二十八章 会議と散歩
昨日の余韻に浸る間もないくらいの、チャームの仕分け地獄で、今日も朝から桃玉と格闘中の私。
でも昨日までの私とは違います。
悠璃さんの想いの詰まった耳飾りと指飾りが、私の背中をがんがん押しまくる。
そっと耳に触れると、もらった耳飾りが心地よく揺れて、視線を落とすと左手薬指には守り石の付いた指飾り。
——昨日の夜が夢みたいで。
でも目を閉じると、瞼の裏が夜空の代わりになって、いつでもあの星空を思い出せる。
こんなのもう、頑張れない訳がない。
人の想いの力って本当にすごい。
はい! 私、元気いっぱいです!
***
「祭りは戦です」
月ちゃんの一言で、屋敷が静まり返った。
「違うわよ、何言ってんの! 一瞬ぴりついたじゃない!」
「た、確かに準備は本当にそんな感じだけど……」
「ひまりまで乗っかってどうすんの!」
「あ、ごめん!」
今、屋敷で月羽指揮官の下、戦略会議が行われていた。
参加してるのは、珍しくフルメンバー。
「去年のデータを鑑みて、今年の流れを予測しました」
「……データ?」
「はい。人の流れ、来場者の種別、売上上位店の傾向などなどです」
エアーメガネをクイっとする月ちゃん。最近、そんな遊び心を存分に発揮しててとっても可愛い。
「それにしたってすごいね、月ちゃん」
「まぁ月羽は元々オタク体質だからな」
座卓と離れた場所に座ってる玖呂さんが、誇らし気に教えてくれた。
悠璃さんも大きく頷いてる。
「月羽はデータとか、戦略タイプだからね」
褒められて耳がひくひくしてる月ちゃん。
「悠璃様。この前話していた隠世ネットマネーですが、そろそろ確立出来そうです」
「間に合いそう?」
「春祭りには少し厳しいですね」
「なら次回かな」
にこにこ笑顔の悠璃さんと、誇らし気な月ちゃん。
ぽかん顔の私達四人。
「いやいやいや、何だそれ? 隠世ネットマネー?」
玖呂さんが二人に詰め寄った。
「うわぁ、玖呂さん知らなかったんだ……」
「え、玖呂。仲間外れなの? まぁかわいそう」
心底同情する、みたいな紫苑くんに、棒読みの椿さんが、玖呂さんを容赦なく刺している。
ぐはっ! と、大袈裟に食らった振りをする玖呂さんを、悠璃さんは横目でチラリと流し見て、終わらせた。
「まあ、それは春祭りに間に合わなくても良いよ。とりあえず今決めたいのは、桃玉の扱いと、屋台を出すのか、ワゴンにするのか、かふぇの屋台と併設するか、かな」
かふぇのメニューは、また後日詰めるみたい。
かふぇ担当の二人に、悠璃さんがそう話しているのが聞こえた。
それから事案を説明しつつ、悠璃さんは私の横にさりげなく座ると、背中を尻尾でわさわさしてきた。
たったそれだけで、ぽぽぽ、と胸に花が咲いた様な気分になる。
「見せつけちゃって、も〜」
にやにやする椿さんを見て、我に帰った私は、さっと顔を引き締めた。
危ない、すぐに頭が恋愛脳になってしまう。
「いや、引き締まってないよ?」
「ぇえ! 紫苑くんに突っ込まれた!」
「いつもだろうが!」
「話戻すよ」
「「はい!」」
悠璃さんの一言でさっと正座する私と紫苑くん。
その後、話し合いは滞りなく進んで会議は終了した。
結果――
かふぇまにまにが出す屋台の横で、チャームを扱うワゴンを置く。
かふぇで限定ドリンクを頼んだ人には小さなチャームをプレゼント。
大きなチャームは、商品として扱う事で決定した。
その日の夕方。
少し準備が落ち着いた私と悠璃さんは、屋敷を出て少し散歩をする事にした。
実は二人で屋敷外を散歩なんて初めてで、うきうきが止まらない。
見上げた空は、金色から橙、赤色を帯び始めていた。
遠くからあやかし達の楽しそうな声が聞こえてくる。
彼らの好きな時間が始まる。
ちらりと、横を歩いている悠璃さんに視線を移すと、彼の白銀の髪が夕焼けの光を纏って、何とも言えない神々しさを放っていた。
「……眩しい!」
思わず目隠ししちゃう程、今の私には眩しすぎてたまらない。
「なにしてんの?」
覗き込んだ拍子に、さらりと顔に掛かる前髪がまた格好良くて『好き』がパンクしそう。
「ちょ、あの、悠璃さん。素敵過ぎて駄目です……」
「アウト」
「……はい?」
「アウトね、今の。敬語」
私を覗き込む悠璃さんの顔は、意地悪な笑顔で満ちているのに、それでもきゅんとなるのはもう諦めた。
だって、全部が愛おしい。
……私、大丈夫かな。
このままバカになっちゃわない……?
