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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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二十三章 桜の楔

 


 一息ついたのも束の間、私は月ちゃんに私室まで引っ張られ、この日の為に一生懸命考えてくれた服を着た。


 最近はもっぱら洋服が多かったけど、今回は洋装と和装のミックスだ。

 控えめレースの襟付きのシャツは白で、下は袴に見える黒字に桜柄のロングスカート。

 髪は片側に編み込んで、ベレー帽を被る。靴は春用ブーツ。

 そしてジャケットを羽織る感覚で、薄紅の羽織りに袖を通すと月ちゃんが満足気に頷いた。


「私の好きが詰め込まれています」


 ぴょこぴょこ動く耳と尻尾が、全身でそれを伝えてくれる。


「とても可愛いです。ひまりちゃん」

「あのね、これ月ちゃんに」


 私はハンカチで包んだ桃玉を月ちゃんの手にそっと乗せた。


 ……実はこれ、自分でもびっくりな仕上がりになっている。

 多分無意識にイメージしてたんだと思うんだけど……

 いざ渡すとなるとドキドキする。


「月ちゃんを思って作ったの。そしたら見て? ここなんだけど……」

「これ……三日月の形に見えます」

「そうなの! 悠璃さんは螺旋だったんだけど、月ちゃんのは桃色と紫色が絡み合ってまるで三日月みたいで――」


 すごいよね! と、続けるつもりが、月ちゃんに抱きしめられて言葉が途切れた。

 今日はみんなにハグされて嬉しい日だなぁ……


「ありがとうございます。とっても……とっても嬉しいです」


 二人でぎゅっとしてたら、下で悠璃さんの声が聞こえて来た。

 玖呂さんと話してるみたい。


「もう帰って来てしまいましたか」


 その口振りに思わず笑って私たちは一階に降りて行った。



 下に降りると悠璃さんは自室に着替えに行ったところだと、玖呂さんが教えてくれた。


「良いじゃないか、ひま。よく似合ってて可愛いぞ」


 湯呑み片手に上から下まで眺めてうんうん言ってる。


「ふふ、玖呂さんお父さんみたい」

「だから、“お兄さん”!」

「私は親友です」


 月ちゃんが手をきゅっと繋いで、にこにこしていた。

 すっっごい可愛い!


「撫で撫でしたい!」

「してるじゃねーか」


 は! 無意識に手が!

 嬉しそうにぴこぴこ動く耳に、私も嬉しくなる。

 ほんわかした空気が場を包んだ時、悠璃さんの香りがふわりとした。


「あー、ごめん。俺の方が遅かったね」


 振り返って、悠璃さんを視界に入れた瞬間、私は思わず口元を手で覆った。

 でも、声は漏れてしまった。


「悠璃さん……髪ー!」


 いつもは肩の辺りをサラサラと流れている白銀の髪が、首が見えるまでの長さになっていた。

 切ったからか、毛先の青さがなくなっていて印象が、ぐんと違って見える。


 顔に掛かっている髪をかき上げる仕草が、とんでもなく破壊力を増した。

 気怠げな印象は変わらず、色気が増している。


 全部マシマシだ……やばい。


「……切ったんですね」

「変?」

「……格好いいです」


 口元にあった手が自然と胸元を握った。

 どきどきで死にそう。


「これが噂の『キュン死』ですね」


 月ちゃーーん!

 こういう時は言っちゃだめー!


 後ろを向いて肩を振るわせる玖呂さん。あれ絶対ものすごく笑ってる。


 悠璃さんは、片側だけ口角を上げた。


「『キュン死』って何?」

「何でもないですー!」


 ……絶対知ってる!

 おんなじドラマ観てたもん!


 軽く笑う声が聞こえて、悠璃さんを見ると、優しい笑顔に変わっていた。


「その格好すごく、可愛い」


 さっと編み込みを触る悠璃さん。

 髪触るの好きなのかな?


