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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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三十三章 笑いの夜

 


 夜の帳が下りる頃。

 屋敷では盛大に打ち上げが行われていた。


「つまみの準備は、ばっちりです!」


 勢いよく障子が開いて、湯気の立つ大皿を抱えた紫苑くんが部屋へ入って来た。


「おぉー!」


 一斉に上がる歓声に、紫苑くんは得意顔。


「待ってました!」

「腹減ったー!」


 テーブルの真ん中へ大皿を置くと、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。


「紫苑くん、すごい!」

「頑張ったからなー」

「紫苑、ありがとうね。じゃあみんな揃った所で——」


 悠璃さんが、グラスを手に取った。


「始めようか」


 みんなも自然とグラスや湯のみを持ち上げる。

 私は冷たいお茶の入った湯のみを胸の前で持った。


「春祭り、本当にお疲れさま」


 一人ひとりの顔を見渡しながら、悠璃さんが穏やかに笑う。

 その顔はとても誇らしげで、嬉しそうだった。


「今年も無事に終えられたのは、みんなのおかげだ」


 その言葉に、誰もが小さく頷いた。


「それじゃあ——」

「「乾杯!」」


 かちん、と。

 グラスや湯のみが軽やかな音を立てた。


 それを合図に、打ち上げという名の宴会が始まった。


 紫苑くんが持って来てくれたつまみが、一時間もしないうちに、ものすごい勢いで消費された。


「足りなくなりそうだね。私、何か作ろうかな」

「あ、俺すごい良い肉持って来たから焼いてくる!」

「あ、それなら手伝うよ」


 紫苑くんと二人で炊事場に行くと、とんでもない大きな肉の塊が冷蔵庫に鎮座していた。


「これどうやって切るの?」

「根性と根気で切る」

「……え、そういう感じ?」


 ふんぬー! っと肉と格闘を始めた紫苑くんを見て、なるほど、そういう事だなと納得した。


「ひまりもそっち持って!」

「分かった!」


 お鍋用、ステーキ用、焼き肉用、と色んな部位を料理ごとに切り分ける紫苑くんはとても、輝いている。


「凄すぎだよ、紫苑くん!」

「あ〜あ、俺も好い人欲しいなぁ」

「……え! なに急に!? 女の人に興味あるの、紫苑くん」

「あるよ! 苦手なだけで……」


 最後を小さな声で濁す紫苑くんが何だか可愛くて、思わず微笑んだ。


「それは……まぁ、難しいね?」

「ひまりみたいに気負わない奴が居ればなぁ」


 ダン! と、塊に刃をいれる紫苑くんは、目が座ってる。


「普通さぁ? ここまで仲良くなったら恋だの愛だの絡むじゃん?」


 紫苑くんも、私達と良くドラマを見るようになってから口調が変わったなぁ。

 より若者っぽい。


「そ、そうだね?」


 ……ここは、同意しとこう。

 刃物持ってるしね?


