三十一章 春祭り
昼にはまだ早い時間にも関わらず、かふぇまにまにのブースは人で溢れていた。
屋台の中心は椿さんと紫苑くん。
でも紫苑くんはここでは、笑っちゃうくらい気配を完璧に消している。
女の人に絡まれるのが本当に嫌らしく『気配消し』を玖呂さんから徹底的に教わったそうだ。
努力の方向が紫苑くんらしくて面白い。
そんな師匠の玖呂さんは会場警備をしていて、気配消しでどこにいるかは分からない。
屋敷ではいじられているけれど、上位のあやかしで実はすごい人な玖呂さん。
時折り分かりやすい視線を感じる事があって、玖呂さんが敢えて分かるように見守ってくれていると思うと、とても嬉しくて安心した。
「ひまりちゃん、お客様です」
「いらっしゃいませ、チャームをお求めですか?」
「これは、チャームというのね。吉野の翁様と同じような波動がするから見に来たのよ」
「この方、御神木の縁者なのです」
すかさず月ちゃんが横に立って、さっと紹介してくれた。
出来る秘書になっている。
「まぁ! 貴方が噂の!」
あらあらあら、と顔を綻ばせる婦人は突然、ぽんっ! と煙に巻かれた。
そして現れたのはもこもこの狸だった。
「あら、興奮しすぎたわね」
またぽん、と上品な婦人に変わる。
「ちょっと見せてもらっていいかしら」
何事も無かったような空気で、チャームを色々見る狸婦人。
ここではこれが当たり前なんだ。
楽しいな。
「私これにするわ、形が花弁に似ているし、色も吉野の翁様にそっくり!」
大切な物のようにそっと触れる婦人は、とても眩しそうにチャームを見つめた。
私の胸にも喜びとか、感動とか、色んな『嬉しい』が湧き上がってきた。
心を込めて包んでる間、月ちゃんが会計をする。
実は私はまだ、この世界のお金の仕組みが分からない。
金貨だけならまだしも物々交換が入ると、価値観が違うのでうまくいかない。
なので月ちゃんに丸投げという、ポンコツな私。
「良いんですよひまりちゃん。出来る人が出来る事をするのは普通の事ですから」
「うん、ごめんね、ありがとう」
「私頑張ってキャッシュレス構築させます」
頼もし過ぎる、うちの月ちゃん!
無事に包みを渡してお見送りしていると、狸婦人をきっかけにどんどんかふぇから人が流れて来た。
限定ドリンクと、無料のチャームが相乗効果をあげている。
「今日は御守りはないんですか?」
声を掛けて来たのは、くるくるの亜麻色の髪が印象的な少女――子供? だった。
伏目がちな大きな目が揺れている。
私はしゃがんで目線を合わせた。
「ごめんなさい。今日は御守りは無いんです」
何となく怯えた様子の女の子を怖がらせないように、出来るだけゆっくりと話す。
「そう……ですか」
大きな目からはらはらと落ちた涙が地面に吸い込まれた。
「……どんな御守り欲しかったの? 教えてもらってもいい?」
スカートをぎゅっと握りしめて、女の子は小さな声で言った。
「ママが……パパの事、もう嫌いって……前にお隣さんがここで御守り買ったら仲良くなったってママに……でもママ怒っちゃってて……」
女の子は頑張ってそこまで言うと、大きな声をあげて泣き始めた。
周りが野次馬になり始めている。
「ねぇ、貴方の事抱っこしてもいい?」
泣きながらもこくんと、頷いてくれる可愛い女の子。
「よいっしょ……と、ちょっとあっち行こうか」
私はブースの裏手に回ると、女の子を下ろした。
「見てて」
手を合わせて桃玉を作る。
小さな女の子が両親の喧嘩で泣く姿は見たくない。
『優しい優しいこの子と、そんな子を育てたご両親にとびきりの幸せを願います』
合わせた手の中で三つのチャームが出来上がった。
三つが触れ合うと、中の核が淡く光った。
「うわぁ、きれいだね〜」
「これね、貴方にあげる。パパとママにも渡してあげて。その時にちゃんと喧嘩は嫌いって言ってあげてね」
小さな手に、直接桃玉を握らせた。
大きな目がもっと見開いて小さな手をじっと、見ている。
「御守りじゃなくて、ごめんね」
御守りを作る事も出来たけど、何となくチャームの方が良いと思ったから。
女の子はぶんぶんと首を激しく振ると、ぎゅっと抱き着いてきた。
「……ありがとう、お姉ちゃん!」
そのまま私の頬に、ちゅっとキスをして走って行った。
その背中に手を振って見送る。
「わぁお、浮気現場はっけーん」