「ありがとうございます……」

「じゃあ行こうか。玖呂〜、何事も起こらないようにしてね」

「そこは何かあったら呼んで、だろ」


 呆れ笑いの玖呂さん。

 悠璃さんは、私の背に手を添えると、振り返らずにもう片方の手をひらひらさせた。


 外に出ると夕焼けが始まりそうな空だった。

 橙と青が混じり合い、うっすらと、でもとても大きな月が出番を待っている。


「さて、お嬢さん? どこか行きたいところはある?」

「あ……御神木に挨拶に行きたいです!」


 あの神社は『常桜神社』と呼ばれていて、親しまれているそうだ。

 枯れることのない枝垂れ桜が御神木で、いつからそこに在るのかは不明らしい。

 そんな話をし終わる頃にはもう神社に着いていた。


 屋敷からは、私の感覚で十分くらい歩けば着く感じ。

 前に来た時は、店からだったし、帰りはちょっと色々アレだったから覚えてなかった……


「この距離なら行きたい時に行けそうですね」

「一人は駄目。誰かとにして」


 真面目なトーンて言われると、頷くしかない。


「は、はい」


 あんな事もあったしなぁ……

 自然と綺羅さんの事を思い出してモヤモヤしてきた。

 だめだめ! 今はそんな事いいの!