「でも一ミリもひまりにはそんな気が起こらないのって、何かふざけてねー?」

「……え、私今けなされてるの?」

「違う違う。友情最高って話!」


 ずばーっと肉を切り分ける紫苑くん。


「絶対違うくない!?」


 口調が紫苑くんに引きずられる。

 そして楽しくなった私も、いえーい! と肉を、両手で掲げた。


 私達は、あはははは! と、文字通り笑い転げた。


 そして、また料理の手を動かし始めた紫苑くんが、さっきまでとは少し違った声音で話し始めた。


「でもさ」


 紫苑くんは包丁を動かしたまま、小さく笑った。


「ひまりが来てから、この屋敷変わったよ」

「え?」

「前から賑やかではあったけどさ。今みたいに、理由もなく集まって騒ぐことなんかなかったし」


 そうだったんだ。

 私は肉をお皿へ並べながら首を傾げる。


「みんな仲良しなのに?」

「仲良しだからって、毎日理由もなく集まるわけじゃないんだよ」


 そう言って、紫苑くんは手際よく肉を切り分けていく。


「ひまりが『みんなで』って言うからさ。気付いたら、みんな集まるようになってた」

「私?」

「うん」


 包丁を置いて、紫苑くんは笑った。


「だから今日は、みんなこんなに楽しそうなんだと思う」


 紫苑くんが、口元に指を立ててしーっという仕草をした。

 二人で耳を澄ますと、居間から楽しそうな笑い声や椿さんが玖呂さんを罵る声が聞こえてきた。


「あはは! 椿さんまた怒ってる」

「あの二人は昔からあぁなんだよ」

「仲良いよね?」


 紫苑くんは苦虫を噛み殺したような顔をした。


「それ椿に言うなよ。絶対。かなり面倒くさいことになるからな……」

「わ、分かった。言わない。絶対!」

「絶対だからな」


 私たちは真剣に約束を交わした。


「はは! 何してんだかなぁ」

「本当だよね」


 お肉は全て用意出来た。

 あとは持って行くだけ。


「あのさ、紫苑くん」

「ん?」


 緊張で声が出て震えそうだ。


「私と……友達になってくれてありがとう」


 紫苑くんが目を見開いた。

 そして分かりやすく動揺している。


「私ね、あっちの世界で友達いなかったから、こんな風に気兼ねなく同年代……あ、みたいに感じる人と話すの初めてで、すごく毎日が楽しいんだ」

「いいよそこは……同年代で。俺もそんな風に感じてるから」


 テーブルを拭きあげた紫苑くんは、布巾を流しに置くと私の目の前に立った。

 そして、笑顔でいった。


「俺もここまで仲良くなったのはひまりが初めてだ。すごく毎日が楽しいよ。こっちに来てくれてありがとな」


 そして右手を差し出した。

 私も右手を差し出した。

 固い握手を交わす。


 急に照れくさくなって、私は誤魔化すようにお皿を持ち上げた。


「じゃ、早く持って行こ!」

「おう!」



 一方その頃。

 大人組はというと――



 紫苑とひまりが肉の解体に出ていくと、椿が大きな鞄から風呂敷で包んだ瓶を、どん、どん、とん、とテーブルに置いた。


 いつもは一つの座卓を使っているが、今日は人も料理も多いので、特別仕様の大きくどっしりした一枚板のテーブルを使っている。


 そこに置かれた瓶は、日本酒が二升分と、スパークリングワインだった。


 玖呂が、目ざとく食い付いた。


「おー! この酒、幻の日本酒じゃねーか! こっちも!? やるな、椿!」

「ふふん、あたしにかかればこんなもんよ」

「また貢がせたんですか、椿さん」


 じとっとした目で椿を睨む月羽。


「人聞き悪いわね! くれるって言うから貰ったのよ。ねだるなんてはしたない真似あたしはしないわ!」

「そうですね、それが綺羅さんとの大きな違いです」

「比較されるのもいやよ!」


 心外だわ! と、空いたグラスにお酒が溢れるほど注ぐ椿。


「月羽、その名前出すのやめようか」


 それまでみんなを俯瞰して見てた悠璃が、たまらず口を挟んだ。


「そうですね、ひまりちゃんに聞かれたらまた桜吹雪で大変な事になりますから」

「でも、あれは悠璃様が悪いわ、あんな奴との口汚い煽り合いを、ひまりに聞かせるなんて!」


 信じられない! と、お酒を煽る椿。

 悠璃はなんとも気まずそうな顔で、椿から顔を逸らした。


「おい、椿ペース早いぞ。始まったばかりなんだからもう少し落とせ」


 玖呂が嗜めるも、椿は、いー! と子供みたいな仕草で返した。


「あたしはザルだから大丈夫! それよりも悠璃様の事よ!」

「何でこっち巻き込むの」


 げんなりした様子の悠璃を横目に、月羽は目を細めてふっと笑った。


「うわぁ……嫌な予感」

「悠璃様。ぶっちゃけどれくらい遊んでたんですか?」


 何故か玖呂が隣で吹き出した。

 少しむせたのか、胸を叩きながら咳き込んでいる。


「きったないわねぇ、玖呂。あなたの動揺はお呼びじゃないのよ」

「はぁー? 何だその言い方ー!」


 ぎゃあぎゃあと、喧嘩を始めた二人を見て、こっそり逃げようとした悠璃は月羽に捕まっていた。


「それ聞く?」

「ひまりちゃんのためです」


 悠璃は小さくため息を吐いた。

 こうなったら月羽はしつこい事を知っているのだ。

 さっさと話した方が、後々楽になるなと判断した。


「……一部だけね」


 悠璃が簡単に話し終えると、月羽はしばらく黙り込んだ。


「……悠璃様。隠し通してくださいね」

「え、そんなに?」


 じとー、と睨む月羽に、一部しか話してないとは口が裂けても言えないな、と思ったのだった。


「あ、玖呂! そのワインはひまりの為に買って来たの! まだ開けちゃだめよ!」


 いつの間にか喧嘩が終わっていた二人は、大人しく呑んでいた。

 椿が持って来たスパークリングワインに、手を伸ばした所で玖呂が注意を受けていた。


「でも呑むかな、ひま十八だろ? こっちでは年齢なんか関係ないから、みんな呑んでるけど現世は二十歳からだろ?」

「そうなの? でも、ひまりはもうこっちにいるんだから良いじゃない」

「まぁひまに任せるか」

「それが良いわね」


 何だかんだ仲のいい二人。


 部屋では、あちこちから騒ぎ声や、笑い声が上がっていた。


「……まだまだ飲めるわよ」

「俺も」


 二人は空いたグラスで乾杯をした。


 炊事場からはひまりと紫苑の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「あの二人、本当に仲良しよね」

「そうだな」

「……良かった。紫苑が打ち解けられる子が出来て」

「あいつは元から人懐っこいだろう?」

「そうだけど……でも、何か違うのよ」


 首を傾げる椿に、玖呂は小さく笑った。


「そうか……」


 そして、椿のグラスに酒を注いだ。


「あら、呑んでいいの?」

「……楽しい酒ならな」

「ふんっ……ほら貸して」


 椿は玖呂の手からお酒を奪うと、彼の空いたグラスに注いだ。


「楽しい酒ならいいんでしょ?」


 玖呂は軽く笑うと、半分ほど一気に飲んだ。


「ああ、楽しいな」


 炊事場からは、またひまり達の笑い声が聞こえてくる。


「……本当に楽しそうね」


 椿は小さく笑うと、静かにグラスを傾けた。

 

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