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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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30/33

幕間 兄弟の杯 女子会スイーツ

 



 夜も真ん中の深夜。

 白銀の髪と黒髪の男が縁側に座ってお酒を呑んでいた。


 お互い気を許した格好で、語り合う姿はさながら兄弟の様で――


 悠璃はひまりとの関係性を確かめ合った後、玖呂に報告をした。


 自分の一言で二人がぎこちなくなった事に気付いていた彼は、泣く程喜んだ。


 昔から悠璃の側に居て、誰よりも彼を心配し、幸せになって欲しいと願っていた(本人には絶対内緒)玖呂。


 そして、どうやら一番に報告を受けたという事実が、また彼を泣けさせた。

 祝い酒だと称して呑み始めた結果、二人とも飲み過ぎていた。


「いーかぁ、悠璃! お前は昔っから女には事欠かなかった癖に、態度は冷たいという最低野郎だ!」

「俺そこまで酷くないけど」

「遊んでいた時期もある!」

「……そこはもう若気の至りとしか」

「でもなぁ、悠璃。ひまはほんっとーに、汚れのない純真無垢だ」


 持っていた湯呑みを傍に置いて、玖呂は悠璃をじっと見据えた。

 悠璃もそれに気付き、手にしていた湯呑みを置く。


「清之助とおんなじだな。何の疑いもない、真っ直ぐにこっちを見るあの目」


 玖呂は思わず呟いていた。


 お互い片膝を立てて座り合っていた二人。

 玖呂は膝に肩肘を置いて、どこか懐かしそうに庭を眺めた。


 悠璃も玖呂と同じ懐かしさが滲む視線を庭に投げて言った。


「……この前……清之助が久しぶりに夢に出てきたよ。あいつ、多分俺がひまりに捕われて喜んでる」


 玖呂は、それに、ふっと笑って肯定した。


「清之助は、悠璃が誰かに心を預けるのをずっと待ってたんだろうなぁ」


 玖呂はゆっくり目を閉じてから、悠璃に向き直った。


 

