表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/30

三章 狐の導き、月の夜



 門をくぐり、高級旅館さながらの庭園を彼の後について歩いていた。

 私はお行儀良くしようとしたけど、どうしてもキョロキョロしてしまう。

 だってもうね、綺麗すぎる。

 京都に迷い込んだみたいな観光名所感が、私の興味をぐいぐい煽ってくる。

 入園料を取れそうな程の見事な庭園に、私はようやく気づき始めた。


 ものすごく、偉い立場の人とかじゃないよね……?


 隣をゆっくり歩いてくれる彼をチラリと盗み見る。

 背は標準より少し高めで、スラリとした見た目に気だるげに着た着物が男性なのに色っぽい。

 なのにだらしなさを感じないのは、彼の持つ品の良さからなのか。

 こんな時にそんな事を悶々と考えてる私に気付いたのか、急に彼がこっちを見た。

 無造作に分けられた前髪から覗く深く青い目が、私を捉えた。

 そしてふっ、と笑う。

 ……心臓持たない


「何〜? 俺に何かついてる?」


「ぴょこり耳とふさふさ尻尾が……」


 言った後、私は慌てて手で口を塞いだ。


 やってしまった……!


 自分の顔が引き攣っていくのがわかる。

 『彼ら』にとって繊細な部分かもしれないのに、見せ物みたいな言い方しちゃった……


 そんな私に彼は一拍キョトンとした顔をしたあと、ははっ! と明るく笑った。


「俺としてはそれが普通なんだけど、君からしたらつい口から出てしまう程の事ではあるよね〜」

「ごめんなさい……」


 大丈夫とでも言う様に、彼の尻尾が背中をポンポンと叩いた。


「まぁその辺りも含めてまずはお茶でも飲もうよ。迎えが来てるから」


 私はずっと彼のことを見ていたようで、気付けばもうそれは目の前にあった。

 旅館並みに立派でおしゃれな玄関。

 その前に立っているのは背の高い男性と私と同じくらいの背丈の女の子だった。



 ***



 幾何学模様の着物がよく似合う少女は同い年くらいに見える。

 凛と立っている姿は、少女の見た目と共にとても美しかった。すごく絵になる。


 ……うわぁ!ちっちゃいけどこの子も耳ある!

 すごくかわいい。とてもかわいい。

 私の目はやっぱりそこに行ってしまう。

 でも口にはしない!


「お帰りなさい、悠璃様」


 ユウリさんを出迎えた彼女はとても無表情で、でも冷たさは感じない。彼女の持つ雰囲気が穏やかだからかもしれない。


 そんな彼女に手をヒラヒラ振って、ただいまと返していた。


 ふと彼女と目が合って、無意識に肩をぴくりと振るわせてしまった。

 だけど彼女はそれを見たはずなのに何も言わなかった。


「二人とも、今はまずこの子に温かいお茶を飲ませてあげて」

「言われずとも」


 颯爽とどこかへと去っていった事に、ユウリさんは目を丸くしていた。


「じゃあ玖呂は俺たちとこちらへ」

「……言われずとも」


 クロさんと呼ばれた、背の高い男の人もさっさとどこかへ行ってしまった。

 ユウリさんはそんな二人の様子に、何なの?と少し笑っていた。



 ***



 あの後私は、あれよあれよと言う間に、居間に案内され、フカフカで分厚い座布団を差し出され、柔らかすぎて中々上手く座れなかった私に、ちょうどお茶を淹れて戻ってきた月羽さんが手を貸してくれた。

 ただ座るだけのことなのに、うまくできなくて、ものすごく恥ずかしい。


 お礼を言うと、自分はツキハで、月に羽と、漢字も教えてくれる。

 彼女のイメージにピタリとはまった。


 そして、彼女は四角い座卓の向かいにいる二人の横には座らず私の横に、スッと音もなく座った。

 ユウリさんよりも小振りなふさふさ尻尾が、私の後ろにそっと寄り添う様に沿わされる。

 その仕草が、怖くないよと言ってくれてるみたいで胸が温かくなった。


 どうぞと差し出されたお茶は、色んなあったかさが混じっていて涙が出るくらい美味しかった。


「じゃあ、少しは落ち着いただろうし、自己紹介しちゃおうか」


 バレないようにさりげなく指で拭っているとユウリさんが明るく切り出した。


 ……絶対バレてる。


「ぴょこり耳とふさふさ尻尾をもつ俺は、妖狐ですよー」


 口角を片方だけ上げて、悪い笑顔のユウリさん。


 忘れて下さいー!


