三十章 春祭り本番
「春とも夏ともつかない庭の空気。それが『今日』を特別な日へと変えていく――」
「んん?」
「朝の光が朝露に反射して、様々に煌めいている。風が吹くたび零れ落ちるそれは、まるで真珠の様に上品な輝きを放っていた」
「ちょ、ちょっと——」
「そして、屋敷にもまた違う輝きを纏う少女が一人」
「月ちゃ——」
「鏡の中の私は、少しだけ知らない顔をしていた。淡い桜色の衣は、春風に溶ける花びらのように軽やかで、歩みとともにひらひらと舞い踊る。帯に織り込まれた紅と深緑の彩りは、小さな蕾と若葉が寄り添う姿を思わせ、彼女のしなやかな体をやさしく包み込んでいた」
「月ちゃんってば!」
「桃色の髪は光を受けて淡くきらめき、耳元に咲いた花飾りは、まるで風に揺れる一輪の花そのもの。そんな耳を飾るのは愛しい人からの贈り物で。微笑む横顔は桜の下で見上げた朝の空のように澄んでいて、その姿は誰の目にも『春そのものの可憐さ』と映るに違いなかった」
「ストップ、ストップ!」
「そして春の蕾を思わせるその小さな唇は――」
「ストーーップ! 月ちゃん!」
私は全身を使って月ちゃんを止めた。
「あ、すみません。止まりませんでした。一度やってみたかったんです」
「やめてー、横でナレーション付けないで!」
「楽しかったです」
「すごい早口だったよ!?」
月ちゃんが、私の手を握る。
「ひまりちゃん、とても綺麗です。これは冗談ではないですよ?」
優しく微笑む月ちゃんの肩にとんと、おでこを乗せた。
「……ありがとう月ちゃん」
「いえ。こんなに綺麗で可憐なひまりちゃんには誰も敵いません」
「……褒めすぎだよ」
「それに出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいて、正に理想的です」
「ズレてる、ズレてる!」
慌てて肩を掴んで月ちゃんを止めた。
……すぐに暴走するんだから
でもじわじわと、可笑しくなって声を出して笑った。
そうしたら、肩が途端に軽くなった気がして、どれだけ緊張してたか分かった。
「解れましたか?」
「最高に!」
私達は、パンっ! と、心地よい痛みと共にハイタッチを交わして、微笑みあった。
身支度の最後に月ちゃん渾身の髪型が出来上がった。
月ちゃん曰く――
「トップに少しボリュームを出して編み込みを重ね、最後にチャームを散りばめました。はい、完璧です」
との事だった。
正に職人技。
今日はそれぞれやる事があるので、現地集合だった。
私と月ちゃんは常に一緒なので、心強い。
二人でしっかり朝ご飯を食べて、忘れ物がないかを確認した。
何度も何度も確認して、ようやく私達は屋敷を後にした。
歩くたびに、紬の下に合わせたレースのスカートが、存在感を発揮する。
月ちゃんの考えた、和洋ミックスのコーデはとても可愛い。
半衿にもレースが使われていて、こだわりが見える。
神社に近づくにつれて、通りには人が増えて来た。
春の気配と香りが、人々を包み込む様に広がっていて、祭りに向けて気持ちが高まっていく。
普通の通りから少し歩くと、参道の名残がある通りにでた。
私は邪魔にならない場所に立ち止まった。
今、この景色を、じっくり味わいたかったから。
通りを挟む様に提灯お化けが、白と桃色の灯りを交互に灯していて、空からは絶えず桃色の花が降っている。
ちらちらと、赤、黄、青などの細切れのカラーテープも一緒に降っていた。
「……これ、どうなってるの……まるで魔法だよ……」
素晴らしすぎて、どんな言葉を紡いでも軽く感じてしまう光景が、目の前にあった。
たかが祭り。
――軽視したつもりは微塵もない。
されど祭り。
――これ程とは思わなかった。
私は、あやかし達の祭りへの本気度を、しっかり心に刻んで一歩一歩進んでいった。
月ちゃんが考えた好立地にかふぇまにまにのブースはあった。
そしてその前には桃玉のワゴンが置いてあって、既に素敵な装飾が施されていた。
木のワゴンに絡まる深緑の蔦。
そこに咲く、チャームは売り物としての展示も兼ねている。
控えめに、でも強く光を放つチャームは、私からみてもとても品がある。
わずかに漂う香りも枝垂れ桜を思わせる可憐さ。
また言葉をなくして立ち尽くしていると、悠璃さんを見つけた。
桜の花や花びらが舞う中、ゆっくりとこちらを振り向く彼の表情は、風に煽られた白銀の髪が邪魔をしてよく見えない。
風が落ち着き、髪をかき上げた悠璃さんは、私を視界に収めると目を見開いて固まった。
私はもう、既に見惚れていた。
見た事ない、礼装の悠璃さん。
いつもの気怠げな感じがなくて、気品に溢れていた。
袴姿がもう、言葉にならない。
桜が風と共に舞う。
その中に混じる彼の毛先の青が、軽やかに靡く。
目を細めて私を見る彼に、私は息も忘れてただただ魅入られていた。
「ひまり」
「悠璃さん!」
お互い硬直が解けて、歩み寄る。
ふわりと悠璃さんの腕が私を包んだ。
……ほっとするなぁ、この腕の中。
見上げると、優しい表情の彼と目が合った。何だか気恥ずかしくて、私は言葉を紡いだ。
「すごいですね、お祭り! もう最初から私呑まれちゃって……って、悠璃さん?」
「……やばい。見惚れた」
頭を私の肩に預けて言った悠璃さん。
もう、きゅんじゃない。
心がぎゅうっと掴まれた。
「……私も。悠璃さん素敵すぎて見てられません」
「……アウト」
「……わざとだもん」
ふっと笑って顔を上げた彼に私はキスをした。




