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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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二十九章 春祭り前夜

 


 常桜神社の春祭り。


 それは周りの桜が散り始める頃、尚も散る事なく咲き誇る、枝垂れ桜の御神木を崇めるお祭り。


 屋敷の周りでは、桜の花が風に誘われる様に散り始めていた。


 風に舞い上がっては空中で消える花びらは、光を浴びて煌めき、まるで香りだけを残すように消えていく。


 まだ咲き誇っている花の中に、所々若緑色が目立ち始めて、春が残り僅かだと教えているようだった。


 ――春祭りは、もう目前だった。




 屋敷の一室。

 外の風流なんて感じる間もなく、せかせか働く者達がいた。


「月ちゃん、これで販売用チャーム四百いったと思うんだけど、どうかな」

「……はい。確かにありますね。これだけあれば余裕ですね。余るくらいが丁度いいので」

「ノルマ達成したー!」


 ばたり、とその場で倒れ込む私。

 う、動けない。

 来る日も来る日も、桃玉を作り続けて約二ヶ月。

 ようやく終わりが見えて来た。


「ではひまりちゃん、後は百個程プレゼント用の小さめチャームお願いします」


 上げかけていた頭をまたごん、と床に落として生き絶えた。

 ケチャップがあったら、間違いなく床に月の絵を描いていた筈だ。


「その後は、祭りの衣装を相談しましょうね」

「ねぇ、その衣装ってみんな何かしら着るんだよね?」


 無表情のにこ。


「え、え? 私だけじゃないよね!?」

「さ、ひまりちゃん頑張りましょう。ゴールはすぐそこです」

「うぅ……何でそんなに元気なの?」


 未だ床に寝そべる私の問いかけに、待ってましたとばかりに懐からゴソゴソと小さな水筒を取り出した。


「ま、まさか……」

「どうぞ、秘伝のドリンクです」


 震える手で受け取る私。

 そして——


「あああぁぁー……!」


 私の断末魔が部屋に響いた。


 でもお陰で身も心もスッキリした私は、ラストスパートをかけたのだった。

 ありがとう、月ちゃん。

 ドリンク嫌がってごめんね。


 開け放した窓から、風と共に桜が舞い込んできたのをきっかけに、背伸びをして休憩する事にした。


「ところで月ちゃん、衣装って何なの?」

「ひまりちゃんは、枝垂れ桜の象徴なんです」

「……象徴?」


 な、なんか恐れ多い事になってない?

 ちょっと緊張してきたよ。


「今まであの枝垂れ桜――吉野の翁――の縁者は過去しばらく不在だったんです」


 吉野の翁というのは、椿さんの母親が呼んでいた呼び名らしい。

 響きも美しく、何だかしっくりきたので内輪では皆そう呼ぶようになっていた。


「そこに突然ひまりちゃんが現れて、しかも半妖で、あやかしの立場を選んだとなるともう、皆の好奇の格好の的です」

「え……何だか、怖いよ〜」

「吉野の翁はこの辺りではとても大切な存在なので、それの縁者となるひまりちゃんに、粗相をする輩は居ないと思います。居たら私がぶっ飛ばします」


 でこぴんするみたいなジェスチャーをした月ちゃん。


「ふふ、すごい頼もしい」

「それで、お披露目も兼ねているので、衣装は大事なのです」


 しゃら……と、耳元で存在を知らせる耳飾りに、そっと触れた。


「……耳飾りと、指飾りに合わせてもらってもいい?」

「もちろんです。それも主役です」

「それも主役?」

「……そんな事言ってません」


 ぇえー!?


「言ったよね!? つい、今しがた!」

「今しがた、とは、古風な表現ですね」

「全然古風じゃないし、誤魔化すの下手だよ、月ちゃん!」


 月ちゃんは、すたすたすたー、とかなりの早足で部屋を出ていった。


「ぇえー……気になるよぉ」


 私は、気分転換しようと庭へ出た。


 庭の景色は、一日でも大きな変化を見せる。

 本当にまばたきの合間に他の季節になっていてもおかしくない。


 今日は何となく裏庭に出ていた。


 正面の庭と比べてこちらは、どこかしっとりとした大人な空間。


 紫色のラベンダーに似た花がとても素敵で、ミモザとの黄色のコントラストが映えている。


「なんて名前なんだろ」


 しゃがみ込んでそっと花に触れた。

 私をふわっと包む影。


「ムスカリって言うんだよ、その花」

「悠璃さん!」


 朝食で一緒だったのに、長い時間会ってないみたいな感覚だったので、咄嗟に抱きついてしまった。


 ぎゅうっと、抱きしめ返してくれる。

 悠璃さんの、いい匂い。

 胸にいっぱい吸い込む。


「吸いすぎじゃない?」


 掠れた様に笑う声が、胸に響く。


「悠璃さんの声……すごく好き」

「へえ、初めて聞いた」


 耳元で、しかも敢えて低く囁かれて、全身が固まった。


「耳飾り、良いね。ずっと付けてて」


 耳たぶに唇が触れて固まった体が、今度は一気に溶けて地面に流れそうになった。

 悠璃さんは、きっとそれもお見通しでぐっと腰を支えてくれる。


「ちょ……悠璃さん!」

「嫌ならもっと本気でこないと」


 耳から首筋に唇が、降りていく。


「――食べちゃうよ?」


 チクっと痛みが走った。


「付けたでしょう!」

「何を?」

「な、なにって」

「ん?」

「キ……」

「き?」

「ス……マーク」


 きっと顔は真っ赤。

 ふはっと悠璃さんが笑った。


「……意地悪」

「だから先に教えてあげたのに」


 私の横の髪を耳に掛けながら悠璃さんが言った。すーごく楽しそうで意地悪な顔してる!


