三十二章 唯一
お昼の忙しさがひと段落して、遅めのランチを取ることにした私と月ちゃんは、色んな屋台のブースを巡っていた。
「これ美味しいですよ、ひまりちゃん」
「え……月ちゃん、それ何?」
「わかりません」
「……」
さすが、あやかしのお祭りという感じの、分からない物だらけの中で、見たこともないお肉を食べたり、光るドリンクに、早く食べないと破裂するお饅頭など、どれも味はすごく美味しかった。
木陰に座って、食べ歩きを休憩していると、今から御神木の前で奉納の舞が始まるとアナウンスがあった。
アナウンスと言っても、一反木綿さんが空から叫んでるのだけど。
本当に妖怪っているんだなぁと、今更ながらに色々実感する。
「私達も、見に行きましょう」
月ちゃんに引かれて行くと、いつもは何もないところに簡易の床張りの舞台が出来上がっていた。
既に舞は始まっていて、白い桜模様の仮面をつけた二人の舞手が軽やかに舞っている。
身につけている衣装は、薄く、ひらひらしていて、どことなく異国を感じさせた。
手にはいくつもの鈴がついた扇。
音は和楽器中心で、舞自体は見たことがない。
最後に高らかに鳴らした鈴の音が、全ての音を収束していくように、静かに幕を閉じた。
「素敵ー!」
わぁっと湧き起こる歓声と共に私も精一杯拍手を送っていた。
その時だった。
ふわりと花びらを含んだ風が私の背を押した。
「え……?」
一歩、また一歩。
止まろうとしても足は自然と御神木の前へ導かれていく。
気付けば私は舞台の中央に立っていた。
会場がざわめく。
その瞬間。
御神木の枝がさらさらと揺れた。
季節外れの桜が、一斉に花開く。
花びらと共に蕾が現れて、私を中心に花が咲いて、風に舞っては消えて行く。
手を広げると、手のひらの上に花びらが集まってきて、一瞬にして一輪の『花』に変わった。
「うわぁ……綺麗」
その花を見慣れた手がそっと持ち上げた。
視線を上げると、やはり悠璃さんだった。
桜に包まれていた私は、悠璃さんが来たことに気付かなかった。
にこりと微笑む悠璃さんは、桜が舞う背景も手伝ってとても幻想的だった。
そして私の髪にその花を付けると、悠璃さんはその花に口付けた。
途端湧き起こる歓声とどよめき。
「彼女はこの枝垂れ桜の縁者だ。歓迎の花は、みんなも見たよね」
悠璃さんは真剣な顔でそう言って、舞台前に集まったあやかし達を見渡した。
「そして――俺の唯一だから。よろしく」
驚いた様子のあやかし達を横目に、悠璃さんは私に対して綺麗に微笑んだ。
何か企んでいるのかもしれない。
「あの、悠璃さん……?」
そう思ってそっと後ろに下がろうとしたのに、がっちり手を握られていて無理だった。
嫌な予感で顔が引き攣ってしまう。
そんな私にお構いなしに、悠璃さんは私の左手を持ち上げると、指飾りに口付けた。
「似合うね」
「……っ!」
その上目遣いは、反則だ。
しかし恥ずかしさよりも、驚きが先に来た私を横抱きにすると、「だから、この子にちょっかい掛けたら容赦しないよ」と楽しげに言った。
でもなんとなく目は笑ってないような気がした。
そして優雅に舞台を降りる悠璃さん。
周囲の喧騒を聞いて、遅れて恥ずかしさが込み上げてきた。
思わず顔を手で隠す。
「お疲れ様でした」
「……お疲れ様、月ちゃん」
手を外せずにいる私。
「悠璃様、下ろしてあげた方が良いんじゃないですか」
「そう? 残念」
そのままペタリと座り込む私。
「もう一回抱っこする?」
「……大丈夫!」
月ちゃんが手を貸してくれた。
ぱたぱたと、汚れを落としているとほくほく顔の椿さんと紫苑くんがやって来た。
「悠璃様ー! 大繁盛でしたよ! お手当弾んで下さいね!」
「もちろんだよ、お疲れ様」
椿さんが悠璃さんに収支報告をしていると、紫苑くんがおつかれー、と私の隣に来たので二人でハイタッチした。
「なぁ、あれ食べた? よく分からん肉!」
「食べた食べた! すごいジューシーなやつね! ねぇ、あれは? あの爆発する――」
「「饅頭!」」
きゃっきゃと二人で話していると、みんなに生ぬるい目で見られている事に気付いて、二人で首を傾げあった。
「……何かあんた達みてると、気が抜けるわ……」
「ですね。ずっと、お花畑にいて欲しいです」
「紫苑に嫉妬するの馬鹿らしいな……」
私達はその後速やかにブースを片付け、掃除をしてから屋敷へと戻って行った。
一旦椿さん達は家に帰ってから、またくる予定。
そう、夜には打ち上げー!
