくつもある枝の一つに綺麗に引っかかっている。

 この木が守ってくれてたんだと、思わずにはいられなかった。

 私はぎゅっと木を抱きしめて心の中で感謝をすると、返事かの様にさわさわと葉擦れの音が聞こえた。


 よっ、という軽い声が聞こえたと思ったら、隣にはもう手にコートを持った悠璃さん。


「はい、どーぞ」


 そっと丁寧に渡してくれる。

 私はコートを受け取ると、悠璃さんの優しさも一緒にぎゅっと抱きしめて顔を埋めた。

 そんなわけないと思うのに、マリさんの香りがして顔を上げられない。


「……まだ帰れると思うよ?」


 上から掛けられた言葉にばっと顔を上げた。

 何かを探る様な彼の目は、私を見つめている。


「そうじゃ……ないんです」


 声が掠れる。


「帰りたいんじゃなくて、これだけは手元にあって欲しくて……」


 これは私にとって優しさの詰まった物。

 上手く言葉にならないもどかしさが涙に変わる。


「違う、泣きたいんじゃなくて、あの――」

「大丈夫」


 ふわりと彼の匂いに包まれた。

 背中を尻尾でポンポンしてくれている。

 緩く抱きしめられていると気付いた時には、涙も止まっていて恥ずかしさだけが残った。

 悠璃さんの温もりと香りが離れていく事に、少し寂しく感じたけど理由は考えない様にした。



 屋敷に戻る道すがら、私はこの世界の事を少し教えてもらっていた。

 悠璃さんは歩いているのと変わらない様子で話しているけど、頬の冷たさと景色の流れで走っているとわかる。


「隠世って言うんだよ。ひまりがいた世界は現世」

「それ本で読んだ事あります! あやかしの世界ですよね?」

「が、隠世にあるって感じかな?」

「悠璃さんたちもあやかしですか?」

「そうだよ、だからこの世界で生きていける」


 あやかし――だから、この世界で生きていける。

 心臓が、痛い。

 私は、自分でも気付かないうちに息を止めていた。

 もし。

 もし“人”の私が、この世界で生きていきたいと願ったら――。


 私は、ここに居られないのだろうか。


 

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