「お仕置きね? 自分からキスして。アウトになったその場で」
自分で自分が怖くなってきた時、悠璃さんの一言で、現実に戻ってきた。
いやいやいや、ちょっとそれ出来なくない?
「……えーっと、その場、とは?」
「その場はその場だけど?」
ニコッと素敵笑顔の悠璃さんに、私も私なりの素敵笑顔で返した。
「周りに人が居るのはちょっと……」
ニコ。
「そんなのお仕置きにならないよね?」
「……そう、かな?」
私の笑顔がどんどん引き攣る。
「そうだね」
「いやぁ……ちょっと」
周りを行くあやかし達が、何事? みたいな顔で通り過ぎて行く。
お互いにこにこしてるのに、笑ってない。
私は早々に、敗北した。
「……今?」
「今、ここで」
……女は度胸って誰が言ったの!?
行け! 私!
彼の肩に手を置いて、えいっ! とキスをした。ただし頬に。
ひゅー、と冷やかしながら周りを行く人達。見慣れているのか、冷やかすだけで騒ぎにはならなかった。
「まぁ、及第点かな。口じゃないし」
「鬼ー!」
「俺は妖狐でーす」
尻尾がぶんぶん揺れてて、嬉しいのが丸わかりなのがとっても可愛い。
「……んん?」
じっと悠璃さんを見てて気付いた。
うっすら頬が赤くなってる!
ちら、と目があってすぐに逸らされた。
……これ、本当に照れてない?
むくむくと湧き上がる悪戯心。
私は早歩きで悠璃さんの正面に周ると、足を止めた悠璃さんを下から覗き込んだ。
「悠璃さん……照れてるでしょ」
手で口元を隠して、視線を逸らす悠璃さんの耳がぴくと動いた。
「別に」
「嘘」
「嘘じゃないし」
「じゃあ、こっち見て?」
ちら、と目が合う。
そんな所が可愛くて。
私は背伸びをして、そっと頬に口付けた。
「ほら、やっぱり赤い」
ほんのり赤く色付いた悠璃さんの頬に、手を伸ばした。
「私と一緒」
そう言って私は笑った。
「ひまり」
突然、頭を引き寄せられて、あっという間に口を塞がれた。
私達の周りで密かに、きゃー、とか、あれ悠璃様じゃない? とか聞こえてくるけど、私はもう色んな意味で動けない。
「……んー!」
逃れようとする私の両手を、片手でやすやすと掴む。
長く深いキスからゆっくり唇を放した悠璃さんは、とても魅惑的で。
「そんな事言うと、こうなるよ」
と、笑った。
私はもう、恥ずかしすぎて悠璃さんにしがみつくようにして、顔を隠した。
悠璃さんは、そんな私を眺めて楽しそうに笑っていた。
――私は悟った。
天性のドSを、軽い気持ちでいじると大変な目に遭うと。負けを悟った私は、ただ無言で目を閉じたのだった。
短くも濃い散歩から戻ると、椿さんと紫苑くんは限定ドリンク試作の為に、もう帰った後だった。
悠璃さんは私を屋敷まで送ると、そのまま二人のいるかふぇに向かった。
玄関先で靴を揃えていたら、月ちゃんがぱたぱたとお迎えに来てくれた。
「お帰りなさい、ひまりちゃん」
「ただいま月ちゃん」
「……なんだか楽しかったみたいですね」
ぴくっと肩が動いてしまった。
……鋭いな、月ちゃん
「お、お散歩楽しかったよ」
「大丈夫です。何も見てませんから」
「見てた顔だよ!?」
「ふふふ」
「月ちゃん!?」
「ふふ、さぁワゴンの飾り付けとか、細かい事打ち合わせしましょう」
私と月ちゃんの話し合いは、夜の始まりに帰って来た玖呂さんと、そのまた後に帰って来た悠璃さんを加えて、遅くまで続いた。
祭りまで後一カ月。
やる事のタスクが増えて、すごく『生きてる』って実感する。
自分の存在意義を今でも、ふと考える時はあるけど、みんなには言えない。
私がここに居る『理由』とか『意味』とか、そんなの必要ないって今ではもうちゃんと分かってるから。
私はベッドから出ると、窓を開けて月を眺めた。
今日もたくさん笑った。
たくさん幸せだった。
時折り、春の淡くて甘い風が髪を揺らす。
今日の月は、現世よりは大きいけれど、ここでは普通の大きさだ。
ここの月を見るたびに。
ここの桜を見るたびに。
私は導かれてここに『居る』事を実感する。
現世での私はもういない。
現世での負の感情も、今はない。
私は、ここで『私』として生きていく。
遠くの木々を揺らしていた風が、庭の草花を揺らしながら近づいて来た。
あの日私を導いた様な優しい風が、髪を巻き上げると、甘い香りを残して外へと帰っていった。
「春祭り……楽しみだな」
そっと窓を閉めてベッドへ戻ると、ふわふわのお布団が私の意識も一緒に、優しく包んでくれた。