「先程も名乗りましたが月羽と申します。狐ですね。この屋敷で分からないことがあれば全部私に聞いてくださって大丈夫です」


 月羽さんは体ごと私に向き直ると丁寧に頭を下げた。

 私も慌てて頭を下げた。

 続いて名乗ろうとしたけどまたもや出遅れた。


「玖呂だ」

「くろ……さん?」


 湯呑みを持って下を向いたままのクロさん。私からすると、背も高くとてもがっしりして頼り甲斐のありそうなイケメンのオジサマという印象。

 見た目年齢三十代前半?

 髪の毛も黒く耳も普通で尻尾もない。

 日本人の私には一番馴染みのある姿だった。

 初め月羽さんも黒髪かと思ったけど、よく見たら濃い紫色だった。

 すごい。


「ちなみに」


 お茶を飲み干して湯呑みを置いたクロさんが言った。


「俺は天狗だ」


 言うが早いか、突然クロさんの背中から真っ黒でつやつやな翼が、ぶわぁぁっと現れた。

 びっくりしすぎて言葉にならない声をあげる私。危うく後ろに倒れそうになるのを月羽さんがそっと助けてくれた。


「狭いところで翼を出すとこうなる」


 クロさんが親指で指した先では、ユウリさんが黒い翼に埋もれていた。

 分厚い翼からもそもそと顔を出すと、クロさんに早くしまえ! と睨んでいた。

 しれっと自分の湯呑みにお茶を注ぐクロさん。


 私は思わず笑った。

 声を出して。


 そして笑っているのにどんどん涙が溢れてきて、悲しくないのに、理由なんてないのに止まらない。

 私は両手で顔を覆って下を向いた。


 ――この涙は見られたくないし、見せてはいけない 

 何でかそう思った。


 すぐに何かお花の良い香りがした。

 気になって少し顔を上げると月羽さんが着物の袂で隠してくれている。

 そしてハンカチを渡してくれた。


「当然だと思います」


 何がとは言わない。

 どうしたとも聞かない。


 何でこんなに優しいのかなぁ。

 素敵だなぁ。

 そう思った所で、私はすうっと意識を手放した。



「名前聞けませんでしたね」


 泣いたまま眠るように気を失った少女に、月羽は側にあった羽織を掛けていた。目尻にまだ残っている涙をそっと拭いている。


 月羽の表情が優しく感じるのは見間違いではないだろう。

 少女と会ってから月羽が何となくそわそわしていたのを、俺も玖呂も気付いてはいた。


 だけどここまで甲斐甲斐しく世話するとは。

 ずっと月羽を見てきた自分にとっては感慨深いものがある。


 月羽を拾ったのは玖呂と暇だからと山を駆けていた時で、急に立ち止まった玖呂がぼろぼろで血だらけの子狐を拾い上げた。

 何かの妖にやられたであろう傷は、何とか命を奪うまでにいかずに留まっていた。

 元気になって人の姿を取るようになった時には、もう表情は無のままだった。


「それがまぁ、こんなに豊かになっちゃってさぁ。それだけでこの女の子には感謝かな」

 俺がそう呟いてお茶を飲むと、月羽が、何か言った?という顔を向けてきた。

 玖呂は呟きが聞こえたのか、わずかに口角をあげていた。

 だけど俺に見られていたのを感じたのか、玖呂はすんっと表情を消した。


 ……こいつこんな性格だったか?


 月羽といい、玖呂といい、何かいつもと調子が違う。


 玖呂は、んんっと咳払いをすると、それでどうなんだ?と聞いてきた。


「この場合の『どうなんだ』は、『彼女の正体』の事か?『こちら側にとって安全なものかどうか』って事かな?それとも――」

「ああ、全部だよ――」

「お静かに。起きてしまいます」


 俺の言葉を遮るように答えた玖呂の勢いに、月羽がキリッとした顔で食い気味に文句を言った。


 俺は頭の後ろで手を組むと、そのままふわんと後ろに倒れるように寝転んだ。

 尻尾がいい感じのクッションになる。


「正直よく分からないんだよね。今分かっているのは悪いモノではないと言う事くらいかな」

「それだけ分かれば十分なのでは」


 俺は穏やかに眠っている彼女が見える位置にころんと寝返りをする。

 彼女は特に何かをしたわけじゃないのに、月羽を一瞬で味方にした。

 月羽だけじゃない。

 警戒心の強い天狗である玖呂が、自分から正体を明かした。

 彼女自身の事を何も知らないのに、だ。

 そして俺。

 こんなに自然に自分のテリトリーに迎え入れてしまっている。


 ――あの目に魅入られてしまったか。


 ふいに月羽が動いた事で俺はぼーっとしていた事に気付いた。

 月羽が少しだけ顔を彼女に近づけた。


「悠璃様」

「どうした?」

「気のせいかと思ったのですが、この方何か甘い香りがします」


「……」

 それは初めから気付いていた。


「甘い香り?」

 玖呂も気になったのか月羽の側に歩み寄る。

 俺も上体を起こし、そっと彼女のそばへ腰を下ろした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