二十七章 星降る夜に
そっと窓を抜けて、夜空の下へと降り立つ。
屋根には大きな毛布が敷いてあって、保温瓶まで置いてある。
至れり尽くせりのこの状況。
思わず独り言が漏れた。
「え〜? 何これ……すごい、月ちゃん……」
「これやったのは、俺だよ」
後ろから声と共に体を強く抱きしめる腕。
よく知る香りに、体中の力が抜けるようだった。
「何で……悠璃さん」
ぎゅっと私を包む腕を抱きしめて、本物だと実感する。
「流星群、一緒に見ようと思って」
ふっと体が浮いて、毛布の所まで抱っこで運ばれた私。
座ってからも、コアラの様に離さない私に、悠璃さんが笑った。
「いや、嬉しいけど。俺、顔も見たいんだよね」
少しだけ体を離すと、悠璃さんは私の顎を持って顔を上に向かせた。
熱を帯びたお互いの視線が絡まる。
どちらからともなく距離が縮まって――唇も自然と重なった。
いつもより長いそれが、私たちのすれ違いを象徴してる気がして、何度も何度も触れ合った。
――空では既にいく筋もの流星が尾を引いていた。
お互い気持ちが落ち着いた所で、顔を見合わせた私たちは、何となく笑い合った。
久しぶりの穏やかな余韻に浸っていると、悠璃さんが懐から何かを取り出す仕草をした。
「これ、ひまりに」
そう言って渡されたのは、藍色に染められた布に包まれた、小さな四角い箱だった。
指先でそっと布を解くと、銀糸の刺繍が施された布貼りの箱で――星空の様にきらめいていた。
「開けて?」
その声に導かれて震える手で蓋を開けると、二つの飾りが静かに並んでいた。
悠璃さんが、一つ手に取って見せてくれた。
「これは耳飾り。俺は穴が空いてるけど、ひまりは空いてないから挟む形のやつね」
細い銀で出来た小さな輪に、雫型の藍色の石。そしてそれを挟む様に両側に、小さくて丸い銀色の石が揺れている。
光を反射して、お互いを輝かせ合うそれは、星空のようでとても美しかった。
「……綺麗」
「で、こっちが指飾りね。現世では、左手に嵌めるんだっけ」
悠璃さんは、さっと私の左手を取って薬指に嵌めた。
何か術が掛かっているのか、私の指に沿う様に、するすると銀糸の様な細工が指に巻き付いていく。
「指輪じゃないけど、俺の中ではそれと同じ意味だよ」
ぴたりとはまったそれは、中央にある青白い光を宿す石があり、それを守る蔦の様に銀糸が巻き付いていた。
悠璃さんは、私の指に嵌る指飾りを見てとても満足気。
……本当の、指輪、みたい。
憧れはあった。
マリさんの指に光る、シルバーの結婚指輪。
それが、こんな形で叶えられるなんて……
「ぅうー……」
こんな幸せをもらって、泣かない人なんて居ない。
胸が熱くて、痛くて、苦しいのに、溢れ出て止まらない涙と、悠璃さんへの愛しさ。
「悠璃さん……大好き……ずるい……」
「……こっちには結婚指輪っていう概念が無いんだ。でもひまりは絶対欲しいだろうし――」
そっと私の右耳に、耳飾りをつけてくれる。
「――俺も、形が欲しかった」
次は左耳。
石同士が触れ合って奏でる、心地よい微かな音が耳をくすぐる。
「……似合ってるよ、とても」
悠璃さんは私の左手を取ると、指飾りにキスをした。
その瞬間、青白かった石が、透き通る様な青色に変わった。
「これは俺の力が宿った守り石だから、ひまりを必ず守るよ」
「守り石……?」
「髪には力が宿るんだよ。だから少し切って、この石に込めた」
そう言って悠璃さんは、自分の短くなった髪をひと房摘まんで、軽やかに笑って見せた。
「だから、髪を……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
短い髪も似合っている。
だけど少しだけ寂しく思っていた。
まさか、その理由が私を守るためだったなんて。
「悠璃さん……」
黙ったまま、耳飾りを手で悪戯に触る悠璃さんの瞳は、濃い藍色で私の心を捉えて離さない。
お互いがそっと近づいて、優しくて軽いキスを交わした。
「全然流星群見てない……」
私の呟きに2人で笑って寝転んだ。
そっと腕枕をしてくれた悠璃さんに、おへそのあたりがきゅーと、なる。
……これがきゅんか。
そんな事を考えてたら、すごい勢いで星が流れ落ちて行った。
向こうの世界では小さい頃に祖母と見たきりだった。
流れる星の大きさも量も、段違いだ。
銀色の軌跡をじっと眺める。
「私たちの始まりは大きな月だったのに、今度は流星群だなんて……」
話の合間にも、星はいく筋も流れていく。
「なんか出来過ぎてて、幸せ過ぎて怖い……」
「ははっ! なんだよそれ」
「あ! それ、その口調!」
がばっと手で体を起こした。
「口調?」
「さっきみたいなのがいいです! 玖呂さんと話す時みたいな、やんちゃな感じ」
「……へぇ?」
鋭くなる悠璃さんの目に、興奮して気付かない私。
「私にも悠璃さんの素で話して欲しい……」
「いいの? そうなると俺、結構意地悪だよ?」
「う……それでもそっちがいい」
下から見上げる悠璃さんの手が、私の垂れた髪をかき揚げた。
ぞくりと、体が反応する。
「じゃあ覚悟しときなね、手加減しないよ?」
「え! 今まで手加減してたの!?」
「とりあえず敬語はなし。次使ったら――」
軽く身を起こした悠璃さんは、私の後頭部を掴んで引き寄せた。
鼻が触れ合う距離感に、息を飲む私。
「お仕置きだから」
ふっと、耳に息を吹きかけられて私はそのまま悠璃さんに、倒れ込んだ。
「うわー、すごい流星群。ひまりも見なよ」
私の背中を尻尾でぽんぽんする悠璃さんの声は、とても楽し気で少しだけ憎らしかった。
その後二人で手を繋いで見た星は、私達に降り注いでいるかの様に、たくさんのきらめきを残しては流れていった。
この空の下で見たもの、触れたもの全てが私の宝物で――星が流れた夜の奇跡を、私はきっと一生忘れない。