 その時、前方から私のモヤモヤを吹き飛ばすように強い風が吹いた。

 淡い香りと花びらが混ざっていて、あの枝垂れ桜が早くおいでと呼んでいる様だった。


「呼ばれちゃったねぇ、早く行こう」


 悠璃さんは、さりげなく私の手を取ると、さっさと御神木の元へと向かった。

 恥ずかしがる暇がない。


 改めて御神木を前にすると、気品溢れる佇まいにため息が漏れた。

 何百年、もしかしたら何千年も生きて来たのかもしれない幹の太さや、四方に伸びた立派な枝。

 そしてそこに、こぼれ落ちる様に密に咲き誇る桜。

 全てが上品で圧倒される。

 漂う甘すぎない香りは、優雅で嫌味がない。


 しばらく私たちは黙ったまま、枝垂れ桜と向かい合っていた。


「……あの時は、私を受け入れて下さってありがとうございました」


 ゆっくりと、頭を下げて、目を閉じる。

 ……ここから先は心の中で伝える。


『貴方のお陰で、私はここにいる意味を見つけられました。

 きっと私は、自分が納得できる理由が欲しかったんです。

 それでも受け入れて、力を貸して下さった事、本当に感謝しています』


 ふっと息を吐いて顔を上げると、隣で悠璃さんも頭を下げていた。

 そして時間差で顔を上げた悠璃さんと目があって、どちらからとなく微笑みあった時――


 御神木から風が吹いた。

 私たちを取り囲む様に吹くそれは、柔らかで温かく心地よい。

 そして花びらを連れて来ては、私たちに降らせていく。


 ……いつか見た、フラワーシャワーみたいだ。


『そちらに行ってもいいですか?』


 ふわぁ、と私の前で花びらが円を描く様に舞ってから本体へと飛んでいく。


「行っておいで」

「はい!」


 大きな枝垂れ桜の下に入ると、まるで桜のカーテンの中にいる様な気になった。

 そっと近づいて、木肌に触れる。

 触れた先から、全身に光が通り抜ける様な感覚があった。


 ……本当に、繋がってるんだ


 そのまま両手できゅっと抱きついた。

 幸福感が胸の奥から湧き上がってくる。


 私はしばらく、そうしていた。



「あのまま戻って来ないかと思ったよ」

「まさか! それはないです。でも、ごめんなさい。あの時は離れがたくて」


 私たちは桜を眺めるために設置された、ベンチに座って話していた。


「そう言えば、あの時悠璃さんは何をお話ししてたんですか?」

「え?」

「あの、頭を下げていた時」

「話しをしてると思ったんだ?」


 あれ、違うのかな……


「てっきり同じように話してるのかと……違いましたか」

「違わないよ」

「え?」

「……違わない」


 私の手をぎゅっと握ってきた悠璃さんの手は、とても熱くて、さっき繋いでいた時とはまた違っていた。

 視線は真っ直ぐに御神木へと向いている。


「あれは、お願い事になるのかな……お伺いを立ててたんだよ」


 流し目で私を窺い見る。


「欲しいものがあるんですけど、いいですか? てね」


 悠璃さんの耳が、ぴんと立って動かなくなった。


「欲しいもの?」


 耳がピクピクと、動いた。


「……あー」


 前髪をくしゃりと掴み、何か考えてる風な悠璃さん。

 少しすると立ち上がった。


「ごめん、行きたいところがあるんだけどいい?」

「あ、はい大丈夫で――」


 言い切る前に横抱きにされた。


 ……えー! 最近こういうの多くない!?


 風を纏って飛ぶように走る悠璃さんは、どこか余裕なく見えた。


 後ろにすごい速さで流れて行く景色は、もう夜の装い。

 空は濃紺に変わっていた。

 大きな月の明かりが、私たちを照らす様に静かに輝いている。


 視線を空から前を見据える彼の顔に向けた。

 下からそっと覗くと、前より短くなった髪は、毛先が青くなってきていた。


 ……顎のラインが色っぽいとかそんな事ある?


 思わず目を隠す。

 このまま見ていたら何かだめな気がする。

 そんな私を見てか、上で笑う気配がした。


「俺のこと観察するの好きだね」 


 ……このまま目隠し継続します。


 どれくらい走っただろう。


 悠璃さんの腕の温もりに慣れ始めた頃――足が止まった。


「……ここ」


 見覚えが――ある。

 私たちが出会った場所だ


「飛ぶよ」


 悲鳴は声にならなかった。

 一瞬で大鳥居の上にいて、横抱きのまま悠璃さんの膝の上に座っていた。

 彼の腕と、尻尾に包まれていて、ものすごい安定感。


 ……こんな高いの!?


 あの日見た提灯お化けは、かなり下の方でふよふよと漂っていた。


「ここでさ」


 下にある、あの大きな木を見ながら悠璃さんは言った。


「あの日、初めて出会ったんだよね」

「……そうですね」


 今でもはっきりと思い出せるあの瞬間。風の温度、微かに香った桜と、白檀。


「あの時は姿を見るまで人かあやかしか、判断付かない気配だったから驚いたよ」

「ぇえ?」


 軽やかな会話が続く。

 私も高さに慣れたのか、それとも彼と香りに包まれて安心したのか、少しずつ体の強張りが解けていった。


 一瞬の沈黙。

 風は止んでいた。

 音のない世界に二人の心音が混じる。


「ここで、ひまりと視線が絡んだあの瞬間……」


 私を見つめる、澄んだ青い瞳。

 あの日と同じ、磁石がばちっとくっつく様なあの感覚が甦る。


「あの時、俺は心に楔を打たれたんだ」


 ……え?


「楔……?」


 それって良い意味……なの?