慌てて振り返ると、腕組みして木にもたれている悠璃さんがいた。
言葉と裏腹に優しい顔をしてる。
「女の子だよ」
「性別なんか気にしないあやかしは、多いよ」
悠璃さんのそばに行くと、両手が迎えてくれた。
「悠璃さんも関係ない?」
そっと両手を繋ぐと、彼の熱が手のひらから伝わってきて、私の体も熱くなる。
「俺はひまり以外興味ない」
にっと笑って引き寄せられる。
そのままぽすんと、腕に囲われた私はたまらず、おでこでぐりぐりと彼の胸を押した。
「それって、照れ隠し?」
「ぐ!」
「何だよ、それ」
笑い声が胸から聞こえて私の頭に響く。
すごく心地よくて、思わず弱音が口を出ていた。
「私の御守りに……手にした人が幸せになる力なんてあるのかな……」
さっきの女の子の言葉が甦る。
『お隣さんがここで御守り買ったら仲良くなったって――』
「力は迷えば弱くなるし、信じれば強くなる。悪として使えば悪にもなるし、善として使えば善となる」
善として……
「要は気持ち次第という事。だから――」
悠璃さんは体を離すと、私の両手を包むように握った。
少し力の入った手が、悠璃さんの思いを伝えてくれる。
「迷うな。誰かに対しての力なら、尚更」
私は頷いた。
でも少しだけ言葉の重みに、怯みそうになった。
それが私の持つ加護の力の責任なんだ。
……正直、怖い、と思う。
人との関わりがなかった私が背負って良いものなの……?
その時、ざぁっと、風が吹き荒れた。
周りの木が大きく揺れて、葉や花が舞い上がる。
風が強さを増して私を囲む。
間近で吹き荒れて髪も乱れているのに、風の音が一切しない。
でも、何か聞こえる。
それは風の音の中から。
『……優しい力ね』
『体が楽になった気がする……』
風が声を連れてきた。
この声って、私の桃玉を手にした人の……?
桜色の光が風の中に溶けるように集まり始めた。
——吉野の翁?
周りの声が止んだ。
風は吹いているのに、あたりは静寂に満ちている。
私以外、誰も、何もない。
なのに――
『……春の神様に力を貸していただきました』
――この声!
振り向いた先にいたのは、懐かしい顔。
「おばあちゃま……」
『似ていますか? 貴方のお祖母様に』
「祖母では……ないん……ですか?」
『あなた方のいうところの吉野の翁です。そして遠い遠い祖母でもありますね。貴方のお祖母様と同じように』
「……祖母も、同じ? 私と……」
『私の可愛い子孫です』
その言葉を聞いた瞬間。
ずっと胸の奥で引っかかっていた何かが、すとんと落ちた。
あぁ……、おばあちゃま……!
吉野の翁の微笑みは、祖母とまるで同じで、胸が痛くて鼻の奥がツンとしてくる。
『あなたの迷いを春の神様が心配しておられます。そこで私を遣わしてくれたのですよ』
「……ごめんなさい」
『迷いなんて当然誰でもあります、あの狐は自分を基準にし過ぎるのです』
……なんか、悠璃さんにはツンツンしてる?
『私の可愛い子孫を……貰いますなんて……そんな一言で……』
声が小さくて聞き取り辛いけど、悠璃さんなんかやっちゃったっぽい?
すごいぶつぶつ言ってる……
急に、現実味を帯びて可笑しくなった。
「ふふ」
『気負わなくて良いの。貴方は自然でいなさい。迷いも貴方の強さの一つよ』
どんどん気持ちが軽くなっていく。
「ありがとうございました。私、もう大丈夫そうです」
何か特別な話をした訳でもないのに、すっかり不安は消えていた。
「一つ聞いても良いですか?」
『何かしら?』
「どうして『吉野の翁』なんですか?」
『大昔にとっていた姿が翁だったからね。私に性別はないの。今は貴方により近しい者の姿を取っているだけの事。でも、現世の吉野の桜は見事だったから、この呼び名は気に入っているわ』
うふ、と片目を瞑ってみせた。
じゃあ、また後でね――と聞こえたと同時に、周りの喧騒が戻って来て一瞬ふらついた。
がし、と体を捕まえられる。
振り向くと肩越しに、優しい笑顔があって、ほっとする。
「おかえり」
「……ただいま」
全てを見ていたかのような態度で迎えてくれた。
悠璃さんの安心感すごいなぁ。
香りも温度も何もかもが、私を包み込んでくれる。
二人で表に戻る時、悠璃さんがこそっと『今度最高級の御神酒でも、持って行くか』の呟きに、笑ってしまった。
でもどうやって見ていたんだろう。
謎だ。