「……でも」


 ん? と、首を傾げる悠璃さん。


「……大好き」


 ――だから、困っちゃう。


 この小さな呟きもきっと彼には聞こえた。

 だって耳が反応してたし、尻尾がもう、可愛い事になってたから。


「尻尾は正直だね」


 私は鼻をぶつける勢いで強く抱きしめられて、完璧な気分転換を果たすことが出来たのだった。


 その後は衣装合わせやワゴン、チャームの最終確認に追われ、気が付けば祭り前日を迎えていた。



「明日はいよいよ祭り本番でふ」

「月ちゃん噛んだよ!? 大丈夫?」

「少し緊張してるみたいです」


 玖呂さんが、背伸びをしながら居間にやって来た。


「ふぁ〜、ねみー!」

「すっごい大きなあくびだね」


 ふふ、と笑ったら頭をぽんぽんされた。


「おはよう、ひま。今日はもう最終確認だけだからゆっくりできるな」

「うん、今日は休息日のつもり」

「よし! じゃあ……あれ、悠璃はまだなのか?」

「昨日夜遅かったみたいなのでまだ起きて来てませんね」

「ひま、起こしてやれよ」


 え。


「ぇえ!? 私、悠璃さんの部屋入ったことすらないんだよ!? 怒られちゃうよ」

「ばっか、喜ぶに決まってるだろうが!」


 戸惑う私を玖呂さんが、はい、行った行った、とぐいぐい背中を物理的に押してくる。


「わ、わかった。行ってくる。怒られたら玖呂さんのせいにするからね!」


 ぱたぱたと廊下を早歩きで歩いてしまうのは、同じくらい鼓動が早いからで。


 ……ここだ。

 とりあえずノックしよう。

 この屋敷は、個人の部屋は木の扉でそれ以外は襖や、障子で仕切られている。


 ……コ、コン

 ……

 コンコン

 ……


「失礼しまー……す」


 かちり、と静かに取手を回して、そーっと部屋へと入った。


 部屋の真ん中辺りに大きめのお布団が敷いてある。

 こちらに背を向ける形で、横になった悠璃さんがいた。


 そっと近づいて、膝をつく。


「悠璃さーん、おはようございまーす。朝ですよー」


 起きない。


「起きてー、朝ですよー」

「……アウト」

「……はい?」

「だから二回くらいアウト」


 ……な!?


「これはノーカンだよ!」

「じゃあこれで良いよ」


 え?

 と思った時には腕に抱え込まれていた。

 寝起きの悠璃さん、すごいあったかい……

 いや、そうじゃなくて!


「悠璃さん、起きて、朝ごはん食べよう?」


 う〜、と唸る悠璃さん。


「ね、起きてー。ご飯だよ」

「……いただきます」

「あはは、まだだよ。早く起きて」

「んー……」


 ようやく起きた後の乱れた髪や、はだけた寝巻き。

 胡座をかいてぼーっとする悠璃さんは反則だった。


 ここにいちゃ駄目だ!


「ちゃんと用意してね、私先行くね」


 そそくさと、逃げる様に部屋を出る私の背中に悠璃さんの笑い声が聞こえた。


 真っ赤になって戻って来た私を見た玖呂さんは、大笑いしていた。


 朝からもうお腹いっぱいの始まりだったけど、その後は穏やかに時は進んで明日に備えて早めに就寝する事にした。



 ***



「明日は宜しくね、月ちゃん」

「はい。一緒に頑張りましょう」


 私達は、露天風呂に居た。


 寝るには気持ちが昂ってて、しばらく無理かなって思ってた所に、月ちゃんが誘いに来てくれたのだ。


 言葉もなくただ静かに、湯に浸かっていると、心が解きほぐれていく。

 目を閉じて、風の音や虫の気配を感じる。

 爽やかな風が私達を通り抜ける時、いつもより少し濃い桜の香りがした。


 目を開けると、月ちゃんも同じように私を見ていた。


「春の神様がお見えになってましたね」

「……え! そうなの?」

「はい。先程濃い気配を感じましたので」

「うわぁ、そうなんだ!」

「ふふ、興奮するとまた寝られなくなりますよ」

「そうだね、もう出ようか」


 ざばりとお湯から抜け出して、寝支度を整えてるとだんだん瞼が重くなった。


 月ちゃんと別れてお部屋に戻ったあとは、ベッドに倒れ込んだ。


 春の神様の来訪に、私の心は軽く弾んでいた。


 ――さあ。明日は本番。


 おやすみなさい……

 指飾りにキスをして、私は目を閉じた。

 

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