それを楽しみに荷物整理していたら悠璃さんがやって来た。
何も言わずに手伝ってくれる。
部屋には荷物整理の音だけが響いていた。
私は手元を動かしたまま、悠璃さんに話しかけた。
「悠璃さん」
「んー?」
「……今日、舞台に上がってくれてありがとう」
「何で?」
私は手を止めた。
「私が固まっちゃったから助けてくれたんでしょう?」
悠璃さんもぴたりと手を止めた。
でも、こちらを振り返りはしない。
「俺、そんな良い奴じゃないよ?」
また荷物を積み始めた彼の耳がピクピク動いている。
「じゃあどういう理由?」
「見せつけたかっただけ」
「え!? みんなに?」
「まぁ、吉野の翁にね——」
急に声が小さくなる。
「え? 今なんて?」
「べつにー」
なんとなく歯切れの悪い悠璃さん。
でも、そんな悠璃さんの背中に私は勢いよく抱きついた。
『見せつけたかった』
その言葉がすごく嬉しかったから。
「うわ! ……っぶなー」
手をついて転倒を回避した悠璃さんが、体を回した。私はもう一度正面からぎゅうっと抱きついた。
「今日の悠璃さん、すっごい格好良かった……袴姿とか反則」
「ひまりもすごく綺麗だよ。一瞬見惚れた」
頭を抱える様に、私を抱く。
悠璃さんの香りに包まれると、思考が鈍ってしまう気がする。
だからずっと聞きたかった事が、すんなり聞けたのかもしれない。
「悠璃さんは私の何が良いんですか?」
悠璃さんは、すっと体を離すと私の頬を片手で摘んだ。
「いたたたた!」
「それ、どういう意味? 何で私? て事?」
「ほーひゃはふへ!」
私は悠璃さんの手を叩いて、外してとアピールした。
「そうじゃなくて、私のどこが、その……好き……なのかなって」
「あ、そういう事」
箱の上に座って足を組むだけで絵になってる。
おいで、と、手招きされて正面に立った。
「一目惚れっていうのは言ったよね」
こくん、と頷く。
「自分でも信じられないんだよね、そんなのあり得ないと思ってたから」
ふっと笑って、どこか苦笑いの悠璃さん。
「でも、あり得た。存在そのものが、俺を惹きつけてやまないんだよね」
そんな事を真顔で言われたら、照れるしかない。
悠璃さんは、とん、と私の胸の真ん中を突いた。
「魂、かな」
「……魂?」
「見た目を変えられる類のあやかしは多いからね。結局中身の根っこ、魂が一番の決め手になる」
「私に化けられるあやかしもいる?」
「いっぱいね。でも絶対分かる。俺はひまりの魂ごと全部惚れてるから」
「な、な、な」
何て事をさらっと!
「ひまりは?」
「……え!」
「ひまりは、俺のどこが好きなの?」
そんなの決まってる。
「全部」
「……え?」
「だから全部」
私が即答した事に、かなり驚いていた。
「意地悪な所も、実はすぐに照れちゃう所も、モテすぎちゃうのはちょっと嫌だけど……それも全部悠璃さんだから、全部好き」
私がそう言って笑うと、ふいと横を向いた。
……ほら、横顔が赤い。
「笑うなよ」
緩んだ顔を、手のひらでむぎゅと挟まれた。
今度は顔全体ですか!
拗ねた様な顔で睨む悠璃さんが可愛くて、挟まれてるのに、にやけてしまう。
それからしばらくして、あまりに遅いと心配になった月ちゃんが探しにくるまで、私達は二人だけの穏やかな時間を満喫していた。