「あの子はもう、俺たちの家族だ。それに今回の事で、より深い家族となる」


 悠璃は黙って話を聞いている。


 外では時折風が吹いて、木々を揺らし、葉を落としていた。


「絶対に、何があっても、ひまを一人にするなよ」


 真剣な玖呂の瞳が悠璃を射抜く。


「悠璃、俺はあの子の悲しみを見たくはない。もちろんお前のもだ。必ず二人一緒に幸せになれ」


 拳を悠璃に突き付ける。


「……それはもちろんだけど、その中にお前も月羽も居ないとひまりは悲しむからな」


 悠璃も、玖呂の拳へと突き合わせた。


「いってぇなぁ!」


 大声で笑う玖呂の目には、涙が滲んでいた。

 いつもなら揶揄うが今回はやめておいた。

 お前もな! と返り討ちに合いそうだったから。


 だから代わりに、ぶつけた拳に力を込めた。


 その夜、二人の語らいは朝方まで続いた。

 そして、その頃になってようやく屋敷が静かな事に気付いて慌てる二人だった。




 所変わって――玖呂たちが祝い酒を始める少し前。



 常桜神社の近くにある屋敷にて。

 繰り広げられるのは甘い香りと、女子トーク。そして少しのスパイスたち。



「ちょっと嘘でしょー!? 婚約ー!?」


 飲んでいたカクテルを吹き出す勢いの椿に、ひまりも「声大きいよ!」と、慌てた。


「ち、ちがう! そんな単語が出てきてびっくりしたって話!」

「大丈夫です、ひまりちゃん。さっき紫苑さんが結界張ってました」

「椿がうるさいのは百も承知だからな」

「何その力の無駄遣い!」


 それならば、とひまりは椿から離れて座り直した。


「でもごめんね紫苑くんまで巻き込んでスイーツ作ってもらっちゃって」

「あー、別にいいよ。俺だけ除け者嫌だし」

「あ、あそう?」


 あわあわとするひまりに、はい、とノンアルコールのカクテルを渡す紫苑は、少し苦笑い。


「良かったなひまり。なんか片割れが取られるみたいな感覚になって複雑だけど」

「ありがとう。でも、本当にそういうのじゃないからね」


 グラスを掲げる紫苑に、先程もらったカクテルで乾杯したひまりは、紫苑とヘラっと笑いあった。


「これも何回も言うけど、それならあたしもひまりと姉妹って事だからね、何であんたたちだけ勝手に双子説推してんの」

「私は、親友でふ」

「え、月ちゃん酔ってない!?」

「大丈夫です、噛んだだけです」


 何だかんだ、皆が皆、どこか浮き足だっていて、この屋敷をふわふわとした空気が包んでいる。


 椿がグラス片手に縁側の窓を開けると、庭からは神社の枝垂れ桜が見えた。


「ねぇ、ひまり」


 優しい視線を桜に向けたままの椿に、ひまりはそっと近づいた。

 視線の先を辿ると見えたのは枝垂れ桜。


「御神木……」


 小さく呟くひまりの頭に、椿は自分の頭をこてん、と乗せた。


「あの桜さ、あたしたちは『吉野の翁』って、呼んでるの」

「吉野の翁?」


 椿の体温がひまりに伝わって、お互いの空気が溶け合う。


「前に話したの覚えてる?」

「あの、お母様と一緒に見た?」

「そう。その桜。それがまぁ、あんたのルーツだなんてびっくりもいいとこよ」


 くすくすと笑う振動がひまりに伝わって、ひまりまで笑顔になった。


「何で吉野の翁っていうの?」

「それはあたしも分かんないのよ。母がずっと呼んでるのを、覚えただけだから」


 ひまりの頭がすっと軽くなった。

 お酒で少し潤みがちの椿が、ひまりの頭を撫でる。


「ずっとこの話、したくてね。あなたがここに居ると言う事は、必然だと思うのよ」


 きっと知らないうちに、みんなあんたのこと待ってた。


 そう、小さく呟いたそれをひまりは忘れる事はなかった。


「ひまりちゃん、紫苑さんが新メニュー出してくれましたよ」


 向こうの部屋でおーい、と手を振る月ちゃんに、ひまりと椿も手を振り返し戻って行った。


「ね! ところで悠璃様ってさ、キスどうなの? やっぱり上手い?」


 ひまりは飲んでいた炭酸水を文字通り吹き出した。

 きゃあきゃあ言いながら、拭き合う二人をよそに続く会話。


「それは聞きたくないけど気になりますね」

「いや、悠璃様が下手だったら俺残念どころじゃないんだけど」

「まぁ、確かに手練れ感すごいですもんね悠璃様」

「でもさ、でもさ? それって複雑じゃないー?」


 拭き終わった椿が参戦して、ひまりはテーブルに突っ伏している。

 今、顔を上げる勇気はなかった。

 だけど確かに複雑だなと思ったひまりが顔を上げると、三人のハンターはそれを待ち構えていた。


「大丈夫ですよ、ひまりちゃん。あの人が本気になった所を見た事ありません。本気の初めてはひまりちゃんです」


 テーブルに肘をついて顎を乗せる椿の隣で、月羽は何故か得意げだった。


「でも正直格好いいよなぁ、悠璃様。スマートな感じが憧れるわ〜」

「……確かに、悠璃さんは無駄に格好いいの!」


 ひまりは、恥ずかしさに悶えながらも、こんな話が出来るという幸せの形を噛み締めた。


「しっかし悠璃様ってドSよね? ひまりなんか恰好の的じゃない」


 ここのあやかし達の言葉使いが、もう現世のものとそう変わらない事に気づいたひまりは、内心苦笑いを漏らした。


「え、俺ひまりには同じ匂い感じるんだけど……」

「あんたはドMよ」

「紫苑さんはドMです」


 ガンっとテーブルにおでこを打ちつけて突っ伏した紫苑に、哀れみの目をひまりは向けた。

 よしよしと、頭を撫でるひまりの手を紫苑が掴んで、凄んだ。


「俺がそうなら、お前もだぞ」

「嘘〜! 私、紫苑くんみたいなの!?」

「おい、また巻き込むな!」


 一斉に笑いが広がって、外の闇も霞む明るさがこの部屋にはあった。


 その内話はひまりの首に付けられた『証』の話になって――


「何だそれ! かっこよ!」


 何故か紫苑が誰よりも照れていて、女性陣はそれを見て少し冷静さを取り戻していた。


「まぁ独占欲は強そうですよね、悠璃様」

「ひまりは嫉妬とか、独占欲とかないの?」

「私? 私……は、うーん、この前の綺羅さんに嫉妬した……なぁ」

「あー、あいつね、やな事思い出したわね」

「あいつと悠璃様がどうこうって、絶対ないと思うぞ」

「はい。あり得ません」

「悠璃さんもそう言ってたから、それはいいんだけど……他にも誰か居たのかなとか考えたら止まらなくって」


 遊んでた時期はありそうだよねぇ、とみんなでうんうん謎の納得をしている時、ガラスか何かが割れるような甲高い音が凛と、響いた。


「「「あ」」」


 ひまり以外の三人が揃って視線を交わしてニヤリと笑っている。

 間を開けずに廊下を走る音が二つ聞こえてきたと思ったら、部屋の扉がスッと開いた。


 そこに居たのは、少し焦りの見える悠璃と玖呂だった。


「遅かったですねお二人とも」

「月羽、お前抜け出す時こっそり結界張っただろ!?」

「女子会でしたので」

「紫苑いるじゃねーか!」


 さっ!と指をさされた紫苑は、しれっと食事係ですと言ってのけた。


 そこをすり抜けた悠璃は、奥で座っているひまりを見つけると、安心した様子で近づいた。


「まさか二人の家に居るとは思わなかったよ」


 少し乱れた髪を掻き上げて、ふわりと微笑む悠璃に、ひまりは心をいとも簡単に乱された。


「黙って行ってごめんなさい」

「いいよ、どうせ月羽だろ」


 さりげなくひまりの髪を整える悠璃の指にすら、ひまりは胸が高鳴って仕方がない。


「……探してくれて、ありがとう」

「不意打ちの敬語無しはヤバいね」


 今にもキスをしそうな程甘い空気を醸し出す二人に、玖呂と月羽の終わらない言い合い。

 穏やかな気持ちでこの光景を眺めていた椿と紫苑。


 この世界の、たったひととき。

 広い屋敷の、ひとつの部屋で。


 この『家族たち』と同じ時間を生きる幸せ。


 椿と紫苑は視線を交わし合う。

 言葉はいらなかった。

 それぞれの幸せの形が、確かにそこにあった。


 空いたグラス越しに見えた空は、朝の気配を宿していて、この世界に彩りと新しい芽吹きを連れてきている様な――そんな空だった。


 


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