 段々と私の鼓動が、大きく激しくなっていって、呼吸が震える。


「気づかないようにしてたんだけど、それが全然だめでさ。余計に気付いちゃうんだよね」


 彼は淡く笑った。


「避けられるたびに面白くなかったし」


 ゆっくりと、話を続ける悠璃さんの目が、月に流れた。


「桃玉なんて渡された日は眠れなかった。……会えば嬉しくて、会えなければ探して」


 そしてまた、目が合った。


「気付いたら、なんかひまりの事ばっかり考えてた」


 何と言えばいいのだろう。

 言葉を探してると、また悠璃さんは軽く笑って話し始めた。


「綺羅の件があった時もさ。あれ、自分が原因ならいいなって思ったんだよね」


 どこかに視線を流す仕草にすら惹きつけられる。


「普通なら面倒事なんだけどねー。ひまりは違った」


 胸が苦しい。


「守りたいとか、傍にいたいとか。そういうの全部——最初から答えは、出てたんだろうね」


 そう言って彼は淡く笑うと、私の首元に軽く指を当てた。


 服越しになのに、とても熱く感じてそこに鼓動が集まっていく。


「逃げられないんだよ、俺は。君から」


 視線は、絡んだままあの時の様には解けない。


 たった今そこにあった指の感覚ごと、ぎゅっと服を握った。


 ……悠璃さんの言葉が胸に響いて、苦しくなる。


 先に視線を外した彼の目は、空を見上げた。


「君も……そうだったらいいのに」


 そしてまた、その視線がゆっくりと降りてきて、空を見ていた彼の目が私を捉える。


 その瞳は夜空と同じ、濃い藍色に変わっていた。


「本当にさ」


 一拍置くように、彼は目を伏せて再び私を見つめる。


「――好きみたいだ」


 穏やかに笑う彼の顔が、涙で滲む。


 ぎゅっと目を閉じると、溜まっていた涙が溢れ出た。


 こんなにも幸せで、満たされた瞬間なんて今まであっただろうか。


 悠璃さんにも、同じ気持ちを味わってもらいたい。


 私も、伝えたい。


 悠璃さんが、指で私の涙を拭ってくれた。


「余裕なんて全く無くなって。俺がだよ。笑っちゃうよね」


 涙に濡れた指を見て、悠璃さんは困ったように笑った。


 その仕草に釘付けになって、呼吸を忘れそうになる。


「俺さぁ、現世風に言うとさ?」


 彼は挑戦的な笑みを浮かべた。


「実はひまりが『どストライク』なんだよね」

「……ぇえ!?」


 この前テレビで観た言葉だ。

 妙に食い付いて観てるなとは思っていたけど、まさかこんな場面で使うとは……


 なのに。

 言葉の軽さとは裏腹に、彼の視線で縫い付けられたように——動けない。

 悠璃さんの手が私に伸びてきた。


「……妖化しても、してなくてもね」


 彼の指が頬を撫でる。


「弱そうに見えるのに意志の強い目も」


 瞼に優しく触れる。


「そうやってすぐ赤くなる所も」


 今度は頬をそっと撫でた。

 触れられた場所がジリジリと熱を持つみたいに、熱い。


「全部、愛おしいんだ」


 お互いの鼻先が触れ合う距離。

 額をこつんとくっつけ合う。

 彼の香りが私を包むように。


「一目惚れなんて、あるわけ無いと思ってたよ」

「……あったんですか?」


 笑う息遣いがした。


「あはは! みたいだねー」


 そう言って微笑んだ彼が、そっと顔を寄せる。


 ――唇が優しく触れ合った。


 きゅーん、と胸や鳩尾辺りが痛くなって、彼への愛しさが募る。

 言葉にしたい気持ちが溢れた。


「私も……悠璃さんの事……」


 再び軽く唇が触れた。


「とっくに知ってる」


 にやりと笑って、彼は私をぎゅっと強く抱きしめた。

 彼の香りが更に私を包み込む。


「あー……こんな気持ちになんのか」


 私の首筋に埋めるように呟いた声は、いつもより少し掠れていた。

 悠璃さんの肩越しに見えた景色は、ここに来てから見た中で一番心に沁みた。


 穏やかな風が吹いて桜の甘い香りと、悠璃さんの香りがふわりと溶け合っていく。


 私は、彼に委ねていた体をそっと離した。


 今度は私の番。

 甘い視線に怖気付きそうになったけど、心地よい風が背中を押してくれた。


「知ってると思いますけど」


 ゆっくり悠璃さんに近づいて、そっと耳元で囁いた。


「私も実は——どストライクですよ?」


 悠璃さんの体が一瞬固まった。

 私はここぞとばかりに、想いを口にした。


「大好きです。すっごく」


 彼の耳が赤くなったのが私にも分かった。


 何だか胸の奥がうずうずしてきた時、私は再び引き寄せられて――甘くて長い、仕返しみたいなキスをされた。



 この世界に来た時と同じ様に、大きな月が世界を見守っていた。


 その月明かりが鳥居の上の、二人に落ちて作った影は一つ。


 二人で一つのその影は、いつまでもそこに寄り添うようにあって、大きな月がずっと照らし続けていた。



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